始まり
「お父様、お母様、ユーリ……」
秋の収穫祭。
両親と妹と来たはずなのに。
いつの間にかはぐれてしまった。
「アイリ。お前はお姉さんだ。妹のユーリよりしっかりしている。だから迷子になんてならないはずだ。ちゃんと、お父さんとお母さんの後をついてきなさい」
黒のセットアップ姿の父親はそう言うと、ピンク色のドレスを着たユーリを抱っこし、赤いドレスの母親をエスコート。水色のドレスを着た私には、後をついて来るように命じた。
でも収穫祭は人が多い。
私は父親の太腿近くぐらいの身長しかないので、前に大人が来ると、すぐに父親の姿が見えなくなってしまい……。
迷子になってしまった。
ミルフォード伯爵家の長女として。
幼い頃から礼儀作法、マナー、ダンスの練習をして、賢く聡明に育つように言われてきた。妹が生まれると、お手本になるようにと言われ、甘えることを禁じられたのだ。
さらに両親とユーリは、明るいブロンドに濃い紫色の瞳をしている。
でも私は茶髪に近いキャラメルブロンドに淡い紫色の瞳。
両親とユーリは親子に見られるが、初対面の私は養女と思われることもあった。
それもあり、両親はユーリを甘やかすが、私に対しては厳しさが増した。
よって今、迷子になっても。
泣いてはダメだと分かっていた。
人前で泣くなんて、恥ずべきことと言われ続けてきた。
それでも。
心細い。
周りには知らない大人ばかり。
不安で、怖くて、焦りもある、涙がぽろっとこぼれてしまう。
「あっ」
後ろから誰かがぶつかり、地面に転んでしまった。
まさに泣きっ面に蜂だったその時。
「大丈夫?」
目の前に手を差し出された。
驚いて顔を上げると、そこにはアイスシルバーの髪に、碧眼の少年がいる。
白いチュニックに革のベスト、スモークブルーのズボン。
氷河のようなアイスシルバーのサラサラの髪は、初めて見た。
異国の少年なのだろうか。
ともかく少年の手に自分の手を載せると、そのまま立ち上がるのを手伝ってくれる。さらにドレスについた土を払い、自身のハンカチで私の涙を拭き、手の汚れもぬぐってくれた。
「ありがとうございます」
貴族令嬢として、感謝の気持ちをちゃんと伝える必要がある。
カーテシーをして頭を下げると、少年はふわっと笑顔になった。
「親とここへ来たのだろう? はぐれたのか?」
「! そう、そうなんです」
「じゃあ、一緒に見つけてやるよ」
そう言って手を差し出すので、てっきりエスコートされるのかと思ったら。
少年は私の手をぎゅっと握った。
つまり手をつなぎ歩き出すことになる。
歩き出すと少年は、両親の特徴を尋ねた。
私は着ている服や髪色を伝える。
「安心して。俺、人探しは得意だから」
そう言って微笑む少年の後ろに、食べたかったコットンキャンディが見え、思わず立ち止まってしまう。
「どうした……あ、もしかしてコットンキャンディを食べたいのか?」
「! べ、別にそんなわけでは……」
貴族令嬢なのに。
物欲しげにしていたと両親に知られたら、怒られてしまう。
慌てて否定するが、少年は……。
「おじさん、一つ下さい」
そう言ってズボンのポケットの中から、沢山の銅貨を取り出す。
私は銀貨を持っていたので、出そうかと迷う。
子供であっても少年は紳士と見なすべき。
女性がお金を出すのは……。
でも慌てている様子の少年を見ると、申し訳なくなったが……。
「おじさん、これで足りる?」
「うわぁ、なんだよ、銅貨ばかりかよ! 銀貨はないのか!?」
「ごめんよ。お釣りはいらないから」
「当然だよ。ったく」
おじさんはそう言いながらも、通常より大きいサイズのコットンキャンディを用意すると、少年に渡す。
「まったく。金もないのに格好つけやがって。まるで昔の俺みたいだ。二人で仲良く食べるんだぞ」
口は悪いが、おじさんは良い人だった。
そして少年は私にコットンキャンディをもたせると、再び手を握り、ゆっくり歩き出す。
「あの、召し上がらないのですか?」
「うん。俺、甘い物食べないから」
「……!」
少年もまたいい子だった。
両親は私がコットンキャンディを欲しがっても、「ドレスが汚れるからやめなさい」と買ってくれなかった。ゆえに少年の優しさに、涙が出そうになる。
「ありがとうございます」と言った後は、泣かないようにするため、コットンキャンディをぱくぱくと食べた。少年は私が食べながら歩きやすいように、少し前を歩いてくれる。そういう気遣いにも胸が熱くなった。
「あ、あれじゃないか?」
少年からそう言われた時。
それは嬉しいより、残念だった。
だってこれで少年とはお別れだから。
「ちょっと待ってください」
両親に会う前に、コットンキャンディを食べた痕跡は消さないといけない。
少年が立ち止まってくれたので、まず木のスティックをゴミ箱に捨てる。
次にドレスが汚れていないか確認。
転んだので、多少汚れているし、レースが裂けている部分もある。
でもコットンキャンディの名残はない。
大丈夫。
「コットンキャンディと両親を見つけてくれて、ありがとうございます。あなたの親切は忘れません。この御礼を後日させていただきたいのですが……」
「! いや、そんな大したことはしていないよ。困っていたら、お互い様だろう? それに……君は貴族のお嬢さんだ。俺は……」
「そんなこと、関係ないですよ」
「そんなこと……。じゃあ、そうだな。いつか大人になり、俺が立派になったら、君に会いに行く」
これを聞いた私はアイリ・ミルフォードという自分の名前と、ミルフォード伯爵家の紋章が刺繍されたハンカチを少年に渡した。そして少年の名前を聞こうとしたまさにその時。
「こら、アイリ、どこをほっつき歩いていたんだ!」
父親がこちらへ歩いて来た。
ハッとして横を見ると、少年は人ごみに紛れ、この場を離れて行く。
少年の名前、聞きそびれてしまった……!
「アイリ!」
「ご、ごめんなさい、お父様!」
お読みいただきありがとうございます!
完結まで執筆済。
最後まで、物語をお楽しみくださいませ☆彡
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