第二話 授業
「よーし、授業をするぞ」
そう言うゾーヤは彼女の青い目にピッタリな丸眼鏡をかけていた。昨日と同じく、白衣を着ていた。
「どうだ。似合ってるか?この眼鏡さ、昨日買ってきたんだけどね〜」
桑一は表情を変えなかった。その様子を見て、ため息をついた。
「なんでそう頑なに話さないのかね〜。諦めて授業するか」
そう言って、ゾーヤは指を鳴らした。部屋に『パチン』っと音が響くと、どこから現れたのか、ホワイトボードが現れた。桑一はヴァンパイアにされてから驚きへの耐性が付いたのか驚く素振りは見せなかった。
「今日のテーマは『ヴァンパイアと人間』だぞ。これから学ぶ事の基礎だから集中して聴いとくんだぞ」
もちろん、桑一は頷かなかった。
「まず、違いから話すとしよう。ヴァンパイアは人間よりも全身の筋力が2、3倍と言われている。ヴァンパイア特有の血がそうさせると研究結果もある。しかしながら、その力は夜とこの『裏の世界』でしか発揮できないんだ」
ゾーヤはペンを持っていないがボードには『ヴァンパイアと人間』、『裏の世界』と現れた。
(『裏の世界』?)
「って、そっか。『裏の世界』について話してなかったなぁ〜。今、ここは『裏の世界』。人間が住んでいるのは『表の世界』大きな違いは太陽が『裏の世界』にはない事ぐらいだな。あと、人間は『裏の世界』には入れないぐらいだ。そして、ヴァンパイアはどちらでも生きていられるんだ」
ゾーヤはドヤ顔を決めた。
「話を戻すと、『表の世界』の昼はヴァンパイアの筋力をもとに戻すんだ。他にも違いといえば、羽だな」
すると、彼女の背中から黒い羽が生えてきた。その鮮やかな黒は見事に照っていた。しかし、桑一の目は暗く沈んでいた。
「ヴァンパイアは羽を生やせる。練習が必要だけどな。基本的にヴァンパイアは羽を広げて『裏の世界』を飛び回ってるんだ。あと大事なのは不死身って事だな」
「ヴァンパイアは死なないってことか?」
桑一はゾーヤにそう言った。1番興味があったのだろう。
「そう思えば良い。ナイフで首は切れないし、太陽の日に照らされても灰にはならないし。それに杭を心臓に打ち込むことすらできない」
桑一はその事実を知り、絶望と怒りを覚えた。できることなら目の前の女を殺してやりたいと思ったが、お互いがヴァンパイアである以上、互いに何もできない事に気づき、更に絶望した。そんな絶望に目も暮れずゾーヤは話し続けた。
「あと、血を飲むとあーだこーだって言うけど、月1で少し飲めば、健康に生きられるから、そこまで血を飲むのを怯えなくていいぞ。あと、血を飲まなくても生きていけるから死にはしない」
いつの間にかボードには今までの説明がわかりやすくまとめられていた。そんなボードを見ているように桑一は振る舞っていたが、見ていないのは一目瞭然だった。それでも、気づいていないのか、ゾーヤは明るく話している。
「血の提供をしてくれるのは、ヴァンパイア協会なんだ。ヴァンパイア協会っていうのは…」
『ドンドン』窓の方から聞こえた。ゾーヤは嫌そうな顔をして、眼鏡を置いた。
「なんで、今来るのかなぁ。いつも、窓から来るんだよ。玄関から入ってくれよ」
ゾーヤ勢いで窓を開けると大きな音で『ガン』っとなり、窓の奥で待っていた者がビクッとした。その者の正体を見てゾーヤは笑った。
「まった、真里かよ。いつも、玄関から入るように言ってるだろう…」
「ゾーヤってば驚かさないでよ。もし、びっくりして落ちたらどうしたのよ。」
そう言って、真里は部屋に入った。
「って、私たちって落ちても平気だろ」
「確かにね〜」
2人が笑い合う中、桑一は気持ちがさらに沈んでいた。真里は部屋にあったきれいにまとまっているボードをジロジロ眺めた。
「今、授業してたの?ごめん、邪魔したみたい…私って気づくべきだったわね。ヴァンパイアの師は弟子を1年間育てる決まりがあったものね。本当に申し訳ないわ」
「そうだぞ。ヴァンパイア協会の説明をしようとしていた所だったんだぞ」
「それならちょうど良かったわ。はい、これどうぞ」
そう言って真里は1枚の紙を手渡した。ゾーヤは貰った紙を見ると、文字が浮かんできた。
『ゾーヤ殿、至急、1人、ヴァンパイア協会日本支部へ』
(なんだ、なんかあったのかい?私ってなんかしたっけな?)
「ヴァンパイア協会日本支部からよ。なんか、至急渡すようにって言われてね」
ゾーヤは桑一の方を見てもう一度紙を見た。
「急いで、来いって。面倒くさいなぁ」
「こらっ!面倒くさいなんて言わないの。とは言っても、授業中だものね。」
真里は少し考えて「私が授業しようかしら?」
「はぁ?」
真里の突飛な考えにゾーヤは口が開いたまま塞がらなかった。
「ほら、ゾーヤは今すぐに行く必要があるけど、授業をしないといけない。実は、有給休暇が結構余ってて消費する時を探してたのよ。だからお互いにいいでしょ!」
そう言って、真里はゾーヤを窓まで押していった。
「ほら、いったいった。私に任せておけ!」
オドオドしながらも、ゾーヤは窓から出ていった。真里はボードの前に立った。
「さてと、何この眼鏡。かわいい、ゾーヤったらこんなのかけてたの。私もかけてみようかしら」
真里はそーっと、眼鏡をかけた。
「やっぱり、伊達わよね。あの子、目も良いからね。さて、さっきまで何を教えてたのだっけ?」
真里はボードを眺めた。あまりに長い沈黙に桑一は耐えられず、「ヴァンパイア協会…」と呟いた。
「そっか!ヴァンパイア協会ね。えーっと、ヴァンパイア協会はこの世界を裏から支えてるのよ。まず、協会は基本的に一国に対してひとつ支部を持っている。ただ、全ての国ではないのよ。支部を使いその国の産業を発展させたり、無給で働いて最低賃金を上げるのを手助けしたりしているのよ。あと…」
そんな話を聞きながら、桑一は存在しない死に方を考えていた。