第五話 帰宅
夜の川には大きな橋が架かっていた。ゾーヤは見渡したが、あまり灯りはなかった。刺すような寒さで身震いした。とりあえず、誰かを探そうと桑一を連れて橋の近くにある階段へと向かった。
そのヒビの入った階段を渡ろうとした時、桑一が立ち止まった。桑一は向こう岸をみていた。ゾーヤは桑一の見ている方向を目を凝らしてみた。すると、橋の下で子供がうずくまっていた。その子は冬なのにも関わらず半袖半ズボンでいた。ゾーヤはその子の普通でない様子が少し気になった。
「桑一、お前はそこで待っててくれ。勝手に変な所に行くなよ」
(そんな事をするわけないのに…)
どうせ、自分が逃げてもすぐに捕まえる方法があるに違いない。そうでなければ、ここまで連れてくるはずがないと桑一は考えていた。
ゾーヤは飛んで、子供の所へ向かった。近づいてみるとその子はショートヘアだった。顔が下を向いていて性別の識別はできそうになかった。ゾーヤはその子の横で顔の高さまでしゃがんだ。
「そんな所で座るなよ。地面は汚いからさ」
喋りかけてもこの子はびくともしない。ゾーヤはもしかしたらこの子は死体なのかもしれないと不安になった。そして、ゾーヤはその子の背中をさすろうとした。背中の触れると驚き思わず、手を離してしまった。その子は薄着なのに火傷しそうな程熱かった。
「熱でもあるのか?そんな薄着じゃあ、そうだよな。しょうがないな…これしかないけど、どうぞ」
そう言って、ゾーヤは彼女の白衣をその子にかけてあげた。その子は風に吹き飛ばされそうなこえで「ありがとう」と言った。かわいらしい女の子の声であった。しかしその声の裏には橋の真下のような暗闇があった。
「わたしはゾーヤ。お名前は?」
川の流れる音が橋の下だからかよく響いて聞こえる。
「…くろ…ば……らい…」
「くろばらいっていうんだね。じゃ、らいちゃんはお家には帰らないのかい?」
らいは何も返事をしない。ただゾーヤを見つめただけだった。らいの頬は熱いからか赤みがかかっていた。肌を刺す様な風が吹いた。それでも、彼女は動かない。でも、らいの目が潤い始め、漏れ出た。少女は声をあげずに泣いた。より顔が真っ赤になっていた。
「お家はどこだい?夜も深いんだし、連れて行ってあげるよ」
すると、少女は顔を強張らせた。涙が崩壊を始めた。
「やだ、やだ、家なんてやだ、やっやっだ、おねがい、やめて、やめて…」
普通でない拒絶だ。その証拠に少女はゾーヤの腕を有り得ない程の強さで、握りしめた。
「そんなにお家に帰りたくないのかい?」
「うん、やだ」
「どうして?」
「いたいから…」
(虐待かな?確かにそれであれば薄着の理由もつく。だから逃げてきたって所か)
「寒いから、外じゃなくてお友達の所に行けば?」
「お友達いない…」
(この子だったらヴァンパイアにできるな)
ゾーヤは決めた。
「今日から私があなたの友達ってのはどう?友達として私の家に招待するよ。私の家に来たら君の両親に永遠に合わなくて済む。何なら今まであってきた学校の子、先生とか全員に合わなくて済む。どうする?」
「うん、お姉ちゃんの所に行く」
ためらいはなくらいは答えた。
「それじゃあ、ちょっとチクっとするけど、我慢してね」
そう言うとゾーヤは困惑した少女の首元に噛みついた。1分程経ち、ゾーヤは噛みつくのをやめた。ゾーヤが離れると少女は疲れもあるのか、グッタリとしていた。そのままその子をゾーヤは担ぎ、大人しく待っていた桑一の元へ向かった。
桑一は弟子作りの様子を遠くから見つめていた。あの少女は死ぬ事ができなくなる。その事が虚しいと思って、助けてあげようと良心がうずいた。しかし、そんな心持ちもこんな状況を誰かに味あわせたいという何かが、誰かを道連れしてやろうという感情を生み出した。桑一は傍観することによりその感情を肯定した。
「大人しく待っててくれてありがとね。こんな風に首元に噛みついたまま、1分待つんだ。そうすると、噛まれた相手はヴァンパイアになる」
決して桑一は返事をしない。ゾーヤは少し気まずくなった。
「ほら、立つんだよ。さっさと帰るぞ。掴まれ」
桑一は力なく立ち上がり、ゾーヤに従った。ゾーヤは2人を連れて一歩踏み出した。一瞬で玄関に着いた。