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第160話 本気の喧嘩の前触れ

 アリスとシャルハートは一緒に教室目掛けて歩いていた。外は暖かく、このままどこか丁度いい原っぱで昼寝をしてもいいくらいだ。

 その最中、アリスは先程のロールフルスについて言及する。


「ロールフルス・ベラドンナ。彼女はこのクレゼリア王国内でも上から数えたほうが早いくらいには、力を持った家の長女よ」


「ベラドンナ家……そのレベルの家を把握していないってことは、当時は悪認定していないってことなんだろうなぁ」


 ザーラレイド時代、彼女は世界に対して狼煙を上げるため、死んでも良い人間のみを狙い、虐殺してみせた。殺した人間や組織の名は覚えている彼女。そのシャルハートの記憶に引っかからないということは、少なくともやましいことをしていないということの証明となる。


「ええ。ロールフルスを見た後にこれを言うのもなんだけど、ベラドンナ家の当主は代々誇り高き名士よ。現当主であるシーザー・ベラドンナ様も人格者と聞いているわ」


「へぇ~子は親に似るものだと思ってたけどね」


 ロールフルスの家のことは分かった。次は、ロールフルス自身のことだ。


「ねぇアリスとエルレイさんって、あのロールフルスから随分気に入られているみたいだけど、何があったの?」


「心当たりがあるとすれば……」


 そう言って、アリスは握りこぶしを作った。


「ニ組で戦闘訓練をした時、私とエルレイがロールフルスを順番にボコボコにしたのが原因……だと思う」


「そういえば、アリスとエルレイさんって強いんだよね」


「その言葉、結構カチンと来るわね。……と言っても、シャルハートに対しては一切口を返せないから、余計カチンと来る」


 アリスの目標の一つとして、いつかシャルハートを超えることがあった。だが、まだまだ訓練中。アリスは改めて闘志を燃やした。


「とにかく、ロールフルスは私とエルレイをライバル視しているの。だからきっと、シャルハートにも目をつけたのよ」


「なるほどねー……」


「おかしなことにはならないと思うけど、一応用心はしておいてね」


「オッケー。私はミラに何も無ければ、それでいーや」


「私も実害が出るようならば、本格的にロールフルスに物申す。だから今は、それだけ覚えておいて」


 会話の締めくくりを狙ったかのように、エルレイが手を降りながらやってきた。


「おーいアリスー! シャルハートー!」


 笑顔で走ってくるエルレイ。弾みで、彼女の胸がゆさゆさと揺れる。その光景に、ついアリスは自分の胸に手をあて、睨みつけてしまっていた。


「アリス、めっちゃ怖いんだけど」


「怖い? 私は人類共通の敵へ憎しみをつのらせているだけなんだけど?」


「いや、動機すら怖いんだけど」


「シャルハートは憎くならないの、アレ?」


「元“不道魔王”にそれ聞く? 答えはノーだよ。というか、たぶんまだミラのほうが大きいと思う」


「くっ……! シャルハート、私にミラさんと戦う許可を! 白黒はっきりつけたい!」


「ミラにかすり傷一つでもつけたら戦争だけどね」


 そうこう話している内に、エルレイが到着した。何の話をしているのか分かっていないが、とりあえずエルレイは無邪気な笑顔を浮かべていた。


「やっほーシャルハート! なんか久々だね! ボク嬉しいよ!」


「こっちこそ。アリスとはたまに会うけど、エルレイさんとは中々タイミングが合わずに……」


 すると、エルレイがいきなりシャルハートを指差した。その後、両手でバツ印を作る。


「いい加減“さん”付けと敬語禁止ー!」


「おおう」


 エルレイは頬をふくらませる。


「ずっと思ってたけど、アリスにはすっごい砕けるのに、ボクの時はなんかよそよそしいよー! ねえ、お願いシャルハート! アリスに喋っているみたいな感じで話してよー!」


 エルレイが両手を合わせ、懇願する。

 別に人を見て、接し方を変えていたわけではない。ただ、なんとなく敬語になっていただけのシャルハート。

 特にこだわりだとか、そういうのはなかったので、シャルハートは快諾する。


「オッケー。じゃあエルレイはエルレイということで」


「やたー! ありがとーシャルハート!」


 エルレイはシャルハートへ抱きつき、頬をすり合わせる。シャルハートはエルレイのもちもちの肌をいつまでも堪能していたかったが、アリスの鋭い視線を感じたので、程よい所で撤退した。


「あれ? 何でアリス不機嫌そうなの?」


「不機嫌になっていないわ」


「えー嘘だー! そういう顔してる時ってすっごい不機嫌になっている時でしょー。ボク、知っているよ」


「お だ ま り な さ い。それよりも貴方、次の戦闘訓練まで時間がないけど、調整は大丈夫なんでしょうね?」


「もち! ま~たボクが無双しちゃうけど、その時はアリス、ごめんね?」


「私の台詞よ、それ」


 ニ組は実戦から得られる知識や経験を重要視しているようで、戦闘訓練がそれなりに多い。そういう雰囲気も相まって、戦闘訓練の結果はそのまま組内での格を表しているのだ。

 もちろん、基本的にはアリスとエルレイの無双状態。そこにロールフルスが食らいついているという構図だ。

 その辺りの話を一通り聞いたシャルハートの感想は一つ。


「ロールフルスも結構根性あるんだね。アリスとエルレイにいい勝負してるんでしょ? 普通にすごいと思う」


「でもボク的にはシャルハートがいないから、ちっとも勝った気しないんだけど」


「まぁ私は最強だからね。私を倒したかったら、アルザとディノラスを連れてこないと」


「ぶー。いつかアリスとボクとでシャルハートを倒してやるー」


 何気ないエルレイの一言に、シャルハートは思わず時代を感じてしまった。


(アルザとディノラスが私を倒そうとして、今度は娘の二人が私を倒そうとしている。……ま、これも転生した者だけが味わえるカタルシスってやつなのかね)


 シャルハートが感慨にふけっていると、エルレイが唐突に明後日の方向を向いた。


「どうしたのよエルレイ?」


「ん……あれ、猫ちゃんかなって」


 近くの少し高い木。一番高い枝の上で子猫が震えていた。

 それを発見したエルレイがすぐに行動を開始する。


「待ってろよー!」


 そこからのエルレイはまるで猿のようだった。スルスルと猫がいるところまで上がっていき、すぐに子猫の確保に成功する。


「エルレイ、今魔法でクッション作って――」


「シャルハート、それは要らないよー! せいや!」


 臆すること無く飛び降りるエルレイ。見たところ、身体強化魔法を使っているようには見えない。だが、彼女は無事に着地した。


「へっへ~! じゃあね~! もうあんな所に登るなよ~!」


 エルレイは子猫が見えなくなるまで、手を振っていた。


「お手柄でしたねエルレイ。それじゃ行きましょうか」


「そだね! 今いくよ――ん?」


 エルレイが首を傾げた。右の足首に少し違和感を感じたからだ。少し黙っていると、違和感はたちまち消えていく。

 ただの気のせいだと判断したエルレイはアリスの背中を追いかけていく。


 それが、アリスとエルレイにとって、本気の喧嘩の前触れだと誰が思っただろうか。

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