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第88話 皆と共にいたい

 翌日。約束の日。

 シャルハートは『入れない棟』へ向かっていた。いつもの騒がしさはなく、周囲には静寂が漂っている。

 今日は休日なのだ。生徒は誰一人としていない。

 偶然なのか、はたまた……。それはこの日に指定したグラゼリオにしか分からない。

 シャルハートはいつもの制服に身を包んでいた。戦闘用の服など持っていないし、これが一番しっくり来るのだ。


「……さて、見えてきたな」


 決戦の場『入れない棟』。何気なく入ったこの場所がまさかワイズマンシリーズの保管場所になっていたとは誰が予想できただろうか。

 歩みを進めていると、目の前にはルルアンリが立っていた。


「来たわねシャルハート」


「ルルアンリ先生。休日出勤お疲れ様です。手当って出るんですか?」


「私、学園長よ? ボランティアに決まっているじゃない」


 横に並んで歩く二人。しばしの沈黙に包まれる。

 やがてルルアンリの方から口を開いた。


「私は今回、立会人兼シャルハートがしくじった時の二の矢としているわ。不思議と貴方なら何とかなる気がするから、私が出張る事はないだろうけどね」


「もちろんですよ。私が出向くんですよ? しくじる訳が無いじゃないですか」


「……ねえシャルハート」


 ルルアンリはシャルハートと目を合わせず、こう聞いた。


「貴方に前、“不道魔王”ザーラレイドの話をしたことがあるわよね?」


「ええしてましたね。世界に反旗を翻した魔族の事ですよね」


 対するシャルハートも目を合わせず、そう返した。どんな話をされるのか、少しだけ不安になってしまった。

 そんな彼女の心境など知らず、彼女は静かな声で話を続ける。


「奴は大量虐殺者よ。人間界どころか、同胞である魔界の人間にすら殺戮の炎を広げた」


「ええ、その上で彼は世界に宣戦布告をした。勝算があるとか無いとか、そういう次元じゃないですよね。彼は一人で世界と戦った愚か者です」


 ルルアンリが控えめに笑い声を上げた。


「ええ、そうね。でも私はそう思わないわ」


「……何故です?」


「奴はムカつくわ。ムカつくけど、その行動には必ず理由があった。だから今回もきっとそうなのかも……と思うのは変かしら?」


「コメントに困りますね」


 黙想するシャルハートへ更に彼女はこう付け加えた。


「そうね。私も何言っているんだろうって感じになっているわ。……何言っているんだろうついでに言うと、アルザやディノラスも同じ事を思っているはずよ」


「アルザ……アルザ様やディノラス様がですか?」


「ええ、ヴィルハラ平原でザーラレイドとの決戦に勝利したその後、私も奴の死を確認するために現地に向かったの。すると彼らね、泣いていたの」


 ドキリ、とした。普通なら、自分が死んだ後の話などそもそも聞ける訳がないので、思わずシャルハートは全身が強張ってしまった。

 もっとその話を聞きたい。だが変に聞けば、自分がザーラレイドだと疑われる。

 ぐるぐると思考が回る。歩いている距離さえ忘れてしまう。


 そんな思考の渦を止めたのは、話をしたルルアンリ本人である。


「……ごめんなさい、話しすぎたわ。もしアルザやディノラスに会ってもこの話はしないであげてね? あの子達、まだザーラレイドの事を引きずってるだろうから」


「……引きずってる、か」


 頭に思い浮かぶのは決戦の時のアルザとディノラス。互いに譲れないモノのためにぶつかり合った。

 間違っている、とは思わない。ただ、正しかったのかどうかまでは分からない。


 ただ、今のシャルハート・グリルラーズにとって、それは今重要ではない。


「シャルハートさ~ん!」


「ミラ……?」


 『入れない棟』の前で手を振るミラ。その後ろにはサレーナ、アリス、エルレイ、リィファスの四人もいた。


「何で来たの……?」


 その問いに答えたのはリィファスである。


「何でって教室で言ったじゃないか。『僕たちは後ろで応援している』ってさ。だから約束通り来たんだ」


 その時のやり取りを思い出すシャルハート。思い出した上で、肩を落とした。


「こ、言葉遊びが過ぎる」


「僕の立場を忘れていないかい? 言葉で遊ぶのは家族みんなが通っている道だよ」


「……シャルハート」


「サレーナ?」


「早くグラゼリオ先生と戦ってみたい」


 小さくシャドーボクシングをしているサレーナの姿はもはやただの戦闘狂にしか見えない。いや、前から戦闘狂だったなとシャルハートは心の中で訂正する。

 アリスが前に出る。


「シャルハート、私も行く。グラゼリオ先生にはエルレイの件も含めて一言言わないと気が済まないの。……断ったりはしないわよね?」


「……それを言われるとな」


 ふとミラへ顔を向けると、彼女はそっと近寄り、手を握ってきた。


「シャルハートさん。私も行きたい。何が出来るのかは自信がないけど、それでもシャルハートさんを見守りたいんだ」


 すぐには答えられなかった。

 何せ死ぬ可能性がある戦場に向かおうとしているのだ。


 断る。


 断るのが当たり前。当然だ、自分ひとりで行けば、全てが片付く。

 だからこの場にいる者達全てへ睡眠を誘発させる魔法でも行使すれば、それだけで終わるのだ。



「――負けたよ。行こう、皆」



 シャルハートの口から出たのは、こんな言葉だった。

 人生は常に不退転。その瞬間選んだ道を誇り、愛していく。

 今、この瞬間のシャルハートが選んだのは『皆と共にいたい』。そういった道だった。

 茨の道だろう。万が一があればシャルハートは自害を選択するかもしれない。


 だけど、それら全てを考慮してもなお、シャルハートはこの選択を貫き通したいと思ったのだ。

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