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#7 橘詩音の家族1

放課後。龍は晃大(こうだい)の言いつけ通りに教室で待機していた。海凪(みなぎ)も罰ゲームを一緒に受けるといい、龍の反対を押し切って教室に残っている。


ただ罰ゲームといっても、委員長としてのタスクの手伝いをするだけのようで、もっとえげつない罰ゲームを予想していた龍にとっては拍子抜けだった。


「にしてもなんで足治ったんだろうな…」


龍は人体模型もとい船本隆と握手したことで、昨夜の捻挫が治ったのだ。


一度はスルーしたもののやはり気になるようで、龍は晃大が来るまで唸りながら頭を悩ませていた。


「これも推測だが、もしかしたらエネルギー吸収というより、エネルギー管理って言ったほうがいいのかもな。プラスにもマイナスにも働く魂術なのかもしれない」


龍が人体模型もとい船本と握手をしたことでエネルギーが送られ、細胞が活性化し、爆発的な治癒力を得たのではないか、というのが海凪の考えだ。


「なるほどなぁ。…ってそれめっちゃやばい力じゃねえか!どんな病気、怪我も治せるかもしんねえんだろ!?」


「可能性としてはなくはないか…」


確かに龍の想像するようなことがあり得るとするならば、革命的な魂術である。しかし海凪はそこまで万能なものとは考えていないようで、あくまで可能性の一つとして龍と妄想を膨らませていた。


そんなふうに2人が談笑していたところ、しばらくして書類を抱えた晃大が、2人の元へやってきた。


「待たせたな」


「おせえよ。はぁ…めんどくさそー」


その手荷物を見て、龍はあからさまに嫌そうな顔をした。拍子抜けとは言っても、作業はいやらしい。


しかし、晃大の後ろからやってきたもう一人の生徒を見て龍は一気に顔を輝かせた。


「お待たせ瓦くんと深代くん」


その生徒は、海凪が朝に助けてもらった七葉(ななは)だった。


「い、いえ!全然待ってないですよ!」


「そう?それと、手伝い申し出てくれてありがとね!」


「いえ!人助けは当然のことです!」


「ふふ。ありがと」


豹変したと言ってもいい龍の態度に、晃大は白い目を向け、海凪は微笑していた。


「じゃあ早速作業始めるぞ」


海凪たちは机を4つ向かい合わせて、晃大が抱えていた書類を、2つに分けて積み上げるように置いた。


「それで何するんすか?」


「…その前になんで敬語なの瓦くん。タメ語でいいよ?」


「は、はい!いや、わかり、わかった!」


「ふふ。面白いね瓦くんは」


その可愛らしい笑顔に吹き飛ばされるように、龍は海凪の近くに寄ってきた。


「やべえぞ海凪!近くで見ると七葉ちゃん超可愛い!」


「確かに可愛いな」


「だろ!癒されすぎて目が溶けそうだぜ!」


「何言ってるんだ龍は。…まあ癒されるっていうのは同感」


「…あ、でも可愛いからって狙ったらダメだぞ!」


「…龍が狙ってるからってことか?」


「ちげえよ!七葉ちゃんはみんなのアイドルなんだ!彼氏でも作ろうもんなら俺もファンクラブのやつも黙ってねえぞ!」


「ファンクラブなんてあるのか。すごいな」


「おい、さっさと始めるぞ」


こそこそと2人で話ていたところを晃大が割って入った。


「この書類は来月にある親睦会のパンフレットだ」


晃大はパンフレットの完成見本を鞄から取り出してみせた。そこには“琵琶湖でBBQ!!”とセンスのあるデザインで描かれていた。龍のポスターと違って。


「親睦会?なんか面白そうだな」


「毎年やってるらしいぜ、学年全体で!楽しみだよなぁ」


龍はおそらく美味しいお肉を想像したのだろう。すでによだれがこぼれ落ちそうである。


「今からやってもらうことは2つ。1つ目は誤字脱字の確認。と言っても、もうすでに先生に検閲してもらっているからこれは念の為だ。2つ目は紙を冊子にして1つのパンフレットにしてくれ。それじゃあ始めようか」


