第158話 何が起きても
クレゼリア王国領内の山奥にある小さな小屋。
そこで“怪刃”レヴェルスは住んでいた。家具としてはベッドと机。その机の上に置いてある短剣と暗器。もはやただの物置と呼んで差し支えない。そんな小屋で、ずっと彼は住んでいた。
「さて」
レヴェルスは机の引き出しから、長方形の金属質なカードを取り出した。中央には魔石が埋め込まれており、それが単なるお土産品でないことは、火を見るよりも明らか。
レヴェルスがそのカードに魔力を込める。特に何も起こらない。だが、少し経つと、魔石が光り輝いた。
『連絡が来たということは、仕事を終えたのね』
魔石から出る光が女性の映像を作り上げた。
長い水色の髪、少し神経質そうな顔つき。そして氷の結晶を思わせるドレスに身を包むのは、今回の“雇い主様”。
これは魔法具の一つ。『遠話の手形』。これは遠隔会話を可能とする効果を秘めている。手形には固有の魔力波があり、一つも同じ魔力波はない。手形同士の魔力波を記憶させておくことで、こうして遠くにいても自分の姿を映し、相手と会話が出来るのだ。
向こうにも自分の姿が見えている。レヴェルスはなんとなく髪を整え、報告を始める。
「ああ、アンタの言う通りにした。あのお嬢ちゃんを狙う奴がいたから、きっちり殺しておいたよ。特に言われなかったから、首とか証拠になる物は持ってきていない。一応殺った場所だけは伝えておこうか?」
『お願い。あとで回収に向かわせるわ』
レヴェルスの言葉を、特にメモすることなく聞く女性。前に聞いたら、記憶力だけは良いらしい。
レヴェルスとしては、メモの必要がないのは便利だな、という感想しかない。
『それで。実際にどうだったのかしら? ギュスタルが放った刺客と見て、間違いないかしら?』
「おいおい。俺はただの殺し屋だぜ? あんたらの事情に巻き込まれたくないんだがなぁ」
『では、貴方の感想込みで依頼を完遂したと判断し、報酬を支払うことにするわ』
「げっ……。それ言われちゃ、言うしかないか」
報酬にはさほど執着していないが、“依頼を完遂した”という事実を重要視しているレヴェルス。
“あくまで私見だぞ”と前置きし、レヴェルスは話す。
「殺した内の一人に、ギュスタルの名を出してみたんだ。すると、僅かに脈拍が速くなった。多分、アンタの見込みで間違ってはないんだろうさ」
『やはりね、私の弱みを握るために打った一手にしては、本当に浅はか』
しばらく、女性は考え込む素振りを見せた後、右手をあげた。
『ええ、ありがとう。報酬はいつもの場所に払っておくわ』
「毎度あり」
『それじゃあ――』
「あんたの“妹さん”」
ぴたりと、女性の動きが止まった。
レヴェルスは話を続ける。
「あんたの妹さん、末恐ろしいね。俺の首しか見えていなかった。この“怪刃”を前にしても、俺を倒すことしか考えていなかった。ありゃ、そのうち大物になるんじゃないか?」
女性は黙っていたが、やがて小さく、しかしはっきりとこう言った。
『当たり前でしょう。妹は――サレーナはこの程度でどうにかなる子じゃないわ』
そう言って、『遠話の手形』から出ていた魔力が小さくなっていく。向こうが機能を停止させたのだろう。
もはや聞こえていないが、レヴェルスはあえて口にした。
「随分と執着していらっしゃいますねぇ。フレーヌ第一王女様」
フレーヌ・ハイネクラリス・アイネスからの仕事はたまに来る。お抱え、というわけでもないが、色々と都合が良いのだろう。
レヴェルスは特に何も聞かず、その依頼を請け負う。別に相手の貴賤には一切興味がない。金をちゃんと払ってくれるか。それだけに尽きる。
「さて、酒でも飲むか」
“怪刃”レヴェルスは、今日も今日とて待つ。自分を必要としてくれる者の声を。
「あ、しまった。ついでにアイネス王国の地酒でも貰えば良かった」
レヴェルスはダメ元で『遠話の手形』を再起動してみるのであった。
◆ ◆ ◆
サレーナは教室に入るのに、少しだけ勇気が必要だった。
「……」
昨日のことを考えたら、妙に気まずくなってしまっていた。
一旦戻ろうか、そう考えていると、シャルハートと目が合った。
「おーいサレーナ。ここだよー」
「サレーナさん、おはよう~!」
シャルハートとミラが、相変わらずの笑顔で迎えてくれた。
サレーナは、顔には出さなかったが、少しだけ急ぎ足で向かった。
「……おはよう」
「おはよ、サレーナ。そろそろ私を倒す策でも思いついた?」
「……沢山思いついている。今すぐにでも全部試したいところ」
「さぁサレーナさん、お弁当チェックタイムだよ。今日“は”ちゃんと作ってきたよね? ね?」
アイネス王国の第二王女と知っても、二人の態度が変わることはなかった。
サレーナの後ろに、気配を感じた。
「やぁサレーナさん、おはよう」
「おっはーサレーナさん。今日も元気元気って感じで」
「……リィファス様、ブレイヴ。おはよう」
リィファスとブレリィへそれぞれ挨拶を返したサレーナ。いつも通りのはずなのに、心が弾む。全てを話したことが要因か、それは分からない。
だけど、一つだけ確かなことがある。
(……フレーヌ。貴方がどんな事をしてきても、もう大丈夫。私には仲間が出来たから。大事な、大事な仲間が)
何が起きても、必ず力になってくれる仲間たちの存在だ。




