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第97話 事後処理

 魔力の膨張、そして縮小。強烈な悪意が霧散していく。

 その破滅的なまでの落差を感じ取っていたルルアンリは終わりを感じ取っていた。


「終わったわね」


 ルルアンリは椅子にどっかりと腰を下ろした。

 天井を見上げる。時間にして数時間。世界の終わりを迎えていたかもしれないこの時間。ルルアンリは安堵を感じていた。

 同時に、無視できない状況にもなったと振り返る。


 時間にして一瞬。だが、確かに感じた。

 『奴』の気配を、はっきりとした魔力を。

 あり得ないはずだ。だが、『奴』ならばそのあり得ないを必ず引き寄せる。


「やはりザーラレイド、か」


 思わず口にしていた名前。

 不思議と違和感は感じなかった。それだけの奇跡を起こせる力があったのだから。

 しかし、どうやって現れたのか。そして――、


「魔力を感じた場所は『入れない棟』。これは偶然? それとも……」


 予想は色々と立てられる。事情を知ってそうな人間にも心当たりがある。

 問い詰めるのは早い。だが、今は――。


「貴方がどう思っていようが、貴方はこの事態を収めてくれた。だから私は貴方が話すまで、あえて聞かない。これが私のせめてもの礼儀よ」


 誰に言うでもなく、ルルアンリは呟いた。

 そこで気持ちを切り替えたのか、ルルアンリはおもむろに立ち上がる。


「さて、これから忙しくなるわね。グラゼリオはまだ生きてるし、色々と聞かなきゃ」



 ◆ ◆ ◆



「起きた」


 むくりと起き上がる。辺りを見回す。場所は自室のベッドだった。

 事態を飲み込めずにいると、扉がノックされた。


「いいよ」


「え!? お、お嬢様!? 目を覚ましたのですか!?」


 勢いよく開け放たれた先にはロロがいた。

 半泣きでロロがダッシュし、そして抱きついてきた。


「お嬢様! 心配しましたよ~!!」


「ロロ……私って何日眠ってたの?」


「丸一日ですよ~!」


「一日、か……我ながらだいぶ消耗してたんだね」


「ええ、お嬢様がここに担ぎ込まれてから、相当心配しましたよ私」


「私、一体何があったの?」


 いつもならすぐに話をしてくれるロロだった。

 だが、ロロは開いた口を静かに閉じた。


「私が言うのは簡単ですが、それは別の方にお任せしましょう。ちょっと待っててくださいね~」


 そう良い、ロロは部屋を後にした。

 行動の意図が分からずにいたシャルハートは何気なく外を見る。

 世界は滅びていない。それは確かに掴めた結果だった。ならば、あの後はどうなった。

 グラぜリオは殺していない。あの後ルルアンリが殺していれば分からないが、彼女が何の理由もなく情報源を潰すとは思えない。

 彼女にとって、これから忙しくなるのだろう。


 そんな事を考えていると、足音が聞こえてきた。ロロの物と、あと一人。魔力を探ってみたらすぐに分かった人物。


「皆で押し寄せて来なかったのはせめてもの情け、ってことかな」


 エルレイやサレーナ辺りが必ず来ると思っていただけに、これは意外。いやある意味必然なのかもしれない。


「シャルハート様。お連れしましたよ」


「……シャルハートさん」


 現れたミラを前にシャルハートは表情を崩さない。

 ロロはシャルハートが何かを言う前にそっと部屋から消えた。以心伝心とはこのことである。真の従者たるもの、これぐらいは朝飯前なのである。


「座って」


「うん……」


 手近な椅子に座らせたシャルハートはじっとミラを見つめる。頭から爪先まで、念の為怪我がないかの確認だ。

 一通り眺めた彼女は安堵のため息をつく。


「良かった……ミラは無事みたいだね。他の皆は?」


「擦り傷や打ち身があったけど、みんな命に関わるような怪我はしてないよ」


「それも良かった……じゃあ、私はちゃんときっちり片付けられたんだね」


 沈黙が流れる。

 どちらも口を開いては閉じての繰り返し。

 シャルハートはすぐに喋ろうと思っていたが、中々勇気が出せなかった。“不道魔王”とまで呼ばれた自分が何たる体たらく。

 これでは弱虫以下ではないか。


「ミラ……」


 シャルハートの呟きと同時に、ミラは口を開いていた。



「シャルハートさん。シャルハートさんは、あの“不道魔王”さんなの……ですか?」


「そう、私がザーラレイド。世界に挑み、世界に死んだ魔族」



 改めて聞いたミラは、受け止めることに精一杯だった。

 目の前にいる少女が、あの伝説の魔族と言う事実に。


「シャルハートさん……様? ザーラレイドさん? 私は何て呼んだら良いんですか?」


「私の名前はシャルハート・グリルラーズ。今はそれ以上でもそれ以下でもない」


「私はまだ、シャルハートさんって呼んで良いの?」


 質問の意図は分かっていた。だからこそ、彼女はどう返したら良いか、分からなかった。

 言うのは簡単なのだが。


「……怒らないの? 結果はどうあれ、私は皆を騙していた。だから、怒られると思っていた」


「シャルハートさんは私たちのことは、どう思っていたの? 私は……それが聞きたいな」


 ミラがじっとシャルハートを見つめる。

 気の弱い彼女が振り絞った精一杯の勇気。それに応えなくて、何が友達か。これを誤魔化したら、いよいよシャルハートは皆に顔向けが出来ない。


「うん、話すよ。私が今まで皆の事をどう思っていたのか。それは何よりも、まずはミラに聞いて欲しい」


 覚悟と共に、シャルハートは語る。

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