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「塞翁が馬」

作者: 葛城早希

西暦2023年2月某日。横浜赤レンガ倉庫のDFSU183320番、緑色コンテナの中を窺うと、地下へ伸びる階段が在る。階段を十数メートル下ると仄暗いバーカウンターとそれを照らす蝋燭の火が2本。そこは知る人ぞ知る賭場であった。男が2人カウンター越しに向かい合い対峙している。1人は黒いガウチョパンツと白いロングTシャツに身を包んだ長髪の若者。GLASTONBURYフェス2022出演時のビリーアイリッシュを彷彿とさせる髪型だ。身につけているアクセサリーがいずれも高級品なので、チグハグな見た目だが金持ちなのはまず間違いないだろう。長髪の男はネオンと言うらしい。この賭場のオーナーであった。


相対するのは白いスーツとグレーのシャツを身に纏った胡散臭い男。髪型は目まで隠れそうなボサボサの無造作ヘアに薄ら笑いを浮かべている。ボサボサ頭の男は自らをジョーカーと名乗り、言葉を続けた。


「あんたがネオンだな…おれと賭けをしよう。」

ネオンがそれに応える。

「ようこそジョーカー。君の要求と君が払える代償はなんだ?」

「おれの欲しいものは現金1億円、おれが負けたら代償としてあんたが欲するもの…【過去の中から任意の1日ー・その日の思い出】を差し出そう。」


ネオンは暫く押し黙り口を開いた。

「良いだろう。ゲームはどうする?」

ジョーカーと名乗る男は少し考えて口を開いた。

「そうこなくては…。そうだな。こんなのはどうだ?リネングループの株価の終値が昨日比でプラスになるかマイナスになるか…」

「良いだろう。ゲーム選択は君。ならば賭け方は僕に選ばせてもらうよ。僕はプラスだ。」

ネオンは個人資産家である。この勝負ネオンの勝ちは揺るぎないように思われた。リネングループの株価始値は9058円。勝負の火蓋は市場開幕9:00丁度に切って落とされた。ネオンは発行済み株数と同数32000株を時価で買い付けする。約定すると同時に株価が上昇する。9058円の株価が16089円まで急騰する。しかし株価の上昇は一時的なものだった。16525円を超えた途端、リネングループ株は暴落する。ジョーカーが予め準備していた布石である。実は発行済み株の内30000株強を予め買収しており、ネオンが買付する前からジョーカーは時価16500円で売却予約を入れていた。16500円で約定した30000株強は一気に株価を引き下げた。ジョーカーは一度売却を終えると勝負を静観し、時計とポートフォリオを退屈そうに眺め始めた。ネオンには買付余力があったため、その後追加で32000株を購入する。一時6857円まで下がった株価は15825円まで回復した。そのまま時が経ち時刻は約束の15:00を迎えようとしていた。


リネンは腹の中で邪悪な笑みを浮かべていた。この世の中に【思い出】など不明瞭なものを担保に大金が手に入るなど甘い話があるわけがない。【思い出】を取り立てるなどと言うのは建前で、本音は【その日のアリバイ】を奪うことが目的なのだ。ここで執り行われているのは取り立てた思い出の日に起きた政界の大物・タレント・富豪の不祥事・殺人事件の濡れ衣を着せるためのギャンブルなのである。


リネンが口を開く。

「15:00現在終値は15980円。僕の勝ちだ。

君から思い出を取り立てる。いいね?」

ジョーカーは応える。

「嗚呼、完敗だな。それじゃあとっておきのおれの思い出を差し出そう。忘れもしない…あれは西暦2021年3月10日のことだ。」

ジョーカーはここで執り行われているギャンブルが、任意の日に起きた大物たちの濡れ衣を着せるための懲役ギャンブルだと知っていた。知っていて尚負けたのだ。ジョーカーは会員制賭博組織にて3月10日に人生の全てを賭けた勝負に臨み、大敗している。その際に言い渡されたのは命の取り立てである。命からがら逃げ伸びていたジョーカーは、晴れてその日請け負った業を押し付けることに成功したのだった。リネンは仲介人を呼び、念入りにジョーカーの過去や個人情報を収集し始める。仲介人はやがてジョーカーの思惑に気づきリネンに耳打ちする。リネンはそれー・(取り立てた日に起きた業を引き受けなければならない旨)を知り青ざめた顔で崩れ落ちた。仲介人はすぐにバウンサーを呼び出口を固めたがジョーカーも屈強な相棒を出口付近に待機させており、バウンサー達はたちまち無力化されてしまった。


「人間万事塞翁が馬…ってね。試合には負けちゃったけど得るものの多い1日だったよ。また来るねネオン」ジョーカーは不敵な笑みを浮かべながら賭場を去った。

最後まで読んで下さいましてありがとうございました。

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