晃大の合図があってからは意外とみんな真面目に取り組み、30分ほどで作業を終わらせた。




作業を終えた後、晃大はさっさと帰ったが、残りの3人は教室に残っていた。なぜなら七葉がお礼に何かしたいと言ってくれたからだ。


「じゃあお言葉に甘えて。都市伝説調査部のポスター作ってくれ!」


龍は、親睦会のパンフレットのデザインを全て七葉が担当したと聞き、そのセンスを貸して欲しいとお願いした。


「都市伝説調査部?」


「おう!都市伝説を調査して真相を解き明かす部活だ!」


「な、なるほど…。…描けるかな私。全くイメージが湧かないよ…」


内容そのものは否定しないが、高そうな難易度に自信がないらしい。それにしても眉を八の字にして困ってる顔も可愛い。


「そこをなんとか!」


「うーん。…分かった、頑張ってみるね!」


そしてそのまま七葉はパンフレットで使った画材を使用し、龍の要望も聞きつつ20分程度で仕上げた。


「こんな感じでどうかな?」


「す、すげー!めっちゃいい感じ!ありがとう!」


流石のセンスといったところか。レイアウトも色使いもとても見やすく、かつ目を引くものになっていた。


これなら委員長にも剥ぎ取られないだろう、と龍はもう一つの目的を悪い顔で呟いた。


「ありがとう空橋さん。それにしてもすごいな」


「そうかな。ちょっと急いで作っちゃった感じは出ちゃってるけど」


「これで?レベル高いな、龍と違って」


「おい聞こえてんぞ海凪」


2人がじゃれあっているのを見て、七葉は微笑む。


少し間をおいて何かを思ったのか、七葉は考えるポーズをとった。


「…都市伝説、か」


「…どうかした?空橋さん」


「その、私のお姉ちゃんバーを経営してるんだけど、たまにお客さんからそういった類の話を聞くらしいんだ」


その話に、2人は食いつく。

海凪は都市伝説に。龍は七葉のお姉さんに。


「もしよかったら、話聞きに家来る?」


「いいのか!?」


「うん。ただ今日は私がこのあと用事があるから、明日でもいい?それと、お姉ちゃんに確認取らないといけないから、もしかしたらダメかもしれないけど、それでも大丈夫なら」


「全然大丈夫!っしゃ!楽しみすぎるぜ!」


七葉作のポスターを貼り終えた後、龍と海凪はそれぞれ違った楽しみを胸に抱き3人で帰路についた。







「はあ…。最悪だ…」


七葉と別れ、海凪と龍が一緒に帰っていたところ、先ほどまでのハイテンションとは打って変わって龍は肩を落とし、ため息をついていた。


どうやら明日、塾があったことをついさっき思い出したらしく、会いに行けないことにひどく落ち込んでいるらしい。


「そもそも明日行けることは確定じゃないんだから、そこまで落ち込むことないだろ?」


「それはそうだけどよ…。明日、行きたかったなぁ」


夕暮れ時、2人はコンビニで買ったアイスを舐めながら、ゆっくり歩いていく。その様子はまさに長い影を引きずっていた。


「それに、もし七葉ちゃんのお姉ちゃんがオッケーだしてくれたら、明日海凪は一人で行くんだろ?ずるいぜ!七葉ちゃんと2人で一緒に帰って、お姉ちゃんと会って美女2人を両手にウハウハするんだろ!」


