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夏のホラー2023 帰り道 「これをあなたに・・・。」

作者: きじの美猫

いつのころからか繰り返し何度も見る夢がある。

どこか田舎の風景の中、田んぼ道を歩いている。

とっぷりと日の暮れた夏の夕方、おそらくそれはどこかからの帰り道だ。

あたりはしんとしていて、生き物の気配すらしない。

ところどころにあるわずかな電灯のあかりだけを頼りに、

でもそれは一本道なので迷うことはないと思いながら、

でも不安を抱えながら、ひとり歩いている。

「そろそろ・・・。」

思う間もなく、それはやってくる。

行く手にひとりのおばあさんが立っている。

闇の中で、そこだけがぼうっと薄明るい。

姉さんかぶりの手ぬぐいで顔は見えない。

着物のようなものを着ているようだ。

痩せて小柄で、すこし腰をかがめるようにして立っている。


いつもここで立ち止まる。

避けられるものなら避けたい。

だが、それはできない。

こちらが立ち止まるとそれは近づいてくる。

歩を進めるというより、滑り込むように目の前に現れる。

「これを・・・。」

そうだ、いつもこう言うのだ。

籠ったような、どこかスピーカーを通したような声。

「これを、あなたに。」

そういって手に握っている平べったい丸いなにかを渡そうとする。

冷たい手・・・骨ばった感触がする。

この世のものとは思われない独特の気配。


「いらない」

振り切っていこうとすると追いすがるように再び言う。

「これを、これをぜひあなたに。」

その「なにか」はけして、けして受け取ってはいけないような気がする。

ふりほどいて走りだそうとするが、思うように動けない。

わずかに繰り出す足は、重くもどかしく。

「これを、これを・・・。」

「いらないってば!」

押し付けられたものを押し返し、大きな声で拒絶するところで目が覚める。


「あー・・・・・・。」

汗びっしょりだ。

なんともいえない気持ち悪さが尾を引いて、それからしばらくは眠れなくなるのだった。



母が入院することになった。

実家の付近にはろくなところがないので

全国の病院を訪ねまわってようやく見つけたところだ。

実家に負けないくらいド田舎だったが、そこに永住するわけではなし

回復するならなんだってかまわなかった。

「病院内には付き添いの方が宿泊することはできません。」

えっ、それは困る。

「何か月もホテル住まいはできませんし。」

「近隣にホテルもないですよ。」

ナ、ナナナンダッテー!

「ちょっと離れてますが、看護婦用の寮の空き部屋ならご用意できますが。」

ソレダ!

というわけで寮とやらへ・・・。


これまたえらい田舎である。

民家すらかなりまばらである。

バスを降りたら田んぼの中をひたすら歩く。

最後は山の中に入り、藪を抜けたところに寮がある。

しかも

ほかにだれもいない・・・。

まあ貸し切りなので気楽でいいよね。

ちなみに管理する人が数日おきにやってくるが、夜は帰るとのこと。

実習やらで満杯になることもあるそうだから、いまは閑散期なのだろう。


最初の数日は気づかなかった。

慣れない環境とかなりの距離を歩くので

疲れて寝るだけが精いっぱいだった。

一週間くらいすぎただろうか。

その日はいつもより遅くなってあたりはすっかり暗くなっていた。

帰る道すがら、この暗さをどこかで見たような気がした。

歩きながら考えるともなく考えていた。

そしてその夜、あの夢をみた。


そうだ・・・、病院からの帰り道と夢のなかの光景が重なった。

冷たいものがしたから上がってくるような感触がする。

なにかが起きたわけではない。

いまのところは。

夢は夢にすぎないし、似たような景色はいくらだってある。

それでも不安は拭い去れなかった。

どうすればいいのだろう。

だがほかに選択肢はなく、このまま居続けるしかなかった。

なるべく陽のあるうちに帰ることにした。

影法師が長くなり、色濃く落ちているうちに戻れば大丈夫だ。

雨の日もなんとなく大丈夫な気がした。

それでも、どうしても遅くならざるを得ない時もある。

バスを降りてからずっと先を見通してみる。

後ろからくることはない。

いつもそれは前方からやってくる。

見えた時にはもう目の前にくることはわかっているのだが。


帰り道はできるだけ急ぎ足で歩いた。

朝、出かける時よりも帰り道は倍も距離があるように感じた。

傷んできたローファーの代わりにスニーカーを買った。

走るためではなく、帰り道に緊張して硬直する足の負担を減らすためだ。

一週間、十日、二週間と過ぎていった。

不思議とあの夢はみなかった。

三週間、四週間、気づけば一か月たっていた。

夢をみてしまったら、もうあの帰り道を通ることはできないような気がした。

四十日が過ぎ、五十日あたりに差し掛かったころ転記が訪れた。

母の退院が決まったのだ。


その日は午後の日差しが残るうちに帰り道を歩いた。

いろいろ準備もあったのだが、さらなる不安もあった。

ものごとは完成間近がいちばん失敗しやすいらしい。

ここで油断してはいけない・・・これまで以上に緊張する帰り道となった。

しかしあと数日、と思うとなんとかなりそうな気がした。

そして最終日の夜。

あの夢を見た。


いつもと何も変わらなかった。

ただ、頭の片隅にこれを現実で見ることはないとぼんやり考えていた。

明日はあの帰り道をたどることはない。

そう思って気持ちが緩んだ時、目の前にきていたおばあさんが

突然、姉さんかぶりの手ぬぐいをとった。

おもわずぎょっとしたが、声もだせなかった。

思ったよりずっと若かったその人はこれまでよりはっきりした声で告げた。

「いままであなたのお役に立てればと思い、見守ってきました。」

かがめていた背中を伸ばすと、そんなに小さくはなかった。

「あなたはご自分の力だけで目的を果たすことができました。」

そして少し目を細めて笑った。

「いつか必要な時がきたらまたお手伝いします。」

その言葉が終わらないうちにひとすじの光の中に見えなくなった。

見上げてみると空に月が出ていた。

夢の中で初めて見る明るい光だった。


それ以来、あの夢はみていない。

ただ、なにか困難なときに遭遇したとき、あの帰り道を思い出すときがある。

再びあの風景に遭遇することがあるのだろうか。





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― 新着の感想 ―
[良い点] ユングじゃないけど、不安な時ほど悪夢を見る訳で、確かに心理状態と夢はリンクしていますよね。それが良く表れていました。 [一言] 心の強い人だからちゃんと看病出来たんでしょうね。
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