【番外編】自分の想像のはるか上を行く男
せっかく高級娼館でナンバー1の娼婦をつけたのに。
ライルは抱いていないと言うのだ!
高級娼館のナンバー1。
それははした金で抱ける女ではない。
それこそ高位貴族、この領地でいうなら領主であるライルぐらいの地位でないと抱けない女なのだ。
せっかくお膳立てしたのに、一体何をしていたのだ、ライルは!?
「初歩の初歩を学んでいた。頼んで教えてもらった。部屋はどんな雰囲気がいいのか。ドレスの脱がせ方。それに下着。女性は……男性と違い、あんなに複雑な衣装を着ているんだな」
「……いや、寝る時は女性もネグリジェだ」
「いついかなる時でもスマートに対応できる必要がある」
いや、いや、いや、団長!
それじゃあ本当の“野獣”じゃないですか!
いつでもやる気満々です!って。
そう心の中でツッコミを入れたが。
ライルが真面目過ぎて、「やる気満々です」と言われても、それは決闘でも始めそうにしか思えない。
というか……。
「それで部屋の演出やドレスと下着の脱がせ方を習って……その後は!?」
「服を脱がすのは存外に大変だった」
「まさか」
「あと一歩で一糸まとわぬ……でタイムアップになった。だがそれで満足だ。自分はアイリ以外の肌に興味はないからな」
そう言いつつも、結局、手順が分からないとライルはぼやくが……。
これにはもういろいろとツッコミたいことが満載だった。
トータルの結論として「男の体は女性とは違い、経験の有無なんてバレることはない。そんなに不安なら、一度試しで抱いてみたらどうだ?」と告げると、断固拒否。しかも遂に堂々とこう言ったのだ。
「自分の初めてはアイリに捧げると決めているんだ!」
「乙女かよ!」と心の中で叫び、でも……気持ちは分かってしまう。
堅物ライルと一緒にいたせいで、わたし自身が……。
童貞のままでもいい。
結ばれるなら愛する人がいい……という思考になっていたのだ。
まったく。
ライルも自分もイイ男だと思うのだ。
それなのに二人とも童貞で、初めては愛する人に捧げたいと、乙女な思考をしている。
おかしいだろう!と思うものの。
真摯にライルにアドバイスをしていた。
「ライル。気持ちは分かる。まあ、無理して抱く必要はない。とりあえず、ドレスと下着の脱がせ方を理解したなら、大いなる前進だ。しかも部屋の雰囲気まで気を配ったら、きっと若奥様も喜びますよ」
後半言葉遣いが丁寧になったのは、屋敷へ到着したからだ。
ライルと砕けた言葉で話すのは、二人だけの時や騎士団の仲間がいる時だけ。
屋敷ではライルは侯爵であり、領主なのだ。
そこは従騎士としてちゃんと敬語を使う。
「……明日もう一度ですね」
「分かった。本当はベルナードが」
「勘弁してください。さすがにそれは……」
いまだ自分の実演を見たいと思っているライルをどやしたくなるが、そこは我慢。
「ともかく今晩もちゃんと夫婦の寝室には行ってください。マナーですよ、初夜から一週間は、夫婦の夜を過ごすのが」
ライルは女の抱き方の練習で頭がいっぱいのようだが、アイリ自身は気にしていないのだろうか。初夜がなかったことを。
ただ、彼女自身が不安で心配だと言っているのだ。ならば挙式の夜に初夜がなかったとしても……。
気にしていない――のだろう。
一方のライルは、例え営みがなかったとしても、夫婦の夜を過ごすことが嬉しいようだ。
「そうか……。確かにそうだな。分かった」
その後、ライルは「今晩はチェスをしないかと、アイリに提案してみる」と、まだ若い見習い騎士のようなことを言い出した。しかも楽しそうに微笑んでいる。
なんて天真爛漫なのか。
アイリもライルも本当に。ピュアだ。
ピュアなライルは翌日、真剣に高級娼館のナンバー1娼婦から口頭で指導を受け、「多分、大丈夫だと思う。アイリの不安と心配を払拭できるはずだ」とあの澄んだ空のような碧眼をキラキラさせていた。
ところがアイリがそういう体調ではなくなってしまい、そうしているうちに王都へ向かうことになり――。
今となっては笑い話だが。
なかなかアイリを抱くことが出来ないライルは……。
表面的にはあくまで平静を装っていたが。
自分と二人きりの時は、アンニュイな表情でため息をもらしていたのだ。
あの頃の悶々としたライルを思い出すと……。
とにもかくにも。
やはりライルと一緒にいると、退屈しないで済む。
これからも自分のこと、楽しませてくださいよ、ライル団長!
お読みいただき、ありがとうございます!
愛すべき兄貴、ベルナード!
読者様がお楽しみいただけたら幸いです~