#21 第二の噂「異界へ続く滑り台」12 〜本音〜
詩音と夢幻をゴンドラに乗せた後、海凪は目隠しをしながら50人以上の子供たちと鬼ごっこをしていた。
鬼ごっこと言っても、子供たちが離れないように観覧車の周りをぐるぐる回っているだけだが。
ところで、夢幻がこの場にいないならもう目隠しをする必要はないように思える。しかし海凪はそうは思っていなかった。
「鎖姫さん、この子たちの動き、変じゃないか?」
「動きだけじゃなくて、目の様子もおかしいわよ。見ないほうがいいかもね〜」
夢幻は子供たちの目に、自分の魂術をお裾分けしていた。
自我がないような動きをするのは、夢幻は催眠をかけた相手には、自分の提案した遊びを強制させることができるからである。
彼らは海凪のタオルを取るまで、目を開けさせるまで、ただひたすらに追いかけ回す傀儡と化していた。
しかし目隠しをしているとはいえ、海凪を捕まえられるわけもなく。
彼らはただただ身体的疲労を蓄積させ、遊びを中断することもままならない状況だ。
(このまま続けるのは、この子たちへの負荷がかかりすぎる。どうする。全員を観覧車に閉じ込めるのは…。いや、それでも諦めず万が一飛び降りられでもしたら…)
「──海凪ちゃん後ろ!」
考え事をしている海凪の後ろから、一人の子供が飛びかかった。
「っと!ありがとう鎖姫さん」
海凪は最小限の動きで屈み、かろうじて避けた。
しかし背負っていたカバンに子供の足が引っかかり、中から律のサッカーボールが落ちてしまった。
「ボール…。…そうだ。みんな、鬼ごっこをやめてサッカーしよう!」
咄嗟にそのボールを利用しようとする海凪。
「えーやだ!」
「鬼ごっこの方が楽しいよ!」
しかし誰一人その言葉に耳を傾けるものはいなかった。
しかもその声が無理やり楽しんでいるかのような声色で、痛々しさが海凪にひしひしと伝わった。
(どうする…。この子たちを止める方法を考えろ…!)
──今、海凪の全ての意識はこの子供たちに向けられていた。
だから気づかなかった。
観覧車の頂点。
開いた扉の前に、一人の女性が立っていることを。
「危険因子は早めに消さないとね。バイバイ詩音姉ちゃん。楽しかったよ」
詩音は、夢幻に促されるままにその足を前に出した。
◆
──ここは、どこだろう。
暗い。
何も見えない。
見渡す限り、黒だ。
どうしよう。
怖い。
……なんとかして出口を探そう。
考えろ、俺。
ここから出る方法を。
「律」
「姉ちゃん!なんでここに?」
「あっちに遊園地あるから、一緒に遊びましょ」
遊園地、楽しそう。
それに、明るい。
「ラッキー!ありがとう姉ちゃん!」
「いっぱい楽しみましょ。頭空っぽにして、ね」
──タンッ
「わっ!びっくりした!え?なんで上からボールが…」
振り返り、跳ねながら転がってきたサッカーボールを拾う。
「…律、遊園地はこっちよ」
「ってこれ、俺のボールじゃん!」
「早く行くわよ」
「どこから……ん?誰か、いる…」
見上げると、1人の女の人が宙に浮くように立っていた。
足場も何もない。
あんなところから落ちたら大変だ。
「っていうか、あれ、姉ちゃんじゃ……。…姉ちゃんが、2人…?」
「何してるの律」
「だ、だってあそこに姉ちゃんが…」
「何言ってるの。あなたの姉ならここにいるわ」
こっちの姉ちゃんには、あっちの姉ちゃんが見えていない?
「そ、そうだけど…」
「ほら、そんなボールさっさとおいて、着いてきなさい」
「……そんな、ボール…?」
……違う。姉ちゃんはそんなこと…。
「……父ちゃんが事故で死んだ後、母ちゃんの負担がとても増えた。ある時、河川敷で姉ちゃんとサッカーしてたら、俺が蹴ったボールが川に落ちてしまった。川の真ん中の草に引っかかって、絶対取れないとこにいっちゃったから、俺は新しいの買って貰えばいいじゃんって言ったけど、姉ちゃんはこう言ったんだ」
『お母さんにこれ以上、負担はかけられないわ』
「そして全身びしょびしょ泥だらけになりながらも、姉ちゃんはそのボールを取ってくれた。まあ結局それで風邪をひいてしまって、よりお母さんに迷惑かけちゃったって姉ちゃん落ち込んでたけど」
「……そんなこともあったわね」
「黙れ偽物!このボールは、誰よりも姉ちゃんが大切にしてくれてるんだ!」
「…あの時取ったのは、お母さんのため。別にボールそのものを大切にする思いはなかったわ」
「そうだな!姉ちゃんは母さんのためにボールを取ってくれた。姉ちゃんは誰よりも家族思いだ。だから、姉ちゃんの弟である俺の前で、そんな言い方するわけないだろ!」
俺は本物に向かって走り出す。
遠い。
暗い。
だんだんと光から遠のく。
怖い。
「はヤく…こっち、ニ、きなサイ…。いま、もどレバ、たのシイ、タノシイ、ゆう、えんチ、ガ、まってル、ワ、ヨ」
寒気がするほど冷たい声が後ろから聞こえる。
怖い。
でも……
「足を止めるな俺!遊園地なんて知るもんか!」
暗くても、怖くても…!
