暗号的会話
温かな日差しが降り注ぐ、長閑な午後の公園。
ベンチに座り新聞を広げる男に一人の老人が近づき、声をかける。
「やぁ、いいお天気ですねぁ」
「そうですね」
「おっと、ふふふ、すみませんねぇ見ず知らずの老人がつい話しかけてしまって。
しかし、こんな日はお花もさぞ、気持ちがいいでしょうなぁ。おや、あそこの花壇に咲いているのはアンスリウムですかなぁ」
「ふふっ、赤いけど多分違うでしょう。ポインセチアかな。いや違うかな」
「ふふふふ……それで、人間の方はお元気ですかな?」
【訳:任務の進捗状況はどうだ? エージェントよ】
「ははは。ええ、元気ですよ」
【順調ですよ】
「そうですかそうですか、それはなによりだぁ。でも少し顔色が悪いように見えますがねぇ」
【それにしては良い報告がまだ聞けてないんだがな】
「ははは、よく言われます。でもこう見えて健康そのものですよ」
【問題なしと言ったでしょう】
「ほう、そうですかそうですか。定期健診とか行かれてるんですか? 私は病院が嫌でねぇ、なかなかねぇ。でも通知は来るんですよ」
【本部がどう思うかな。せっつかれて嫌になる。さっさと成果を上げて欲しいものだな】
「わかりますよ。お気持ちは。僕ももうすぐ三十代突入なのでね。色々と気を使い始めてますよ」
【善処します】
「ほう、何かされてたりしますかな?」
【任務に必要なものがあれば言え。用意してやる】
「まあ、言うほどのことはしてま――痛っ」
【必要な物はな――】
「あ、ごめんなさーい!」
「ふふふっ、平気だよ。でもボール遊びをするときは周りに気をつけようね」
「はーい!」
「ふっー……お、このダンベルいいなぁ。新発売かぁ」
「ダンベル……? 欲しいんですか?」
【ショットガンか? 用意するか?】
「え? ああ、まあ持ってはいるんですがね、これは水を入れて調節するタイプみたいなので、へぇーと思って。いやー、結構好きなんですよ。こういう筋トレグッズを集めるの」
(まだいたのか。もう話すことはないが世間話か? 上官殿も暇なのかな……いや、気を使ってくれているのか。任務がうまく行っていない俺の気を解そうと)
「ほう、水を……それは変わってますね。ちなみに重いんですか?」
【特殊武器が必要なのか? 想定される破壊規模は?】
「えっと、この新聞広告によると、そうですね結構な負荷をふふふああ、今ならおまけもつくのかぁ……いいなぁ……」
(買おうかなぁ……)
「新聞……ですか。おまけも……」
【新聞に載るほどの破壊工作を実行する段階にあるというのか! 一般市民も巻き込むほどの!】
「ここのメーカーは中々粒ぞろいですよ。でもフォームローラーはシックスゴッドのが一番だなぁ。ちなみに腹筋ローラーはアクティブマッスルのが一番効きますよ。可変式ダンベルはパワージェントルマン。あと有酸素運動の時に着けたいのはハイエボリューションのマスクですね。肺がね、いいんですよぉ」
「ハイエボ……グラヴィ……なるほどなるほど。お勧めはそれらですか」
【バズーカ砲にマシンガン、とにかく一式用意すればいいんだな?】
「あっはぁ! 知識自慢みたいになっちゃってすみません。ついつい語り過ぎちゃって。でもお勧めはそうですねぇ……シンプルなバランスボールですかね。お年寄りにもいいんですよ。勿論扱いには注意が必要ですけどね」
「ボール……扱い注意……なるほど。それ以外で何かありますかな?」
【爆弾……だな。開けた瞬間、爆発する小包タイプの。しかし本気か? 君に一任しているとはいえ、本気で市民を……】
「それ以外? そうですねぇ――痛っ! あ、こらこらボール遊びは気をつけなって」
(クソガキがぁ……)
「ごめんなさーい!」
(うるせぇなぁ、おっさんがよ。子供の遊び場なんだからボールが飛んでくることも想定内だろうがよぉ)
「……よくわかりました。では私はこれで……プレゼントを楽しみにね」
【その目。ボールの投げ方。どうやら本気のようだな。たとえ、子供を巻き込んでもと……。
わかった君の自宅に送ろう。好きなタイミングで使うと良い。犠牲はしょうがない。これも任務、我が国のためだ】
「あ、はい。またどこかで……」
(プレゼント? 激励ということでダンベル買ってくれるのかな……楽しみだなぁ……)