「なんだウハウハって」


海凪はあくまで、客からたまに都市伝説まがいの話を聞くという七葉のお姉ちゃんに話を聞きに行くのであって、龍とは違い下心はない。


そんな話をしつつアイスを食べ終えた2人は、ゆっくり雑談をするために近くの公園へ入っていった。


広めの自然豊かな公園で、周りは学童、神社、家屋に囲まれており、1辺しか道路に面していないため、球技等が遊びやすく人気が高い公園だ。


海凪たちが座ったベンチの前でも、子供達が元気にボール遊びをしている。

そんな様子を微笑ましく見守りながら、2人は談笑していた。


「おい、あれ。詩音じゃね?」


そんな中、反対側に見知った顔を見つけた龍。その方向に海凪も目を向けると、確かにそこには詩音がいた。


それも、小さい子供3人を子守しているように見える。


2人は詩音と砂場で遊んでおり、もう一人はその近くでリフティングをしていた。


「…詩音、結婚してたのか……?」


「いや、兄弟じゃね?」


龍がとんでもない推測をしている時、その3人の中の1人が蹴ったボールが、近くにいた2人組の男性の顔に直撃した。


そしてその2人が詩音たちに近づいていく。


「やばそうだな」


海凪はそれを見て詩音の元へ行こうとした。が…


「ちょっと待て海凪」


龍がそれを静止した。


「どうした?」


「いいから。近くに行って様子を見ようぜ」


龍の顔には全く焦りがない。割と感情が表に出やすいと思っている龍が動揺していないので、海凪は気になってそれに従った。


そして詩音たちの声が聞こえるくらいの距離にある木の影から成り行きを見守った。


「おい、何してくれてんだクソガキ」


その男はポケットに両手を突っ込み、威圧するような声と足音で子供に迫っていく。


「うわぁ。いかにもだな」


周りにいた子連れの親も、子供を連れて遠くに避難し始めた。


「あーあ。鼻折れちゃったかもなぁ。これは弁償してもらわないとなぁ」


「申し訳ございませんでした」


詩音がボールを当てた子供の代わりに、深々と頭を下げた。その声色は非常に落ち着いており、今目の前に危険が迫っているとは思えない。


「ほら、律も謝りなさい」


どうやらさっきボールを当てた張本人は、律と言うらしい。その少年は、詩音の後ろに隠れながらも、男2人を鋭い眼差しで睨んでいる。


「やだ!」


「ちょっと律!ちゃんと謝りなさい!」


「いやだ!」


詩音が謝罪を促しても、律は頑なに謝ろうとしなかった。それを見てさらに機嫌を悪くする男たち。


「おい舐めてんのかクソガキ!」


「本当に、申し訳ございませんでした」


代わりに詩音が何度も頭を下げている。段々と怒気がましている男を見て、詩音の後ろに隠れている3人の子供は、ガッチリと詩音の服にしがみつき震えを必死に抑えていた。


「どうします兄貴」


後ろにいたもう一人の小太りの男が、低姿勢でそう問う。


「そうだなぁ…。金もいいが…」


男は少し赤くなっている鼻をさすりながら、不敵な笑みを浮かべる。その視線は律から詩音に移っていた。


「どっか行けよお前!」


ターゲットが自分から外れたのを反撃する契機だと思ったのか、律が強い口調でそう言い放った。


「こら!律!」


「てめえ!」


律の一言で堪忍袋の緒が切れた男は、再び矛先を変え、律に向かって詰め寄った。


「龍、さすがに行った方が…」


「大丈夫だって」


その様子を見ても龍は焦らない。


そして男の手が律に伸びた瞬間──


「はっ!」


詩音の掛け声と共にその男が宙に舞い、そして地面に叩きつけられた。


「がはっ…!」


「私の家族に手を出すなら、容赦しないわよ」


「ひっ!」


先ほどまでの落ち着いた雰囲気とは違い、鬼気迫るような詩音の圧に小太りの男は一目散に逃げ出した。


その後を追うように、詩音に投げ飛ばされた男もバランスを崩しながらその場を後にした。


「背負い投げ…。すげえな」


「だろ?詩音は柔道部なんだぜ」


なぜか誇らしげに語る龍。しかし海凪は、自分が止めに行けば詩音が投げ飛ばす前に穏便にことを済ますことができたのではないかと、自分の判断を反省していた。


「さすが姉ちゃん!」


興奮する律とは対象的に、落ち着きを取り戻した詩音は、律に目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。


