緊張
沢山の商店が並ぶ通りに着くと、盗賊のせいでいろいろ失ったものを手に入れることになった。それを終えると、ライルが街を案内してくれる。
オペラや演劇が行われる劇場、演奏会が開催されるホール、美術館、博物館、時計塔、大聖堂、庭園など、中に入ることはないが、散策して楽しんだ。
「結構、歩きましたよね。この辺りで休憩しましょうか」
ベルナードの提案で、青と白のストライプのひさしのカフェで一休みとなった。店内の壁や床は白木で統一されており、とても明るい。
令嬢やマダムが淑やかに歓談しており、店内で流れるオルゴールの音が、静かに聞こえている。
窓際の四人席に案内されたが、ベルナードとフィオナは別のテーブル。
ここにきてライルと二人で着席することになった。
「こちらのお店ではチョコレートケーキが人気だそうです。そしてこのケーキに合わせると美味しいというのがコーヒーという飲み物。苦味があるそうですが、甘いケーキにはピッタリで……」
ライルがメニューブックを手にしたものの、閉じたまま説明してくれた。もしやよく来る店なのかと尋ねると、彼は頬をポッと赤くして答える。
「このようなお店は令嬢やマダム向け。自分は初めて来ました。ただおすすめのメニューについては、ベルナードに言われ、頭に叩き込んでいます。そうすることがスマートであると、言われまして……」
またもライルはガチガチになっている。
しかもそんなアドバイスを受けたと、うっかり暴露してしまうとは!
そこで気がついてしまう。
ベルナードやフィオナと四人でいる時は普通なのに。私と二人になると、態度がよそよそしくなる。お酒に酔っていた時は、いつも通り。でもお酒がない、しらふだと……。
私と二人だと緊張してしまうのかしら?
それとも女性と二人だと落ち着かない?
「ご注文はお決まりですか?」
店員さんが来たので、オススメのチョコレートケーキとコーヒーを注文することにした。注文が終わると、ライルは大きく息を吐き、グラスの水を飲む。
やはり緊張しているのだろうと思い、私から話しかけるとことにした。
社交界では地味で、壁の花だった私だが、それでも令息との社交経験がゼロというわけではないからだ。
「ウィンターボトム侯爵は、カフェで令嬢とお茶をしたことは」「ありません」
即答だった。
でもそうだ。
訓練と任務に明け暮れ、戦場を駆け抜けた人生。
令嬢との接点はゼロなのだから。
「そうなるとこうやって二人だと緊張しますか?」
「! な、どうして、分かる……のですか!?」
分からない令嬢なんていないと思う。
かなり分かりやすい反応なのに。
バレないと思っていたのかしら?
……いたのよね。だからこんなにも驚いている。
「申し訳ありません! きちんとエスコートし、あなたが不快にならないようすべきなのに……」
「慣れていないなら、仕方ありません。場数を踏めば、慣れますよ。それに不快ではないですから」
「場数……それはつまり」
ライルが真剣そのものの顔で私を見る。
話しているのは恋愛に関すること。
そこまで真摯にならなくてもいいのに。
そう思うがそれは呑み込む
代わりに持論を披露する。
「つまり女性と二人で話すことに慣れていなければ、話す機会を増やし、慣れればいいのです。騎士の訓練や練習と同じかと。いくら騎士団の団長といえど、剣を最初から完璧に扱えたわけではないですよね? 何事も練習かと」
「なるほど……。練習、ですか」
「正直、私との会話に緊張なさる必要なんてないと思いますが」
「! そんなことはありません! 緊張、します!」
あまりにも懸命な姿は、やはり可愛く思ってしまう。
「緊張するのは、何を話すか決まっていないからではないですか? いくつか会話のネタを考えておけば、安心できるかもしれません。例えば……披露宴のお食事はどんなものを出す予定ですか? すっかりおまかせになってしまいましたが」
「あっ、それは……」
そこからは披露宴、結婚式、ウェディングパーティーの話で盛り上がり、その間にチョコレートケーキとコーヒーも届いた。そしてケーキやコーヒー楽しみながら、ライルは笑顔で話すことができている。
ひとしきり話終わった後。私は尋ねる。
「ウィンターボトム侯爵、緊張感はもうとれたのでは?」
「そうですね。不思議と……会話に夢中になれました。話すネタを、ミルフォード伯爵令嬢が次から次に提案してくれたからでしょうか」
「それもあると思います。会話を私がリードした結果とも言えますので。それに会話をしているうちに慣れた……というのもあるでしょう。要は初めてでは緊張して当たり前。失敗しても仕方ないかと。二度目、三度目と回数を重ねることで、どんなことでも慣れるのではないですか」
これを聞いたライルはこれまで以上に真剣……やや深刻とも言える表情になり、「初めてでは失敗……。二度、三度と練習を重ねる……」と呟く。
女性との会話以外にも慣れていないことがあるのかしら……?
「お水、注ぎますか?」
店員さんの声に、ライルが我に返る。
「ミルフォード伯爵令嬢、そろそろお店を出ますか?」
「はい。もうお腹もいっぱいです」
こうしてお店を出ることになった。
この時、ライルはいつもと同じに見えた。
だが、私のこの時のさりげないアドバイスに、ライルが大いに翻弄されていると気付くのは……。
翌日のことだった。