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#5 第一の噂「校舎を徘徊する人体模型」⑤ ~未練~

「さすが隆だな!」


(…ん……どこだ、ここは…。確か、龍たちと“校舎を徘徊する人体模型”を解決して…。…そうか、いつもの夢か)


都市伝説解決後の夜に俺がたまに見る夢。とは言っても毎回全く同じ夢という意味ではない。都市伝説によって見るものが違うからだ。


そもそも夢と言っていいのか分からない。


だって生々しい、人の一生を見せられるのだから──。



そう。この夢は惹起魂の、人体模型に宿った魂の生前のハイライト。




今俺の目の前に映るのは、子供の頭をその子の両親と思われる夫婦が撫でている光景。


3人とも笑顔で幸せそうな家族だ。しかし目元は暗くてよく見えない。これはいつものこと。


場所は幼稚園のグラウンドだろうか。微かに透けて見える周りの雰囲気からして、おそらく運動会かなんかだろう。


体を動かせない俺は、この目の前の光景以外見ることができない。これもいつものこと。


「隆は本当に足が早いわね」


「そうだな!将来は陸上界の大スターになるだろうな!」


「うん!僕、世界一の陸上選手になる!」


家族3 人で子供の輝かしい将来に期待を膨らませる。


まだ微笑ましい光景、か…。



「隆、超速いな!」


「本当に!船本くん速すぎだよ!」


今度は声だけの世界。背景も何もない真っ白な世界。


…この人生の主役は、船本隆さんか。


ってことはつまり、あの人体模型さんが船本さんだったってことだ。


「絶対に陸上選手になれるよ!」


「そうだな。先生期待してるぞ」


「はい!俺、頑張ります!」


「俺たちにも夢を見せてくよ!」


「そうよ。期待してるわ隆」


「うん!頑張るよお父さん、お母さん!」


船本さんはやる気に満ちた顔をしていた。



場面が切り替わり、学校のグラウンドが目の前に広がった。


「船本隆です。よろしくお願いします」


随分と大きくなった船本さんが、生徒たちの前で自己紹介をする。高校の陸上部入部の場面だろうか。


「お前があの噂の!」


「すげえ!本物だ!」


船本さんに拍手を送っていた先輩たちが、船本さんの元に好奇心丸出しで集まっていく。


「中1の時に高校生の全国優勝者に勝ったって本当か!?」


「どんな練習したらそんな速くなるんだ!?」


「やめとけよ。船本様は俺たち凡人とは違うんだから、練習なんて真似できねえよ」


「そうだよなあ。俺たちとは住む世界が違うもんなあ」


「あはは…」


周りからチヤホヤされるも、船本さんの笑顔は引き攣っているように見えた。



「14分11秒15!」


今度はちょうど船本さんがゴールした場面。場所はさっきと同じくグラウンドだ。


「すごいぞ船本!5000のインターハイ記録を大幅に更新している!余裕で全国優勝だ!」


「すげー船本!」


「さすがだ…。次元が違う」


興奮する先生と生徒たちとは対象的に、船本くんは余裕の表情をしている。


しかし先生もしばらくすると表情を暗くした。


そして船本さんに近寄り、2人で会話をする。


「…本当に次のインターハイで全力は出さないのか?」


「はい。注目されると色々と日常生活に弊害が出るんで。なんで適当に4位くらいでゴールしますよ」


なんというか、随分雰囲気が変わったな。


「そう、か…。ま、まあ将来のキャリアに響くのは一番避けたいからな……」





「隆、ついに明日インターハイだな!」


「お母さんたち応援に行くから!」


今度はリビングだ。家族3人で食卓を囲み談笑している。


「あーそれが、ちょっと足痛めちゃって」


(嘘、ついたな…)


「なに!大丈夫なのか隆!」


「うん。ただ、ちょっと手抜くから1位は無理かな」


「そうか。ま、高校の大会ごとき、隆なら余裕で1位取れるからな」


「そうね、こんなところで無理をする必要はないわ」


両親は息子の力を信じて疑わない。そんな二人を見ながら笑う船本さんの口元は、やはり引き攣っているように見えた。





「頑張れー!」


「ファイトー!」


ここは、大会の会場だろうか。


選手と思われる学生たちが、ゼッケン付きのユニフォームを身に纏っている。


(それにしてもこの時代のトラックはタータンじゃなく土なのか)


