可愛らしいところ
ライルと義母と3人での食事。
それはとても和やかなものだった。
義母が途中で具合が悪くなったらと思ったが、彼女は最後まで笑顔で、デザートも綺麗に平らげた。そこまでの食欲を見せるのは久々だったようで、ライルはとても驚いている。
「良かったらお夕食も一緒に食べましょう、ミルフォード伯爵令嬢」
義母に問われ、私はチラリとライルを見る。彼はコクリと頷く。
「ええ、ぜひ、お夕飯もご一緒できたら嬉しいです」
私が返事をすると、義母は今度はライルに声をかける。
「夜は王都から来てくれている騎士団のお仲間との晩餐会なのでしょう。楽しみね!」
そうなのか。
ライルの部下は王都から……。
でも彼らは騎士。しかも戦場で生き残った強者なのだ。あの危険エリアも難なく通過して、ローズロックまで来たのだろう。
「母上、分かりました。ですがくれぐれも無理はなさらないでくださいね」
「分かっているわよ」
こうして昼食は終わり、義母が退席しようとする。すぐにヘッドバトラーとバトラーが駆け寄り、義母を支えようとするが……。
「ジェフ、あなたがエスコートするのでいいわ。私、ちゃんと歩けるから」
義母はそう言うと、笑顔で私に手を振り、ヘッドバトラー……ジェフにエスコートされ、退出した。
その背中を見送るライルの顔は、喜びに満ちている。
一度は危篤になった母親の元気な姿。
それはさぞかし嬉しいだろう。
ライルの横顔を見ていると、私の心も温かくなる。
「ミルフォード伯爵令嬢、では自分がエスコートしますので」
ライルが立ち上がり、私に手を差し出す。
その手に自分の手を載せると……。
気のせい?
ライルの頬や耳がぽっと赤くなったような。
それよりも!
食事がスタートしてすぐに、盗賊から助けてもらったことへの御礼は伝えた。でもその姿を見て気絶したことへのお詫びは、まだしていなかった。
「ウィンターボトム侯爵、お伝えしたいことがあります」
「はいっ、何でありましょうか」
うん!?
何だか突然口調が固くなったような……。
「盗賊から助けていただいた時、その兜についていた血を見て、気絶をしてしまい、申し訳ありませんでした」
「! あっ、そうでしたか! 自分の顔を見て気絶されたのかと思ったのですが、そうではなかったのですね」
「!? 兜を被られていたので、お顔は見えませんでした……」
至極真っ当な答えを口にしたつもりが、ライルはものすごく驚いた顔で「そうでした……!」と瞳を大きく見開いている。
騎士団の団長なのに。
歴戦の強者なのに。
少し抜けているところ、なんだか可愛いらしいわ。
「血については本当に申し訳ありません。拭ってからお声をかけるべきでした!」
「いえ、あれは完璧なタイミングでした。もしズレていたら、私は地面に転がっていたので。……血に慣れるなんてないと思いますが、今後は極力気絶しないよう、気をつけます」
「! その必要はございません。既に脅威は去り、今後は平和な世の中になります。それに何かあっても、自分がお守りしますから」
なんて頼もしい発言。
平和な世の中。
そうね、まさにそう。
ライルがこの国に平和をもたらしてくれた。
「この後ですが、きっと睡眠も足りていないと思います。少し休息してください。お茶の時間にお菓子などを届けさせます。自分は晩餐会まで、いろいろとすべきことがあり……。同席できず、申し訳ないです。よければベルナードを同席させましょうか」
「お気遣い、ありがとうございます。ベルナード様は、ウィンターボトム侯爵の従騎士ですよね。いろいろすべきことが、あると思います。よって彼を同席させずとも大丈夫です」
「そうですか。賜りました」
そこで私の部屋に到着したようだ。
正直、まだ自分の部屋の場所を覚えていない。
エスコートされるから、つい任せてしまっていた。
「昨晩は大変なことがあったかと思います。昼食も母上が同席することになり、緊張されたかと。晩餐会までは寛いで過ごしてください。明日は午前中、亡くなった者達の弔いを行います。午後は街も散策しようかと思っているので、今日はゆっくりされるとよいかと」
「いろいろお気遣い、ありがとうございます。弔いの儀には、ぜひ参加させてください」
「勿論です。ベルナードからもその旨、聞いていますので。ところで、その盗賊の狼藉により、困っていることはありませんか?」
ライルがキリッとした様子で尋ねる。
「……持参したものがいろいろあったのですが、どうやらダメになってしまったようで……」
私が悔しそうにそう口にすると、ライルは即答する。
「我々への手土産などでしたら、お気になさらないでください。盗賊の襲撃を受けた件は皆、分かっています。逆に足りないものもあるでしょう。急ぎで必要な物は、お申し付けください。それ以外は明日、街で手に入れるのでどうでしょうか」
「ありがとうございます。お気遣い、痛み入ります。私は既にいろいろと部屋に用意いただいているので、問題ありません。むしろ連れてきたメイドや侍女達もいろいろ失い、困っていると思うので、そちらを対応いただけると助かります」
ライルはその顔に輝くような笑みを浮かべ、「勿論です。……お優しい方ですね」と言うと、私の手をとる。
「?」と思い、首を傾げると……。
顔を赤くし、耳も赤くして、慌てて手を離した。
「そ、それでは自分はこれで、失礼いたします」
まるで上官にするように敬礼すると、ライルは踵を返して廊下を去って行く。
なんというかライルは……堂々しているのかと思えば、急にシャイになり……。
不思議な人だった。
でも私に対し、優しいと言ったが、ライルだって優しい。
母親思いで、部下からも愛され、私のことを気遣ってくれて……。
だから、まさか。
あんなことになるなんて。
全くの予想外だった。