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第181話 一方その頃のウルスラ先輩

 シャルハートたちが島研修のため、島内を散策し始めたのと同時刻。

 クレゼリア学園の学園長室に二人の人間がいた。


「いやぁ~ルルアンリ様、ほんと授業めんどくさいんですが。これ、ルルアンリ様の意向で今日一日休校とか出来ませんか?」


「出来るわけ無いでしょうが、この馬鹿」


 応接用のソファに横になっているウルスラ。そして、執務机で学園の業務をこなしているルルアンリ。この二人の間に、生徒と先生という壁はなかった。


「島研修行きたい~! シャルハートと遊びたい~! ルルアンリ様~私だけ特別に島研修に行かせてはくれないでしょうか?」


「行きたきゃ行きなさい。その代わり、色々と貴方の学園生活に支障が出てくるわよ」


「例えば?」


「ザードを四六時中貴方の監視につける」


「嫌ですよ! 何でただでさえ授業サボるたびにお説教されるのに、何故その頻度が増えるんですか? もしかして頭おかしいのでは!?」


「……私だけかしらね。ウルスラの言っていることの方が頭おかしいと思っているのは」


 ルルアンリは大きなため息をつくと、立ち上がった。そのままルルアンリはウルスラの対面の席に腰掛ける。

 ルルアンリは思考を切り替えていた。下手に無視するより、たっぷり相手をして、さっさと帰ってもらう方向にシフトした。


(サボり魔の生徒会長ウルスラ・アドファリーゼ、か)


 じっとルルアンリはウルスラを見つめる。

 ウルスラ・アドファリーゼ。かの“大賢者”ワイズマン・セルクロウリィの血族。それ故なのか、それとも天性のものなのか。

 授業をサボる、という点だけ除けば、最優秀の成績を誇る生徒。彼女が不得意なものは、人の話を聞くという以外はないだろう。


 ――それ故に、ルルアンリはウルスラには、“不道魔王”と似たような接し方をしていた。


(彼女は常に全力になれる事を探している。悔しいことに、このクレゼリア学園でそれを用意することは出来なかった。――今までは)


 ルルアンリの視線に気づいたのか、ウルスラはだるそうに体を起こした。


「そういえば、ルルアンリ様。島研修の場って、いつも通りカラルパル島ですよね?」


「えぇ、それがどうしたの?」


「安全対策はばっちりなんですか?」


 ルルアンリは一瞬目を細めた。


「カラルパル島はいつも安心安全の島でしょう? 何を言っているの?」


「二名でしたっけ? 下見に行った先生が病院送りになったのって」


 その時点でルルアンリは隠しても無駄だと思い、正直に喋ることを決めた。

 同時に、彼女はウルスラの情報網について、思いを馳せる。ウルスラはいつも、生徒が絡む案件で懸案事項が発生した場合、必ずそのネタを仕入れている。

 正直に言うと、ルルアンリは今回もウルスラは把握しているだろうという前提でとぼけてみせた。結果は、案の定といったところ。



「――『魔力啜りし童(マナ・イーター)』って知っているかしら?」



 その名を聞いたウルスラは、思わず目を見開いた。


「……知らないとでも? 負の感情を媒介とする魔物の中でも、トップクラスにヤバい奴じゃないですか。――まさか?」


「そういうこと。『魔力啜りし童(マナ・イーター)』が、下見に行った先生二名の魔力と生命力を吸ったのよ」


「馬鹿な……! あの島は平和そのものなのに、何故そのような魔物が?」


 そう言うウルスラの声には、怒りが込められていた。


「そんな化け物が確認できたのなら、今からでも島研修は中止にすべきです。生徒、そして随行の先生らを皆殺しにするつもりですか?」


「先にウルスラの質問に答えるわね。原因は分からないわ。あれは災害みたいなものよ。そして、『魔力啜りし童(マナ・イーター)』は一度発生したら、ニ年はそこから動くことはない。つまり、最低でもニ年は、あのカラルパル島は立入禁止の区域となる」


「そこまで理解しているのなら……!」


 ルルアンリは片手でウルスラを制した。まだルルアンリの話は終わっていない。


「私はこれを試練だと思っているわ。あの『魔力啜りし童(マナ・イーター)』はまだ生まれたての、いわば赤ちゃん。襲われたとしても、数日間寝込むだけで、生命に別状はないわ」


 “下見に行った先生たちも寝込んでいるだけだしね”、とルルアンリは付け加えた。

 それを黙って聞いていたウルスラは、呆れて物が言えなかった。


 ――馬鹿げているだろう。


 口にこそ出さなかったが、ウルスラは確かにそう思った。


「この先、あの子達は様々な困難が襲いかかる。これはその一つよ。乗り越えられるはずよ」


「……先程は冗談で言いましたが、本気で私はカラルパル島へ行きますよ。このウルスラ先輩が、生徒たちを見捨てるなんてありえません」


 立ち上がったウルスラは空間跳躍をすべく、魔法の準備に取り掛かる。


「話は最後まで聞きなさいウルスラ」


 すかさずルルアンリは手のひらをかざした。すると、手から細い稲妻が放たれ、ウルスラの右手に当たった。直後、ウルスラが準備していた空間転移魔法が霧散する。


(『対抗魔法(カウンターマジック)』……! 速いな……。これがあの両界の勇者を育て上げた人間の力というやつですか)


 魔法行使を妨害する魔法。

 それの成否は術者の技量に依存する。ウルスラの魔法行使よりも速く、ルルアンリの魔法妨害が成功した。シンプルな結果だが、それ故にウルスラはショックを受けた。

 それは、明らかに実力に差があることの証明なのだから。


「私が何の勝算もなく送り出したと思ったら、大間違いよ。……実は、今回のために、助っ人を呼んでいるの」


「助っ人?」


「ええ。それは――――――よ」


 思わぬ名に、ウルスラは一瞬呼吸を忘れてしまった。


「本当に来てくれるのですか?」


「ええ、ちゃんと筋を通して来てもらっているわ。先方も、喜んでいたわよ。“ようやく罪滅ぼしの機会が得られた”ってね」


「それは誰に対してですか?」


「まぁ……何となく察しがついているんじゃないの?」


「それはもちろんですが。……それならまあ、信頼出来ますか。けど、いざとなったらこのウルスラ先輩も介入するということはお忘れなく」


「もちろんよ。生 徒 会 長」

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