「…律。なんで謝らなかったの?」


「…だって、あいつらうざかったんだもん」


「悪いことしたら謝りなさいっていつも言ってるでしょ」


「別にわざとじゃないし!」


「わざとじゃなくてもよ」


「なんだよ!姉ちゃんも敵なのかよ!」


「敵とかそう言う話を──」


「もういい!知らない!」


律は詩音の話途中で、その場から走り去り、ブランコのある場所へ向かっていった。


その様子を見て、詩音は、はあ、と小さくため息をこぼした。


「なんなの律のやつ!お姉ちゃんに向かって!」


「お姉ちゃん…」


今まで詩音の後ろに隠れていた少女は怒り、しもう一人の少年は不安そうにしていた。


それを見た詩音が2人の頭を、あやすように優しく撫でると、表情が安心の色に変わっていた。


そのタイミングで、海凪と龍が詩音の元へ向かった。


「よう詩音」


「…龍。それに深代くんも。…もしかして見てた?」


「悪い橘さん。最初から最後まで」


「…そう。見苦しいところを見せたわね」


海凪は、ただ傍観していたことを非難されると思ったが、詩音は、そのことを咎めることはなかった。


「ちょっと。あなたたち誰ですか?お姉ちゃんに何かようですか?」


威勢のいい声と共に海凪たちの前に現れたのは、さっきまで詩音に頭を撫でてもらっていた少女。


両手を腰に当てて胸を張っているが、その身長故か威圧感は全くない。


「響歌。この2人は私のクラスメイトよ」


海凪はともかく、中学来の龍が友達と紹介されなかったことに、龍は若干傷ついた。


「そうなんだ。生意気な態度とってしまってごめんなさい」


響歌と呼ばれた少女はさっきの詩音のように、深々と頭を下げた。響歌のその温度差に龍は一瞬たじろいだ。


「いえいえ。俺は、詩音お姉ちゃんの友達の深代海凪です。よろしくお願いします」


海凪は、怖がらせないように少し身を屈めて、優しく微笑みながら挨拶をした。その横で詩音は、海凪からのお姉ちゃん呼びに気恥ずかしさから眉を顰めていた。


ちなみに詩音のことを友達と紹介したのは、純粋に自分がそう思っているからである。ただ、詩音にも自分のことを友達と思って欲しいという思いはあるが。


「えっと、お姉ちゃんの妹の橘響歌です。よろしくお願いします変な鎖のお兄さん」


響歌は海凪の右手に巻かれている鎖を見て、そんな呼び方をした。しかし後に詩音がファッションだと説明したので、その呼び方は金輪際されることはなかった。


「そちらの方もよろしくお願いします」


「お、おう。…俺は瓦龍だ。よろしくな!」


しっかりしていて元気な子。響歌に対しては、海凪も龍も共通してそのような印象を受けていた。


「こっちは弟の詠心よ」


「…よろしくお願いします」


一方、詩音に促されるように自己紹介をした詠心は、絵本を片手に抱えながら未だに詩音にへばりついている。その詠心に対しては控えめといった印象を受けた。


「それであっちが律」


詩音の視線に従うようにブランコの方へ目を向けると、律が不貞腐れたようにゆらゆらと揺れていた。


「4兄弟なのか?」


「ええそうよ。……お父さんは昔病気で亡くなって、今はお母さんしかいないから、いつも部活終わりに私が学童にいるこの子達を迎えに来ているの」


律が小学4年生、響歌が小学3年生、そして詠心が小学1年生である。


父親は、詠心が生まれてすぐに亡くなった。

そして3人ともまだ小学生なので、詩音がもう一人の母親のような役割を担っている。3人のお迎えも詩音が行なっており迎えにいった後、決まってこの公園で遊んでいるのだ。


今日は部活の練習が短い日であり、海凪たちがたまたま放課後に残っていたので、こうして邂逅したというわけである。


「そうか…。…通りでいつも龍の世話をしてるんだな」


父親がいないと話たことについて詩音は特に神妙な表情にならなかったので、海凪も敢えて暗い雰囲気にはしないようにした。


因みに龍に限らず、日頃から詩音は周りの人たちに気を回しているのだが、転校したての海凪はそれをまだ知らない。


「別に世話は焼いてないわよ。こいつがいつも変な行動とってるからそれを窘めてるだけよ」


「変ってなんだよ!俺の行動はいつも理にかなってんだぜ!」


「それはあんたから最も遠い言葉ね」


「なんだと!」


