第三話 呼び出しの理由
高いビルがひとつ建っている。そのビルこそヴァンパイア協会日本支部である。日本支部長室はその86階にある。ゾーヤは10分ほど飛行したあと、協会の前で地に足をつけた。通勤ラッシュの時間は過ぎていたため、あまり混んでいなかった。
(一昨日、弟子作りしろって事で呼ばれた時には混んでたから助かったな)
白衣をはたき、羽をしまいながら、ビルに入ったゾーヤは入り口で黒いローブを羽織った背の低い老婆に話しかけられた。
「おー、久しぶり!って昨日ぶりか」
老婆は白い髪で目元が隠れており、顔はシワだらけであった。その顔は醜いとしか言い様がなかった。
「昨日はありがとうございました。菊子さん」
「構わないさ。あれがわしの仕事だからね…」
老婆の口がニカっと笑った。それは奇妙だったが、ゾーヤは顔を変えなかった。
「なら、協会に協力すればいいのに…」
「それは絶対にダメなんだよ」
白髪で隠れていた目が見えた。その目は吸いこまれてしまいそうで、吸いこまれたら何かを失うような恐怖があった。
「私には関係ないので、別にいいんですけど…」
「それならいいか。じゃあ、またなんかあったら、いつもと同じ場所にいるからね。よろしく」
そう言って、老婆はゆっくりと出ていった。
(あの婆さん、変だよな)
そう思いながらも、ゾーヤはガラガラのエレベーターに乗り、50階を押した。すると、36階で止まった。すると、はかまを着ているもじゃもじゃの頭の男が入ってきた。その男は頭を片手でかきながら、ボタンを押そうとした。
「もう、押してあったのか」
男は50階を押そうとしていたようだ。男とゾーヤだけになった。男はゾーヤの方を見ずに話しかけた。
「どうして、50階なんかに?」
「今日呼び出されたんです」
「今日…君ってゾーヤか?」
男は始めて振り返った。その男の顔はどこかで見覚えがあった。
「初めまして、わしがヴァンパイア協会日本支部長だ」
「初めまして、ゾーヤです」
『チーン』
エレベーターのドアが開いた。50階に着いたようだ。ゾーヤはとりあえず、エレベーターから降りることにした。支部長が話しかけた。
「いや、一昨日はごめんな。急遽仕事ができちゃってな、呼び出しておいて会えなくてすまん」
元気良く支部長は頭を下げた。
「大丈夫ですよ。無事、弟子を作れたので」
「それは、良かった。はっはっはっ…」
支部長は大笑いしていた。気づいたら、支部長室前にいた。
「それじゃあ、ようこそわしの部屋へ」
部屋は畳が敷かれており、真ん中には低い机がひとつあった。
「ほい、じゃあ、こっちにどうぞ」
入り口近くの座布団を指差した。そしてお互い、向き合って座った。ゾーヤは正座で、支部長はあぐらで。
「無事に弟子ができたんだな。良かった、良かった。選んだ弟子はどうだい」
「んー、気が難しい子で…」
「まぁ、なんとかなるさ。わしの人生みたいにね」
支部長は頭をかいた。
「なんか、過去にあったんですか?」
「今日は大事な事があるから、その話は後で。それで本題だ」
「一体、何の用で呼んだんですか?」
少し支部長が前のめりになった。
「もう1人弟子を作ってくれないか?」
ゾーヤは一瞬、黙った。
「えっ、もう1人?冗談だろ。いつも1人につき1人弟子でしょ。」
支部長は彼の右手の『裏の世界』の景色を見た。
「まぁ、そうなんだが。頼んでたやつが死んじまったんだよ」
空気が一気に重くなった。支部長は机を拳で叩いた。
「何で、あいつはバカな事をしたんだ…」
「それでも、その人の尻拭いを私がしなくてもいいのでは?」
「それもそうなんだが、新たに人を用意するのは大変だし…」
ゾーヤは静かに立ち上がった。スーッと、ドアまで歩いていった。ゾーヤがドアノブに手をかけた瞬間。
「秘密で有給休暇とってるらしいね」
ゾーヤは黙ってサーっと席に正座して座った。そして小声で、
「バレてたんですか…?」
「バレてなかったよ。はっはっはっ…」
「じゃあ、なんで分かったんだよ」
ゾーヤは真剣な顔をみせた。支部長はニヤつきながら説明した。
「昨日にあの菊子婆さんに相談したんだよ。そしたら、ゾーヤが良いんじゃないかって言われてね。教えて貰ったんだよ。君が制度の穴を利用してるって」
(あの婆さん、なんでも知ってるからって、喋りあがって)
内心、ゾーヤは舌打ちした。
「分かりました。もう1人、弟子を作ってきます」
さっきと同じ様に滑らかな動きで立ち、帰ろうとした。ドアノブに手をかけると支部長が言った。
「そうだ、給料だが、2人出しておくよ。心配しなくて良い。あと、できれば2人の弟子を見せに来てくれ」
ゾーヤは後ろを見ずに部屋を出て、勢いよくドアを閉めた。『バタン』静寂がこの部屋を包んだ。ゾーヤは一階に降りてビルを出た。
(また、菊子婆さんに会わないといけないのかよ。あの人絡み辛いんだよ。嫌だな…)
菊子婆さんの不満を呟きながら飛んでいたら、あっという間に家に着いていた。玄関から入ると、真里が雑な足音をたてながら迎えにきた。
「何で、玄関から入ってくるのよ?せっかく、窓の近くで待ってたのに…」
(そっちがおかしいんだろ…)
ゾーヤは部屋に入っていった。
「日本支部では何があったの?」
「2人目の弟子を作る様に言われた」
「それはすごいじゃない!なかなか、2人なんてないわよ」
(そんなに気が乗らないな…)
ゾーヤは苦笑いした。真里は気づいていたが、あえて気づいていないフリをした。
「そうそう、協会について教えておいたから。まだ昼夜逆点してないみたいね。もう寝ちゃったわ」
ヴァンパイアは『表の世界』へ夜に出ていく。そのため昼夜逆転するのだ。しかし、桑一はまたソファーで寝てしまっていた。