「姉ちゃん!今、助けるから!!」
◆
「姉ちゃん!!」
律の声が広場に響く。
「鎖姫さん!橘さんの様子は!」
海凪は瞬時に、意識を観覧車に向けた。
「4時の方向、頂上から落下中!」
海凪はタオルを取り、薄目を開いて全速力で駆け出す。
子供たちにぶつからないように。
──詩音が落ちるまでコンマ5秒
「鎖姫さん、フェンスに巻きついて!」
「了解!とばすわよ!」
海凪以上のスピードで鎖が伸び、観覧車下のフェンスに巻き付く。
そしていっきに海凪を引き寄せた。
超高速で低空飛行する海凪。
加速する詩音の落下速度。
「海凪兄ちゃん!」
──詩音が落ちるまで…
ガンッ!
「あっぶねー。なんとか間に合った。助かったよ律くん」
間一髪詩音を抱きとめた海凪は、横向きにフェンスに着地し大きな音を響かせた。
「…やっぱり海凪は危険だね。でも…」
上から見下ろす夢幻は一瞬驚きをあらわにしたが、まだ余裕の表情だ。
「橘さん、だいじょ──っと!」
詩音を助け安堵したのも束の間、いきなり詩音の首がグリンと海凪の方を向いた。
即座に危険を察知した海凪は、顔を背け詩音を優しく地面に置き距離をとった。
「催眠かけられたか…」
再びタオルを目に巻き、気を引き締める。
「さあ、第二ラウンドだよ」
夢幻は1人、高みの見物を決め込む。
ゆらゆらと起き上がった詩音は、海凪に向かって走り出した。
「強力な鬼が参戦してしまったな」
冗談ぽく呟きながら、肉薄してくる詩音を警戒する海凪。
しかし詩音は何かの衝撃を受け、後ろに倒れ込んだ。
「姉ちゃん!」
そう、律が詩音に抱きついたのである。
「律くん!今は危ない!」
「姉ちゃん!起きて!姉ちゃん!」
海凪が止めるも律は聞く耳を貸さなかった。
詩音も律の声に全く反応を示さず、ジタバタと暴れている。
そんな詩音を律は必死に抑え、自分の想いを伝え始めた。
「…ごめん姉ちゃん、俺のせいでまた無理させちゃって。俺、母ちゃんが入院して、姉ちゃん忙しそうにしてるから、ちょっとでも負担を減らそうと思って。俺、家事とかは全然できないから、せめて一人でも大丈夫だって思って欲しかった……」
詩音が母親にしたように、自分なりに自分も詩音の力になりたい。
そんな本音を、律は全身全霊で伝える。
「……でも響歌ばっかり詠心ばっかりって思っちゃって、結局姉ちゃんの負担を増やす羽目になっちゃった…」
お姉ちゃんのために我慢したい。
でも自分も構ってほしい。
そんな相反する思いが、律にとっては大きなストレスとなった。
「多分、それ以外にもたくさん迷惑かけていると思う。ごめん。本当にごめん。……まだ俺は子供なんだ。…だから姉ちゃん…」
涙を流している律の目が、詩音の目を捉えた。
「目を見ちゃダメだ!」
海凪の声は全く届かない。
詩音と律だけの空間。
「これからもいっぱい甘えさせて!いっぱい一緒に遊んで!」
精一杯の律の思いに詩音は……
「……もちろんよ、律」
慈愛に満ちた瞳で、優しく受け止めた。
2人はどちらともなく抱き合い、静かに涙を流した。
「…いい家族だな」
ただ見守ることしかできなかった海凪は、安堵した表情でぼそっと呟いた。
「ねぇねぇ海凪ちゃん。さっきの私、ファインプレーだったよね!」
「そうだな。ありがとう鎖姫さん」
「ふふ。じゃ〜あ、あの2人みたいにあっつぅ〜いハグ、してね?」
「もちろん。でも、全部終わってからな」
再び海凪は顔を引き締め、観覧車に視線を移した。
「あーあ。本当に上手くいかないね」
さっきまでとは明らかに様子が違う。
ゴンドラから降りてきた夢幻を見て、海凪はそう感じた。
詩音は律を胸に抱き寄せ、視線を遮る。
「修一くん、もうやめにしよう」
海凪は敢えて修一と呼んだ。
「くそっ!くそっ!詩音のせいで、余計なことを思い出してしまった…!」
海凪の予想通り、修一は記憶が戻っていた。
しかしあくまで彼は死者の魂であり、惹起魂。
往々にして強い負の感情を宿している。
決して生前の修一ではない。
「もう十分皆んなと遊んだじゃないか。これ以上何を望む」
「まだ、まだ…!僕はただ楽しく遊びたいだけなんだ!皆んなと、もっと…!それなのに……!」
(やっぱり欲望が暴走しているタイプなのか。それならもう一つの手段を使うしか…)
「おーい!海凪!聞こえるか!」
海凪が思案していると、この空間全体に響き渡るような声がした。
「この声は──龍!」




