あらすじみたいななんかよくわからん奴と入学式。
ある何の変哲もない、若干だるい水曜の昼休み。
落ち着いた雰囲気のある物静かな図書館に俺を含むいつものメンバーが集まった。
適当な席に座り、俺はすぐそこの自販機で買った缶コーヒーを開ける。
こういうだるい昼休みの時の缶コーヒーは眠気が若干ではあるが覚めるので助かる。
半分ほど飲んだところで、家から持参してきたライトノベルの続きを読み始める。丁度今盛り上がっている所だったため、朝から読みたくて読みたくて仕方がなかった。
俺は期待を寄せながら本を開く。
――が、それを遮るかのようにして、前席の彼女は若干テンション高めな様子でこう言った。
「部活を作ろう!!」
「フ”フ”ォ”!!」
その不意な言葉に俺は飲んでいたコーヒーを吹き出してしまった。
そしてコーヒーは案の定ライトノベルのページに...ちくしょう、なんて事だ。俺の700円を返せ!あとついでにコーヒー代も返せ!!
…急に喋りだしたかと思えば一体こいつは何を言っているんだ?
いやまあコイツに振り回されることは何回もあった。
だが今回は違う。規模が段違いだ。
部活を作るとか何故そのような面倒事をする必要がある?
しかし俺の反応とは裏腹に俺の横の席に座っている少女は「何それ面白そう」と言わんばかりの表情で彼女を見ていた。
心底呆れる。
もう随分前からコイツらには呆れていたが、流石にこれはマズイ。絶対に何とかしないと…
その状況を理解していない問題の彼女は机をバンっと叩き
「勿論みんな協力してくれるよね?」
「却下だ。」
...俺は反射的に否定をする。
なんだお前らその目は。そんな「お前何言ってんの?」みたいな目を向けるな、自分がおかしいと勘違いしてしまうだろ。
「もーいいじゃーんやろーよー!」
彼女は子供が駄々をこねるのと同じように俺の服を引っ張り始める。それに同調し始めたもう一人は髪の毛を引っ張り始める。
なんか鈍い音が頭から…マズい。
だが彼らは一向に手を緩めない。なんだここは、ひょっとして悪夢かなにかだろうか。
はあ…どうしてこんなことになってしまったんだ?
春の始まりで桜が咲き乱れる頃。北原公立高等学校では入学式が行われた。
とは言え私立でも無いためそこまで大きな式でも無く、簡単に挨拶して祝辞を受けるだけの簡素なものだった。
――問題はその後だ。
趣味の合うような人を探りあっているような、絶妙な緊張感が漂う教室で、俺はうつむきながら自分の席に座り、ある事について考えていた。
――高校デビュー。それは人生を左右すると言っても、まあ過言では無いだろう。
これまでの自分の印象をガラリと変え、高校に入ってからは、陽キャは陰キャに変貌し、
それまでおっとり性格の奴がカッコイイ系の性格に変わったり、髪の毛を整えピアス等でオシャレし始めるアレだ。
その選択によっては高校生活での充実度が変わってくる。彼女ができたり、新しい趣味仲間が出来たりと、重要な物...
いや試練とも言えるだろう。
だが、俺は高校デビューと言うものを一切する気は無い。
自分に嘘を付きながらそのキャラを演じ続ける?
新手の拷問か何かか?
というか俺は今の自分が好きだ。中学でもそれなりに友達もいたし、趣味仲間もいた。
...彼女はいたことは無いが。
――それはともかく、たとえ性格は変えずとも、友達は作らないと高校生活が色んな意味で終わってしまう。
さすがに入学式時点で1人や2人友達を作っておかないとマズイと感じた俺は周りの状況を見てみることにした。
髪型が茶色の陽キャ。
入学初日からピアス陽キャ。
もう横の奴と喋っている陽キャ。
嘘だと言ってくれ。
しかもコイツら...高校デビューなりすまし陽キャの匂いがしねえ!
純血の陽キャだ!
俺レベルになると匂い、仕草、僅かな違和感だけで元陰キャか純血かを判断することが出来る。
...まあ全くもって実用性は皆無だが。
だが自分の周りを見てみると陽キャしかいないとか言う
完全に陰キャヲタクである俺が孤立しメンタル的にも学校生活的にも死んでしまうかなりマズイ状況…
いわば【陽キャ包囲網】が出来上がっているのである。
っく...このままでは...
と、諦めかけていたその時、俺の横の席を見ていなかった事に気がついた。
灯台もと暗しというやつだ。絶対俺に合ってる奴が...
…頼む、神よ。昔鳥居にドロップキックした事、本当に申し訳なく思っております。
子供の出来心だったんです。
お願いします。
見捨てないでください...
――窓からの風になびく美しく白くて長い髪の毛。まるでラノベに出てくるヒロインのような容姿。
そして、どこか優しい雰囲気のある女性がそこにいた。
――いや、待て。これは...ッ!!
