第四話 表へ
朝ごはんを食べたあと、昨日と同じ様に授業が始まった。また伊達眼鏡をゾーヤはかけていた。
「本来教えるのはもう少し遅いんだが、今日は『表の世界』と『裏の世界』の移動、それと弟子作りについて教える」
桑一はあまり興味がなさそうにそっぽを向いていた。今日もボードが出ていた。
「まずは、『表の世界』から『裏の世界』の移動だが、これは簡単だ。どこに行きたいか頭の中に浮かべて、一歩踏み出せば簡単に移動できる。しかし、逆は違う。『裏の世界』から『表の世界』は簡単に行けない」
(急にこの話をするという事は、今日は『表の世界』に行くのか?)
桑一は大学で研究者として有名になる程頭が良かったため、予想がついたようだ。
「『裏の世界』に行くには、ワープキーで行きたい場所をイメージするんだ。 そのワープキーは1日一ヶ所で毎日変わる。探し方は…まぁ、今日実践するから大丈夫だ。もう1つのテーマは弟子作りだ」
(仲間作りの事を弟子作りって呼んでんのか)
桑一の思う通りゾーヤが弟子作りと呼んでいるのは一般的にいうところの仲間作りである。
「弟子作りは予想以上に簡単だ。弟子にしたい相手の首に噛みついて1分じっとするだけだ。仕組みはまた別の日に教える。よし、行くぞ」
(ワープキーの所に行くのか…)
「どこに行くかはあとのお楽しみだ」
そう言って、ゾーヤは桑一の腕を掴んで起き上がらせた。腕を掴んだまま、玄関を出て黒の羽を広げた。彼女は勢いよく暗い空に飛び出した。桑一はゾーヤに抱えられていた。桑一には恐怖心がなかった。
(落ちても死ねないしな…)
5分程空を飛ぶとゾーヤは路地裏に足を下ろした。その暗い路地裏の行き止まりには誰かが座っていた。
「よく来たね…」
(なんだこの老人の声は?)
しがれた声が奥から聞こえてきた。ゾーヤは桑一を連れて奥へ向かった。
「菊子さん、今日もよろしくね。早くしてよね…あんたのせいで『表の世界』に行く羽目になってるんだから」
菊子は椅子に座っていた。菊子とゾーヤの間の机の上に水晶があった。
「あれ?私って何かしたかしらね…」
菊子は惚ける様に首を傾げた。その顔には不気味な笑みがあった。
「あんたが有給休暇の事を支部長に言ったのが、原因なんだよ!」
ゾーヤは机を叩いた。少し怒り気味だった。それでも、菊子は軽く笑って、あしらった。
「それに関してはアンタが悪いんだろ」
「それもそうなんだけどよ…」
ゾーヤは決まりが悪いのか、頭をかいた。
「そうかい。ってそこの子は誰だい?まさかの恋人?そうか、あんたもそんな歳になったのか…」
桑一をゾーヤは指差した。ゾーヤは落ち着いて返した。
「あんたは『真実を知る者』だろ。違うって事ぐらいわかってるんだろ。」
「そうだよ。分かってるさ。君の名前は大立桑一だね。私は白岡菊子だ。よろしく」
そうゆっくり言うと菊子は手を差し出した。なぜ自分の名前を知っているのか桑一は不思議に思った。しかし桑一はこの老婆の禍々しい空気感を感じ、逆らわない方が良いと考え、ゆっくりと手を出し握手をした。
「なんのようかい?」
「どうせ、用は分かってるんだろ」
「建前だよ、建前!今日のワープキーの場所だろ。今日は35の140だ。今度は女の子とかでバランスとったらどうだい?」
「あのな…」
『ドーン』という音が続きを掻き消した。
(なんか、あったのか?)
「ちょっと、少し様子見てくる。そこで待ってろ」
駆け足でゾーヤは大通りへ向かった。路地裏に桑一と菊子が残されていた。ブツブツと菊子が呟きだした。
「置いてかれてかわいそうにね。どれどれ、大立桑一、22歳、天才研究者と言われている。研究結果を教授に盗まれ、絶望。そして…」
桑一は続きを言われる前に菊子の口を押さえつけた。
「どうして知ってる」
睨み付けるように言った。菊子は口を押さえる手を軽く叩いた。
「私は『真実を知る者』だからね。なんでもお見通しさ。疑っている顔をしてるね。じゃあ言うけど、あんたは死にたいみたいだね」
老婆の言葉は確かにそうだと思った。桑一はこの老婆の通り名は恐らく事実を示していると思った。
「なんか、知りたいことがあれば、いつでもここで待ってるぞ…」
『コツコツ』
足音をたてながら路地裏からゾーヤが帰ってきた。どうやら近くの研究所で爆発があったようだ。この様な事はヴァンパイアが不死身だからか日常茶飯事である。
「菊子さん、ありがとうございました。変な事言ってないですよね」
「当たり前じゃないか。ほな、お元気で」
ゾーヤは返事をする間もなく桑一を抱え飛び立った。しばらく飛ぶと、ゾーヤは急下降して着地した。そこはちょっとした草原であった。周りを見渡しても何もない。
「ワープキーってどこにあるんです?」
流石に気になった桑一が尋ねるとゾーヤは答えた。
「キーって言っても鍵じゃない座標なんだ。あの婆さんは『真実を知る者』って言われててな。実際、何でもお見通しなんだ。でも、あの人とはあまり関わらない方がいい。協会に協力しない変人だからね」
(何でもお見通し…もしかしたら、死に方を知っているかもしれない。しかし、まずヴァンパイアが死ねるのか、確かめないと)
桑一が考えていると、彼らの前には人がギリギリ通れる程の裂け目が空中にできていた。穴の先は暗く何も見えなかった。ゾーヤは桑一の腕を掴み、そのまま裂け目に入った。
通り抜けるとそこは、夜の河原だった。