第57話 勇者の娘として
アリスは己の戦力を再確認する。
剣術、それに父譲りの光の魔法。そして、勇者の娘であるという誇り。
左腕を前に突き出し、右手の剣を胸のあたりで水平に構え、切っ先を敵へ向ける。
対する仮面の女性は構えず、ただだらりと剣をぶらつかせるだけ。
油断か、それとも慢心か。
アリスにとってはどちらでも構わなかった。ただ油断なく挑む。それだけに集中すればいいだけの話なのだから。
「まずは――」
軽く剣を振ってから、アリスは叫んだ。
「『光矢』!」
振るわれた軌跡からまばゆい光が凝縮された矢が数本放たれた。初級の光魔法『光矢』は素早く発動できるため、アリスが好んで使う魔法である。
飛んでいく光の矢に追随するアリス。
彼女のファーストアタックのプランは二つ。じっくり攻撃するか、速攻かのどちらか。
「……!」
女性が真横に跳ぶ。攻撃魔法の直撃は避けたい、という意思が見て取れた。
その着地と同時に、アリスは剣を突き出す。
「やぁ!」
回避行動の隙をついた完璧な一撃。
しかし、女性は首を傾けるだけでその切っ先を見事避けてみせた。
その行動にアリスは思わず一歩後退してしまった。
「アリス!? なんで攻撃しなかったの!?」
見守っていたエルレイの声は、今の彼女の耳には入っていない。
再び拮抗状態となったこの局面でアリスには疑問が浮かんでいた。
(あれは私の攻撃を見切っていた。ただ暴れているわけではない。理性を以て私の突きを避けた)
獣の動きではない。戦士の動きだった。力ではなく、技術を振るう戦士。
明らかな難敵の予感を振り払い、アリスが再び突撃した。
今度は滑るような薙ぎ払いを始点に、突き、斬り上げ、斬り下ろした。効率的な剣の運びはそれだけ攻めの速さを向上させる。
対する女性は剣を器用に操り、アリスが繰り出した流れるような連携攻撃を捌き切ってみせた。
「まだ……!」
巧みな足捌きで女性の間合いに入らないよう、距離を離し、再び攻める。
アリスの剣に光が宿った。光の魔力を刀身に宿し、切れ味や耐久力を向上させる『光の付刃』。彼女の得意魔法の一つだ。
一瞬だけ『肉体強化』を発動し、今度は上空からの攻めを選択するアリス。
落下の勢いに加え、光魔法によって生み出される光の線。さながら流星のような速度で彼女は剣を思い切り振り下ろした。
「……ォォォォ!」
ここで女性が白銀の剣を水平に構え、防御態勢を取る。避けるだけでは足りないと戦士の警鐘が鳴ったのだろう。
衝突する剣と剣。一瞬風が吹き起こる。アリスの美しい金髪が一瞬逆立った。
(ここしかない……! 勝負を決めるには!)
着地したアリスは剣を振り回す。そこには流麗さはなく、ただがむしゃらに勝利を掴み取らんとする泥臭さがあった。
『光の付刃』によって底上げされた力によって、女性の防御が小さく弾かれるようになってきた。再び剣を閃かせるアリス。
既に数十となっていた斬撃。すくい上げるように下から剣を振り上げると、とうとう女性が大きく隙を晒した。
待ち焦がれていたチャンス。
流石に殺す気はなかったアリスは刃ではなく、刀身の腹を思い切り女性に叩きつける。
「飛んで、けぇ!」
数メートルは飛んだ。そのまま無防備に地面へ叩きつけられる女性。
油断なく剣を構え、様子を伺うアリス。
「アリスすごい!」
エルレイが両手を挙げて喜んでいた。
だが、“それ”にいち早く気づいたのはサレーナである。
「……まだ」
「……そうだとは思っていましたが、これは」
特にアリスの一撃が響いた様子もなく、素早く立ち上がる女性。
また本能のままに襲いかかってくるかと思った次の瞬間、
「やはり、というかなんというか」
アリスは戦慄した。
女性が剣を構えた“だけ”で冷たい何かが足元まで漂ってくる。
これを人はこう名付ける――殺気、と。
そして、恐ろしいことに女性の呼吸は何一つ乱れていない。優勢だったアリスが少し肩で息をしているのに対して、劣勢だった彼女は何事もなかったかのようだ。
――化け物、とはこういうことを言うのでしょうね。
舌打ちが出かかったが、勇者の娘としての矜持がそれを直前で踏みとどまらせる。
「今度はボク達も戦うよ。良いよね、アリス?」
エルレイが双剣を油断なく構え、アリスの前に出る。
それに呼応するようにサレーナとリィファス、そしてミラも仮面の女性の前に立ちはだかる。
「……この相手は多分、皆でやらないと危ない」
「サレーナさんの言うとおりだよアリスさん。皆でやろう、僕たちは仲間だ」
「怖いですが……足手まといにならないように頑張ります」
これで五対一の構図が出来上がった。
数的には圧倒的有利。だというのに、アリスは己の中にある不安を拭い切れない。なまじ、剣を合わせた自分だからこそ、正確な見積もりが出来ていた。
「良いでしょう。ただし、危ないと思ったら迷わず逃げてくださいね」
頷き合う五人。
その直後、一斉に散った。
「囲みましょう! 私とエルレイが抑えます! だから他の三人は背後を狙ってください!」
作戦としては至極シンプル。囲んで叩く。
美学もなにもない作戦だが、今やっているのはお遊戯ではない。命をかけた戦いなのだ。
――勇者の娘として、情けない。
だがこうなったのも全て力がないせいだ。彼女はそう己に責任を問う。