普通の男子であればこの状況を心から感謝するだろう。
夢のような美少女が横の席にいるという事は幸福なのであろう。
だが俺は違う。
全く持って恋愛経験ゼロ、その上ほぼほぼ中学校時代女性と関わりがなかった俺。
あー…無理っすわ。
案の定、俺の心臓は跳ね上がり、体が鋼鉄になったかのように固まって動かない。
視線を逸らそうとするが、あまりの美貌に目が離せないでいた。
最近よく噂に聞く視漢とかになったりしないだろうか、捕まらないよな?
「君は...確か、山本高広君...だっけ?」
ふわりとした優しい囁くような声。若干緊張が見られる目でこちら見ながら、話しかけられていた。
話しかけられた?
その事実に気づいた瞬間、心臓が逆に止まりかけそうになった。あまりの衝撃に口が動かない。
そして、黙っている俺に何かを察したように笑いかける彼女。
うぉぉおおおお!!ヘタレ!!
ここで何か話さないとダメだろ!!
ダメだろッ!!!!
「はい、ところで今日はいい天気ですね。」
...なんだこのAI返答は。
自分でも引いてしまうほどの見当違いの発言に俺は深く後悔した。
本題の彼女はきょとんとした顔でこちらを見る。
あー...うん。終わったわ。
ありがとう母さん、父さん。俺、終わったよ。
「...っふふ」
彼女は口に手を当て吹き出すように笑う。
「君、面白いね。」
助かった。いや...助かったかどうかは定かではないが。
だが今の感じ、とりあえず不快には思ってはなさそうだ。
とりあえず優しい人で良かった。よし、次は自然な流れで会話するぞ。
落ち着け俺、俺は出来るやつだ。やれば出来る。
「あはは...すみません。あのー...貴女の名前を聞いてもいいですか?」
よく言った俺。ものすごく自然だぞ、これ以上ってのが無いぐらい。
すると彼女は何故か顔を赤くし視線を下に向ける。
え?今時女性に名前を聞くのってセクハラだったりするの?
また俺なんかやらかしたパターン?
「あ!いや、なにか失礼がありましたでしょうか!?」
慌てる俺に彼女は慌てて首を振る。
「いや、別にそういう訳じゃないの...」
そして彼女は深呼吸をし、何かを覚悟したような顔でこちらを見る。
「笑わないって約束...できる?」
「そんな最低なことするわけないじゃないですか…」
流石の俺でも人の名前を笑うことは大変失礼であることは承知している。まず相手が誰であれ、そんな約束しなくても別に良い気がするが...
「北野 姫。(きたの プリンセス)」
危ない。何とか舌を噛み湧き上がる笑いを耐えることが出来た。
いや反則だろ。
いやこんなの笑うだろ。
...だが、とんでもない
ろくでもない名前だな。プリンセス...プリンセスかぁ...
いやまあ…実際、可愛いんですよ?
うん。
でも...プリンセスかぁ...
彼女は...いや北野さんは耳まで赤くし下を向く。
なんだろう、この仕草めっちゃ可愛いと思った俺はきっと変態なのだろう。
「...笑わないんだね。」
顔を赤くしたまま驚いたように呟くプリンセス。
...プリンセスねぇ...。
「えと...プリンs」
「名字で呼んで貰えるかな...?」
言葉を遮り、圧をかけるようにこちらを見る北野に俺は少し怯む。
怖い。
女性ってこんな圧凄いの?
「あ...すみません。北野さん...事情は分かりますよ。所謂キラキラネームって奴を付けられたんですよね」
北野は恥ずかしそうに静かに頷く。
やはり、かなり気にしているみたいだ。
まあ無理もない。もし俺が同じようなキラキラネームだったら今頃この学校にすら来ていないだろう。
そう考えると、北野さん...案外凄い精神力なのかもしれない。
「あと...同級生なんだし、さん付けじゃなくてもいいですよ。なんかむず痒いです…。」
髪を弄りながらそう言う北野さん。いや敬語で言われても全く説得力ないな…
...いや、まあそれは良いとして…
女性に慣れてない男性ですよ?簡単にさん付けを辞めることが出来るわけが無いんですよ。
すると俺の心を察したように、どこか圧をかけた笑顔をこちらに向ける。
え?女性が言う事は絶対なの?現代社会ってそうなの??
...とまあ、これはもしかしたら友達になれるチャンス。
例え女性であれ1人友達がいるだけでどれだけ助かる事か...
俺は決心をこめ大きく深呼吸をする。そして...
「それじゃ...ゴホン...北野。」
「そんな深呼吸する程ですか?...君、なんか変ですね。」
面白いから変に変わった。
辛辣である。これでも俺的にはかなり頑張った方だ。少しくらい褒めてもいいレベルである。
北野は「まあいいですけど」と小さく呟き、黒板の上にある時計の方を見る。
...これはまずいのか?もしかして友達ルートからはずれたか?
やはり俺は女性とは上手くいかないのだろうか...
そんなことを思いながら少しの沈黙の後
教室のドアが開いた。