第八話 無邪気の裏
来は怯えながら洋室に入ってきた。
「来ちゃん、このソファーに座りな」
来は嬉しそうに支部長の指した黒のソファーに勢いよく座った。しかし、座った途端に顔が冷めた。
「なんか、気持ち悪い…」
支部長はその言葉を聞いて笑った。
「革のソファーだから座り心地が悪いかもしれないな」
そう言って、支部長は部屋の隅に向かった。すみっこには小さい冷蔵庫があった。
「来ちゃんは、何が飲みたいかい?」
「ち!」
「血⁉︎」
冷蔵庫の中を見ていた支部長は思わず振り向いた。
「だって、血を飲まないとヴァンパイアはニンゲンに負けちゃうんでしょ?」
支部長は軽く笑った。
「確かにな。でも、あいにく血はなくてね。代わりにオレンジジュースはどうだい?」
来は縦に首を振った。支部長はいつの間にか持っていたコップにジュースを注いだ。来は頷いて来はコップを両手で持ち、一気に飲んだ。そして「プハー」と音が溢れた。
「来ちゃんはどうしてヴァンパイアになったのかい?」
「お姉ちゃんと家族になりたかったから!」
元気のいい返事に支部長は少しほっこりした。
「あと、もとのかぞくに仕返しができるっていうのもあるよ〜」
支部長は一瞬、目が鋭くなったがまたすぐに緩めた。探るように
「仕返しって何のことかな?」
と言った。
「おじさんには教えな〜い。お姉ちゃんにしか教えないもん」
来は元気いっぱいだった。一方で、支部長は困っていた。
(何でこの子も危険なんだよ!参ったな…)
支部長は困って考えているとふと気が付いた。
「ゾーヤは来ちゃんの今の家族かい?」
「うん。そうだよ!」
それを聞き支部長は安堵した。
「それじゃあ、部屋に戻ってゾーヤを呼んでくれるかな?」
「うん‼︎」
そう言うと来は部屋を飛び出して行った。しばらくすると、ゾーヤが屈みながら部屋に入った。ゾーヤが席に座って
「今までのはなんだ」
と尋ねた。状況がうまく掴めなかったゾーヤにとっては当たり前の質問である。
「どんな子たちか面談で確かめてたんだ。で、色々分かったことがある」
さらに、支部長は続けた。
「まず、桑一くんは死にたがり屋だから心配だ」
「確かにねぇ。あの子は死にたがり屋だから1年後が心配だ。でも、今できることは何もないさ」
「実際、そうだな。彼より来ちゃんの方が危険かもしれない」
ゾーヤは支部長がなぜそんなことを言うのかよくわからなかった。
「あの子と話してみたが、あの子には親への復讐心があるみたいだ」
立って聞いていたゾーヤは支部長に詰め寄った。
「どんな復讐心だい」
「さっぱりわからない。ただ、元の家族に仕返しをするとだけ言ってたからな」
「まずいな…」
ゾーヤは顔を曇らせた。
「で、あの子はこうとも言ってた。『お姉ちゃんにしか教えないもん』って」
「おいおい、私に任せるのかい」
「そういうことだな。まぁ、なんなら止めてもらうかもな」
ゾーヤは頭を下げてため息をついた
「職務放棄かい…」
そう呟くと支部長は大笑いした。しばらく、笑ったと思うと真顔で言った。
「最悪の場合はあの子は…」
「いいです。分かってますから」
そう言ってゾーヤは立ち上がった。
「じゃあ、よろしくな」
「はいはい」
ゾーヤと支部長は部屋から出た。支部長室には大人しく2人が座っていたが、来は元気よくゾーヤに飛びついた。
(これなら多分ゾーヤがなんとかできそうだな)
そんなゾーヤは軽く来の頭を撫でて
「はい、行くぞ」
と言って支部長室をあとにした。
家に帰るために空を飛んでいたゾーヤは頭の中で復讐心について考えていた。
(もし、復讐心が悪い方向に行くとまずいな…いや、こいつらは絶対に『死なせない』)