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 それからしばらくのあいだも視聴者たちのコメントから地上の情報を得るなどしていたメイだったが、ひとまず状況は膠着気味なようであった。『パイオニア』は救助計画を練っているとは言っているが、その動きがどうも消極的であろうことは否めない。『ダイバーズギルド』は腰が重く、一応海外のトップクラン等からも救助の打診は来ていたようだが、それもギルドが最もらしい理由をつけて全て断っている現状。


〈まあ下手するとこれにかこつけて国内初深淵層の利潤を外様に持っていかれかねないわけですし〉

〈最悪、助けたS級探索者(ダイバー)まで持ってかれる可能性も無くはない〉


 表向き法整備や国際協定がある程度整った今でも、水面下でのダンジョン利権の奪い合いは収まる兆しを見せない。そんな情勢下で諸々を警戒するのは『ダイバーズギルド』としては当然であり、しかし一方で、今まさに救助を待ち望むメイにとってみれば、うるせぇ知らねぇ助けろ助けて♡と思わずにはいられないのだが。


「──さてと」

 

 とにかく、とにかく。

 今日明日で事態が好転する望みは薄く、仮に助かるにしろ長期戦になる可能性があると考えるメイ。であればこの配信はなんとしても続けて地上との繋がりを維持し、注目を集め続ける必要がある。そしてその上で避けられないであろう()()が一つ、メイの視界の先でうぞうぞと蠢いていた。黒いそいつはこの一時間ほどの内に少しずつ 少しずつ距離を縮めており、今やメイが話しかける浮遊カメラのすぐ近くにまで近づいて来ている。体の大部分を張り付けるように地面に伏せつつ、数本の触手を伸ばしては実体の無いコメントたちを後ろからつっついていた。

 モンスターとしての威容など全く無い真っ黒触手はこの縦穴の下から居なくなる様子もなく、ここで配信を続けていくのならば、いつかはうっかりカメラに写ってしまうかもしれない。であればむしろ……とメイは一つ頷き、既に八十万人以上に膨れ上がっている視聴者たちへと語りかけた。


「えー、どうも長丁場になりそうな気がしてきたので、今のうちに同居人を紹介しておこうと思うよ」


〈は?〉

〈同居人?〉

〈?〉

〈は?〉

〈うん?〉

〈一人で落っこちたんとちゃうん?〉

〈???〉

〈極限状況で頭おかしくなった説〉

〈有り得る〉

〈メイちゃんかわいそう♡かわいいね♡〉

〈??〉


 困惑するコメント欄をよそに、ジェスチャーでの操作によって浮遊カメラを百八十度回転、さらに目線を下へと向けさせる。カメラの挙動にビクゥッ!と身を跳ねさせた触手が、おもむろに衆目の目に曝された。

 常に滝のように流れていたコメントが数秒だけその動きを止め──そして次の瞬間、大瀑布もかくやという勢いで溢れ出す。


〈!?!?!?!?!?〉

〈はぁっ!?!?!?〉

〈くっっっっっっろ!!!なんだこいつ!?!?〉

〈触手?触手か?〉

〈え、同居人ってこいつ?〉

〈まじすか??????〉

〈やっぱ頭おかしくなってるって……〉

〈深淵層にも触手とかいるんだ……〉

〈いや色やばすぎだろ。ブラックホールみてぇな色してんじゃん〉

〈黒過ぎて背景から浮いて見えるレベル〉

〈この色味は絶対ヤバい〉

〈こんな黒いモンスター見たことねぇよ……〉

〈よくテイムできたな……〉


「や、テイムはしてないよ。わたし魔法は良くて初級のものしか使えないし。深淵層のモンスターにはたぶん通じないでしょ」


〈マ???????〉

〈深淵層のモンスター放し飼いにしてるってマジ????〉

〈じゃあなんで何で襲ってこないの?〉


「さあ?」


〈さあ?じゃないが〉

〈呑気過ぎんだろ〉

〈いやでも何か、あんま敵意とか凶暴さとか感じねぇな〉

〈むしろなんか……カメラにビビってないすか???〉

〈確かに〉

〈威嚇する小動物みたいに膨らんどる〉

〈ビビってる?ビビってるの???〉

〈モンスタービビってるゥwwwヘイヘイヘーイwwww〉

〈おいおいおい色は見掛け倒しかぁwww????〉

〈深淵層のモンスターが浮遊カメラにビビってるってまじィ?????〉

〈うーんこの〉

〈相手が弱みを見せた途端これ〉

〈いつものダンハブ民やん〉

〈まあ例えどれだけ強かろうと我々は画面越しに見てるだけですし〉

〈安全圏からモンスター煽るのキモティィィーーーーッwwwww〉

 