そんなことを考えていると、目の前を船本さんが走り抜けた。宣言通りに4位をキープしている。


そしてその順位のまま先頭の選手がゴールテープを切った。


「嘘だろ!14分8秒!?」


「すげー!大会新じゃないか!?誰だあいつ!?」


「知らん。あの有名な船本ってやつじゃないの?」


「いや、船本は4位だ。なんかちょっと怪我してたらしいぜ」


「そうなのか。じゃああの人は──」


その試合を観戦していた者たちの間に、興奮と驚愕が巻き起こる。


一方そのタイムを見た船本さんは、瞳をかっ開き、焦りとも取れる表情をしていた。





また別の場面へ切り替わる。ここは、河川敷か。


目の前で船本さんが、汗水垂らして自主練をしている光景だ。


朝、昼、夜。場面は次々切り替わるも、全て船本さんが頑張っている様子。


そんな様子をただただ見ていると(そもそも見ることしかできないが)どこからともなく誰かの声が聞こえてきた。


「まさか船本より早いやつがいるとはな」


「それな。でも隆ってあの時怪我してたから」


「確かに。怪我しててあのタイムなら、次は余裕で記録更新か」


「しかも練習も本気でやってなかったらしいな」


「それなら次本気出せば、日本人初の13分代行けるんじゃね?」


そんな話し声が脳内に響く。


まるでその声が聞こえているかのように、船本さんは焦りの表情でトレーニングを続けていた。





次はまたあの会場。先ほどよりも背が伸びた船本くんが、すでに走っている。そして、前回船本くんのタイムを上回った人も。


現在、その人が1位で、船本くんは2位を維持してる。



──すると何周目かに差し掛かったタイミングで、船本くんのペースが明らかに落ちた。


チームメイトや先生、両親も動揺している。


そして船本くんは4位に順位を落とし、そのままレースを終えた。


「どうしたんだ船本!?」


先生が駆け寄り、問いただす。


「──すみません、また足を挫いてしまって…」







場面は先ほどの騒がしいインターハイの会場とは打って変わって、閑静な夜の学校の屋上に切り替わった。


(ここは…)


しかもそこは、昨夜俺が龍たちを背負って飛び降りた場所。


「そこに、誰かいるのか?」


柵の近くに立っていると、いきなり隣から嗄れ声で話しかけられた。


しかし、反応することはできない。


目の前に映るその姿は、ボロボロの服を身に纏い、無精髭を拵えた3.40代の男性。


髪はほとんど抜けており、体は痩せ細っているがお腹だけぽっこりと出ていた。


その男性は酒瓶片手に、柵に前屈みでもたれかかり、地上を見つめている。


ただどんな目をしているのか、それは相変わらず分からない。


ただ分かるのは、この人が船本さんということ。


「ま、いいか」


酒を一口流し込むように飲む船本さん。


「なんで、こうなっちまったんだろうなぁ」


そして徐にポケットから写真を一枚取り出した。


(あの写真だ)


「…いつからかなぁ、期待されるのが怖くなったのは。最初は嬉しかったのに不思議なもんだよな」


「だからタイムさえ同年代の中で1位なら、もう大会の順位はどうでも良かったんだ。言い訳して手をぬけば、万が一の敗北を避けられて、期待を裏切らなくて済む。………でも、高校一年の大会で自己ベストを抜かれた」


また、酒を一口。


「高校2年のインターハイ。記録更新と優勝に向けて必死で努力したさ。今思えばそれが最後の努力だったかもな」


「そして本番。絶対にあいつには勝てない。そう分かった瞬間、俺は手を抜いた。そしてみんなには怪我だと嘘をついた」


また、酒を飲もうと瓶を傾けるも、一滴唇を潤しただけだった。船本さんは酒瓶を適当に後ろに放り投げ、ひび割れた酒瓶には目も向けず話を続ける。


「……怖かったんだ…。…すごく、怖かった……。失望されるのが……すごくっ……」


小さく体を震わせ、言葉を絞り出す。まるで、当時の体験を今しているかのように、鮮明に感情が蘇っているようだ。


「……努力しても勝てない相手はいる。そう気づいたから、ついには努力もしなくなった。それなら負けても言い訳できるからな」


船本さんは少し大袈裟に自嘲する。


「……でもな、周りにはすごいと思われたい、失望されたくない。そうも思っていた。だから言い訳と嘘で誤魔化して生きてきた」


過度な期待を一身に背負ったがために、凄い自分しか周りの人間は肯定してくれないと無意識に感じるようになったのだろう。


「そんな生き方をしてたら自分が努力しないだけでなく、いつしか他人の足を引っ張るようになった。そして気がつけば周りから人が離れていき、この有様だ」


船本さんは、今度は悲しみの混じった自嘲をした。


「…才能があってもなんの役にも立たない。周りがそれに便乗して、自分ごとのように優越感に浸るだけ。そして結果を出さなければすぐに乗り換えられる」



「…でも………」



船本さんは天を見上げる。そこには満開の月。



「あの時、本気で走ってたら、本気で走って負けてたら、別の世界を見ることができたのかな」



………



「どこかの誰かさん、最後まで聞いてくれてありがとう。ま、俺の幻覚かもしれないが」


船本さんは柵に足をかけ柵の外に体を出す。


写真はてから離れ、ヒラヒラと舞うように落ちていく。


そして船本さんはその後を追うように──




「船本さん!」


海凪は手を伸ばし、布団から勢いよく起き上がる。

そしてしばらくして、現状を理解する。


「…船本隆さん、か」


海凪は立ち上がり、ベッドの隣にある窓から夜空を見上げる。


「……船本さんの周りの人たちは、たとえ船本さんが負けても変わらず愛してくれたんだろうか…」


その世界線のことは誰にも分からない。でも、そうであって欲しいと願わずにはいられなかった。


海凪は夜空を見上げ、目を瞑って胸の前で手を合わせる。


「どうか、安らかに」


夜空の月は優しい光で街を包み込んでいた。

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