また始まった。もう海凪も慣れたもので、この痴話喧嘩を止めようとはしない。まあ初めから特に負の感情は感じられなかったので止める気はなかったのだが。


しかしその痴話喧嘩に割り込む人物が一人。


「ちょっと。お姉ちゃんに向かってなんて口の聞き方してんのよ!」


響歌がしかめっ面で龍に迫った。それを見た龍は、まるで小さな詩音を見ている感覚に陥った。


「えっっと…」


さすがの龍も子供には強く言えず、対応に困っている。


「何か言いなさいよこのちゃらんぽらん」


「ちゃっ…!」


響歌の毒にダメージをくらう龍。一方で詩音は軽く吹き出しそうになっていた。


「響歌……」


詩音がその態度を窘める、かと思われたが…


「せーの」


「「このちゃらんぽらん」」


「声合わせるな!」


まさかの2倍の追撃。容赦のない一撃。


「海凪、助けて……ってどこいった?」


深手を負った龍が海凪に助けを求めようとしたが、その場に海凪の姿はなかった。





「こんにちは」


「……誰、お前」


海凪は詩音たちが言い合っている間に、律の元へ向かっていた。


そして律に警戒されながらも、隣のブランコに腰を下ろす。


「詩音お姉ちゃんの友達の深代海凪です。よろしくお願いします」


「……」


響歌に対してした挨拶と同じ挨拶を律にもしたが、返事は返ってこなかった。


それでも海凪は特に気にせず、律と同じようにただブランコの揺れに身を任せた。


怒り、不安、悲しみ。そういった感情を律から感じ取っている海凪。


周りで遊んでいる子供達の喧騒はどこか遠くに感じ、ブランコの軋む音だけが2人を包んでいた。

しばらくして徐に海凪が口を開く。


「…さっき、襲ってきた男の人にどっか行けって言ったの、あれお姉ちゃんを守るためだよな」


海凪は先の律の発言をそう受け取った。そして、それを聞いてさらに押し黙る律の様子を見て、その解釈は当たっていると確信した。


「結果、逆効果になってしまったけど、律くんの正義感は伝わったよ」


(ま、謝らなかったのは反省しないといけないが)


説教は今必要ないと思い、その言葉は心の中に留めておく。


海凪の言葉に、律は何を思ったのか分からないが、少なくとも負の感情は和らいだと海凪は感じた。


「よし、勝負しようか」


「…勝負?……なんの?」


突然の提案にも関わらず、律は勝負という言葉に少し興味を示す。


「ブランコで大きく揺れた方が勝ちゲーム。どうだ?」


「……いいよ。仕方なく」


「ありがとう。じゃあ、よーいドン!」


その合図で2人は漕ぎ始めた。座ったまま地面を前後に蹴り、徐々に振れ幅が大きくなっていく。


漕ぐにつれ律の顔も真剣になっていき、暗い雰囲気はブランコの勢いに乗ってどこかに飛んで行った。


「いいね律くん」


「ずるしてるだろお前!」


少しだけ海凪の方が振れ幅が大きく、気づけば律は負けたくない一心で本気になっていた。


そしてさらに勢いをつけるべく、立ち漕ぎに移行しようとした…が、



「──あっ」


勢いのついたブランコでの強引な体勢の入れ替え、本気になったことによる意識の集中。


これらが災いして、律の身体はブランコから独立して宙を舞った。


背中を強打する一寸先の未来に怯える律。




しかし──


「よっと。…大丈夫?律くん」


その未来はやって来なかった。代わりに訪れた未来は、暖かく力強い感触。


海凪は即座にブランコから降り、律を受け止めただけでなく、意思を失って襲ってきたブランコの座席も、難なく片手で受け止めた。


「律!大丈夫!?」


その様子を見ていた詩音が、心配と焦りを含んだ顔をしながらこちらに走ってきた。


律は心配させまいと思ったのか、自分の失態を見られたくないのか、何事もなかったかのように海凪の腕の中からスッと抜け出した。


「ごめん。俺が変な提案したから」


海凪の謝罪に、律は返事をしない。


既に詩音の元へ無事を伝えに行き、海凪に背中を向けているため表情はわからない。


「…ありがとう。…楽しかった、海凪お兄ちゃん」


しかし海凪にもそのお礼は、はっきりと届いた。


「こちらこそ楽しかった、ありがとう。また一緒に遊ぼうな」


その言葉に律は無言で首肯した。

その日はそれでそれぞれ解散し、帰路に着いた。


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