 驚愕から煽りへとシームレスに移行するダンハブ民、意味は分からずとも怒涛の勢いで流れ落ちるコメントにビビり散らかす触手。メイの声にも思わず笑いが混じってしまう。


「なんで襲ってこないのかは分かんないけど……とりあえずマリって名前付けてみたよ。いま」


 さっき浮遊カメラに引っ付いてた時の姿が毬みたいだったから……などと呑気にのたまうメイに、コメント欄はさらなる盛り上がりを見せる。


〈いや草〉

〈こいつマジで危機感ねぇな〉

〈やっぱどっかのネジ飛んじゃったんじゃねぇの?〉

〈まあ百歩譲って付けるのは良いとして、深淵層のモンスターの名前じゃねえだろ〉

〈マリて〉

〈犬猫に名前付ける時のノリなんよ〉

〈ごめん、もうなんかちょっと可愛く見えてきた〉

〈正直分かる〉

〈名前が悪いよ名前が〉

〈せめてもっと強そうな名前にできんかったんか?〉


「うーん……テンペスト号と悩んだんだけどね」


〈だっっっっっっっさ〉

〈テンペスト号〉

〈テwンwペwスwトw号w〉

〈マリの方がまだ幾分かマシ〉

〈警察犬とかでギリいそう〉

〈いやいねぇだろ〉

〈結局犬じゃねぇか!!〉

〈【悲報】S級探索者(ダイバー)さん、ネーミングセンスがカス〉


「そんなにダメかなぁ……マリはどう思う?」


〈話しかけるの草〉

〈もうこいつ無敵じゃん〉

〈おめぇなら深淵層でも元気にやっていけるよ〉

〈そもそもテイムもしてないのに勝手に付けた名前に反応するわけ……〉


 小馬鹿にするような視聴者たちに反して、そのモンスターはどういうことか、ぐにゅりと触手の流れを変えメイへと意識を向けたように見えた。呼んだ本人もまさか本当に反応が返ってくるとは思っておらず、驚きに目をしばたかせる。


「…………マリ…………マリ。…………マリ?」


 うじゅるうじゅると──未だ少し膨らんだままではあったが──触手を緩やかに蠢かせ、それが自分を呼ぶ音であると理解しているかのように振る舞うモンスター──マリ。コメント欄はまたしても上を下への大騒ぎ状態ではあったが、今この瞬間のメイの意識にはそんなもの、少しも引っかかってはいなかった。


「そっか……マリで良いんだ…………じゃあ、わたしはメイ」


〈じゃあって何だよ〉

〈これ呼んだ本人も混乱してるな〉

〈そりゃ(適当に付けた名前に反応するとは思わんから)そうよ〉


 半透明なホログラムの視聴者(コメント)たちをすり抜けて、メイがゆっくりと右手を差し出してみれば。やはり少しビクリとし、それから逡巡するように、マリもまた触手を一筋、伸ばしていく。


〈……え、何この展開は〉

〈怒涛の急展開〉

〈なんかちょっと良い感じの雰囲気で草〉

〈一体何を見せられてるんだ……?〉

〈一応言っておくけどリスナーは一から十まで何一つ理解できてないからな?〉

〈視聴者置いてけぼり〉

〈これがS級探索者(ダイバー)……!〉


 野次など欠片も目に入らず、確りと握ったその触手(ゆびさき)は、ぷにぷにと柔らかく存外に触り心地が良い。先ほど反射的に掴んでしまったときには気付かなかった感触に、思わず二度、三度と触手を握ってしまうメイ。わたわたうねうねしゅばっと触手を引っ込め、またちょっと全身を膨らませながら後退するマリ。


〈深淵層のモンスターの姿か?これが……〉

〈でもなんだろう……可愛いな……〉

〈分かる……〉

〈こう……ちょっとツンデレ味あるな……〉

理解(わか)る……〉

 

 触手は可愛いのだという世界の真理に、一部の視聴者たちが気付き始めていた。


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