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第150話 強襲

 教室の机に、サレーナは突っ伏していた。眠いとか、そういうわけではなく、今はこれが一番“落ち着く”からだ。

 最近の彼女は、神経質になっていた。

 いつ刺客が襲いかかってくるか分からないので、気を張らなければいけない。イメージトレーニングをし、確実な打倒パターンをいくつも練る。

 これは命のやり取りだ。失敗はそのまま死を意味する。

 精神的なストレスは食を細め、肉体的なストレスをも併発させる。元々少食だったサレーナの顔色が明らかに悪くなっている。


「サレーナさん、最近ご飯食べてる?」


「……大丈夫ミラ、食べてる」


 頭が回っていないのか、生返事をするサレーナ。

 ミラとシャルハートは顔を見合わせ、意見を統一させる。 


 ――明らかにおかしい。


 こうなってくると、本格的に事情を聞かなければいけない。そう、シャルハートは考えた。


「ねえサレーナ。最近何が起きているの? もしかして身内の誰かが具合悪いとか? だから心配になって、ご飯も喉を通らないとか?」


「何もない。大丈夫」


「それなら、サレーナの身の回りで、何が起こっているの?」


「本当に何もない。大丈夫」


「サレーナ、私はサレーナの事が心配で――」



「大丈夫だって言っている……!」



 バンと机を叩き、立ち上がるサレーナ。

 まさかの反応に、シャルハートとミラは思わず固まってしまった。


「っ……ごめん」


 教室を飛び出していくサレーナ。

 彼女の後ろ姿をただ見ているだけしか出来なかった二人である。


「シャルちゃん……」


「うん、もう見ているだけはナシだ」


 シャルハートは決意の表情を浮かべていた。



 ◆ ◆ ◆



 まっすぐ帰路についたサレーナは、先日“怪刃”に出くわした道までやってきた。


「あれは」


 道の真ん中に、サングラスを着用した男二人が立っていた。

 一人は、花火柄のシャツを着た筋骨隆々とした大男。両腕に、肘まで覆う篭手が装備されている。

 一人は、スーツを着たやせ細った小柄な男。手には小さな杖が握られている。

 この辺の人間じゃないことは明らか。そして、ただの観光客ではないことも理解していた。


「ヘイお嬢ちゃん、サレーナだな?」


「……」


 即、逃走を図るサレーナ。だが、相手の方が一枚上手だった。


「ほら、迂闊に声をかけるからだぞ。『風壁(ウィンドウォール)』」


 サレーナの退路に吹き上がる強烈な風。はらりと紙のゴミが風の中へ入っていく。すると、みるみる内に切り刻まれ、辺りに破片が散らばった。

 強行突破はたぶん可能。だが、それで消耗した状態で、目の前の二人から逃走できる気は、とてもしなかった。


「何者?」


 既に魔力を漲らせ、攻撃魔法の準備をするサレーナ。この判断に微塵も後悔はなかった。恐らく、彼らがここ最近感じていた不審な気配の正体。


「ハハッ、答えるつもりはない。だけどサレーナお嬢ちゃん。お前を連れてこいと言われている。来てもらおう」


 そう言いながら、男は近寄ってくる。後退は出来ない。ならば、前進あるのみ。


「『氷の茨(アイシクル・ソーン)』……!」


 サレーナの足元から氷の茨がいくつも発生し、大男へ襲いかかる。

 そこで出方を見て、サレーナは突破するつもりだった。

 避けるか、防御魔法を展開した時点でもう片方の男へ攻撃し、魔法を解除、そのまま逃走する。


 だが、サレーナはまだ“プロ”への見積もりが甘かった。


「いってぇ!」


 男は走り出し、氷の茨へ突っ込んだ。当然あちこちに刺さる氷の茨。


「何で……!」


 裸一貫の強行突破。

 サレーナの予想外の対処。だからこそ、一手反応が遅れてしまった。

 向かってくる拳が、やけに遅く視えた。


「スローリーだ、サレーナお嬢ちゃん」


「ぁ……かは……!」 


 サレーナの腹部にめり込む拳。身体の内側をぐしゃぐしゃにされるような酷い感触。吐き気すらこみ上げてこない。あるのはただ、凄まじい寒気。

 ただの拳一発でここまで深いダメージを負った経験は、そう多くない。

 天地がひっくり返るどころか、シェイクされている。意識が朦朧としてきた。


「お嬢ちゃん、こういう“まさか”と思う出来事も想定しておかないとな」


「まだ……私は、やれる……!」


 サレーナは指先を大男の額に向け、『氷塊(アイス)』を放った。人体の急所である頭を狙えば、何かしらの反応を示す。そこを見て、対処を考える。サレーナはその思いだった。

 だが、現実はそう、思い通りにはいかない。

 不意の攻撃は、見事大男の額を捉える。普通ならば大打撃。だが、大男は臆せず突撃してきた。


「うっ……!」


 押さえつけられるサレーナ。抵抗しようにも、大男の腕力が異常すぎて、少しも動かせない。

 そんな彼女の涙ぐましい抵抗を前に、大男は感心していた。


「お嬢ちゃん……君、何者だ? 俺たちはあんたの顔と名前だけしか知らない。素性は当然知らん。その上で言おう。その歳のくせに、妙に落ち着いている。普通なら、泣き叫んでいるところだろ」


「あなた達には……分からない」


「そうか、まあ良いさ。やることはやるだけだからな。なぁインパクト」


「お前の危機管理能力は分かっていたよフィスト。だが、安易に名前を呼ぶべきじゃないぞ、そこは」


「そうなのかい? まあ、そこはそのうち関係なくなるだろ」


 そう言いながら、フィストはサレーナのみぞおちへ拳を落とした。


「――――!」


 『肉体強化(ストレングス)』による防御面の底上げを図ろうとしたが、少し遅かった。

 サレーナは意識が遠のいていくのを感じた。抗おうとするも、全くの無意味であるこの感覚。

 例えば徹夜続きの者が、睡魔に抗えるだろうか? 答えは否。絶対不可避のその自然現象は、誰だろうと平等に降りかかる。

 サレーナはずっと掴んでいた意識を、するりと手放した。

 その瞬間、彼女は頭の中に知っている顔が浮かんだ。


(ミラ、リィファス様、アリス、エルレイ、ブレイヴ――――シャルハート)


 サレーナの目の前が、真っ暗になった。



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