第七話 残りたい者と残っていた者
ゾーヤは桑一と来の2人を連れて協会に着いた。来は大きな協会のビルをみて驚愕していた。
「すごい、おっきい…」
「だろ。このヴァンパイア協会のビルは世界一高いビルなんだよ」
ゾーヤは笑顔で返した。来も今まで1番の笑顔でゾーヤに微笑み返した。
(子供って扱うの楽だな)
そう思い横目で桑一の顔を見たが感情が読みとれなかった。桑一に気付かれたら困ると思い目をそらした。
「よし、入るぞ」
ビルの中は高い天井や装飾から世界一の技術を感じることができる。来はゾーヤの袖をつまみながら上を向いて歩いていた。
「ねぇ、あれって何?」
指差した先にはエスカレーターがあった。
「あれはエスカレーターだよ。乗ると自動で上の階に行けるんだ。ただ、今から乗るのはあれだよ」
「あそこのはこに入るの?」
ゾーヤの指した先にはエレベーターがあった。
「あれは箱じゃなくてエレベーターだ。これに乗ると何階にでも一瞬で行けるんだぞ」
来は腑に落ちない様子だった。
(まさか、エレベーターのことも知らないのか?いったい、どんな環境で育ってきたんだ?)
そう不思議に思いながらも、2人と一緒に空の箱へと入っていった。
来は外が見えるガラスの壁に顔をくっつけていた。桑一も直立で外を眺めていた。そしてゾーヤは一昨日と同じ様に50階のボタンを押した。今日は途中で止まることもなく目的の階に着いた。ガラスにへばりついていた来を肩に抱えてゾーヤは支部長室に向かった。桑一もしっかりと付いてきていた。ゾーヤは支部長室前に着いてから来を下ろして扉をノックした。すかさず「どうぞ」と声がした。ゾーヤが扉を開けると和室であぐらをかいて支部長が座っていた。一昨日と同じ様にはかまを着ていた。もちろんもじゃもじゃはそのままだ。
「ゾーヤ、もう来たのか。ほい、座りな」
支部長は3つの座布団を出して元の場所に座った。3人は座布団の上で正座した。
「意外と従順なんだな」
「はい?」
ゾーヤは突然のことで思わず聞き返した。
「前任者からあいつは自由人だって聞いていたからてっきり、来ないかと思ってたわ」
そう言って大笑いした。3人は沈黙し笑いが途切れるのを待った。
「えーっと、君の名前は何て言うのかな?」
そう尋ねられた桑一は無反応だった。ゾーヤは溜め息を吐いて、桑一の首に掛かっているカードフォルダーを無理矢理掴み見せつけた。
「大立桑一、面白い名前だな。君は?」
「黒羽来…です…」
来は支部長が怖いのか手元を見ながら答えた。
「かっこいい名前だな〜。私は日本支部長だ。まぁ、偉い人だと思ってくれればいいさ」
そう言うとおもむろに立ち上がり支部長は壁を押した。すると奥の部屋への扉が開いた。
「じゃあ、まずは桑一くんから入りなさい」
「えっ私と来は?」
ゾーヤが尋ねた。
「桑一くんの次に来ちゃんで最後がゾーヤだ。待ってる間はこの部屋でくつろいでいってくれ。それじゃあ、桑一くん、こっちへ」
桑一は支部長の招く先へ歩いていった。桑一が屈んで部屋に入ると勝手に扉が閉まった。
小さい部屋は大きい部屋とは違い洋風の作りだった。部屋の真ん中には向かい合わせに黒いソファーが2つあった。
「どうぞ」
そう言いながら支部長は深々と座った。一方、桑一は軽く座った。
「どうして、桑一くんはヴァンパイアになったのかい?」
桑一は深々と息を吸った。
「なりたいなんて一言も言ってません」
「そうかい、じゃあヴァンパイアになった時の状況を教えてくれるかな」
支部長は軽く返した。桑一はあの日の夜のことを話した。廃病院の屋上から飛び降り自殺を試みていたこと。無理矢理ゾーヤに引き留められたこと。問答無用で首を噛まれたことなどをボツボツとでも力強く言った。支部長は明るい顔で桑一の話を聴いた。
「桑一くんが死にたがってたのは分かった。じゃあ、なんで死にたいのか教えて…」
「生きる価値がないからです」
喰い気味に言った。桑一はさらに続けた。
「僕は天才と言われて、大学の研究室で持ち上げられてました。実際に天才的だったんです。1年かかって良い研究ができたんです。でも、あいつが、あいつ、あいつ、が…」
桑一は机を叩いた。少し部屋が揺れた。
「あいつって誰かな?」
「あいつ…教授ですよ。あの人は僕の研究に厚いサポートをしてくれました。でも教授は僕の実験が上手くいくや否や僕の研究を盗んだんです」
桑一の目が睨みつける中、支部長はニヤニヤしていた。
「それが原因なのかい?それだけではなさそうだな」
支部長は前屈みになった。
「まぁ、教授には感謝してます。お陰でわかったんです。人間は何も残せないんです。残しても永遠に残りはしない。人間が滅んだらどうなることやら。僕は後世に語り継がれるものをつくりたかった。でも、無意味だとわかった今、生きる必要がないんです。だから死にたかったんです」
そう言うと桑一は立ち上がった。
「待て待て。落ち着くんだよ。そんなに後世に残すのって大事か?」
「論点をズラさないで下さい。僕の生きる意味がそれだったんです。ただ、それだけですから」
「…すまんな。わしは歴史の教科書から消え始めている志士だから」
その時桑一は支部長の顔をどこかでみたような気がした。そして気がついた。
「もしかしてあなたはs…」
「それは口の中に閉まっておいてくれ。まだ、ゾーヤに気付かれてないからな」
支部長は食い気味に言った。
「その様子をみるに死ぬ事を諦めてはいないようだな」
静止した桑一に尋ねた。
「絶対に死ぬ方法はあると思ってますから」
「そっか、じゃあ、もう大丈夫だ。えーっと、誰だっけ…」
支部長はもじゃもじゃの頭を抱えた。焦ったくなった桑一は言った。
「黒羽来」
「あーっ、そうだそうだ、その子を呼んでくれ」
桑一は一礼だけしてサッサと部屋を出ていった。
(桑一は危険人物だな…)