第13話 とんでもない爆弾
本当に危ない所だった、とシャルハートは冷や汗を拭う。
今しがた自分が放った『火炎』の威力は、贔屓目に見ても相当に高かった。
もし任意の場所に、任意の強度で防御空間を形成できる『指定型防御結界』の発動が一コンマでも遅れていたとする。
そうなれば、もはや太陽の熱と同等である『火炎』の火が漏れてしまい、少なくともこの学園は炎の海に包まれていただろう。
もちろん、シャルハートにそんな規模の魔法を放つつもりは毛頭なく、当初の予定通り無難に木人を燃やす程度に留めておくつもりだった。
それなのに。
それなのに、この威力はどういうことだ。
(……何かがおかしい。いや、前から違和感はあった)
この身体に転生してから、全盛期の頃よりも力が湧いている気がするのだ。
だが、前世の段階でザーラレイドは全てを極めている自負があり、それ以上伸びることは皆無という結論さえつけていた。
だが、この高ぶりは何だ。
肉体に湧く力、使っても使っても尚溢れてきそうな魔力。
特に魔力の方面が異常なのだ。
現在シャルハートは意図的にそこそこレベルまで魔力を抑えており、他人の魔力を視る眼さえ完璧に欺けるほどの巧妙な偽装を施している。
それが、最近になって隠すことに苦労を感じてしまっている。
水を貯める瓶の空間が有限のように、シャルハート自身の肉体に宿る魔力が顔を出しそうなのだ。
(どうして……ただ私は転生しただけのはずだ。まあ、いざという時のためにということで『生命は続く(コンティニュー)』に自分の全盛期の力を保存しているけどさ。……ん?)
はたとシャルハートは気づいた。
これはもしもの話である。
そもそもシャルハート(自分)になったのは、極光剣と極闇剣に貫かれたことで、一億回重ねがけしていた完全自動蘇生魔法である『生命は続く』が全ての回数と効力をたったの一回に凝縮し、発動してしまった結果である。
そうなると、だ。
“保存していたザーラレイドの力はどうなる?”
ほぼほぼ当たり前の話だが、“蘇生”というのは一度死んでから一度発動するというのがそもそもだろう。
それが今回、様々な要素が積み重なってしまったせいで、本来一度分で良かった魔法が、一億回分も凝縮して発動してしまったのだ。
それがどういう予想を立てられることになるか。
(つまり、保存していた私の力も一億回分凝縮され、この身体に宿っているってことにならないか?)
荒唐無稽な話である。
もちろん『生命は続く(コンティニュー)』自体、発動できる生命体がザーラレイド以外にはあまり考えられないため実験なんて不可能。
だから、予想するしか出来ない。
だが、イイ線はいっているだろうな、という予感はある。
そうでなければ、ただの『火炎』が太陽規模の大きさと熱量になるわけがないのだから。
「……ートさん?」
「嘘でしょ……それなら私、下手すればお父様との稽古の時に何度も何度も……」
今までが全て、幸運の積み重ねだったことに、シャルハートは改めて自分の力についての考えを改めた。
そして、目的が出来る。
このクレゼリア魔法学園で自分の力について調べる、という目的が。
「シャルハートさん?」
「は、はい!? ごめんなさいルクレツィア先生! 考え事をしていましたぁ!」
心配そうにシャルハートの顔を覗き込んでいたルクレツィアはそれでホッと胸を撫で下ろしていた。
「良かったわ。良く分からない現象が起きたから、てっきり貴方にも何か悪影響が及んだのではないかと心配してしまいました」
「あ、ありがとうございます。それで、質問なんですが、私って魔法撃てたんですか?」
「え?」
「す、すいません! ちょっとその辺の記憶が飛んでしまってまして……あはは。あ、もう一回やってもいいですか? えいっ『火炎』!」
万が一にも今の魔法はシャルハート・グリルラーズがやったと悟られてはいけない。
慌てて彼女は、今度こそ魔力を抑えた“無難な”『火炎』を適当な木人へと放ち、燃やし上げた。
それを見たルクレツィアは、先程の現象との比較のため、首を傾げる。
そんな彼女の思考行動を止めたのはもう一人の試験官であるザードであった。
「うん、良いんじゃないかな? シャルハートちゃんだっけ? 君、良い魔法放つね~、筋が良いよ。はっはっは」
「ちょ、ザード先生! そんな適当な!」
「はい! これで今日の試験は終わりだ! 一時間後に結果を正門横に張り出すから、適当に時間潰した後、必ず見に来るよーに! そら解散! 解散だ!」
ザードの一言で、シャルハート含めた受験生は解散を始める。
全ての受験生を見送った後には、ザードとルクレツィアの二人だけが残った。
ザードから会話が始まる。
「どう思うよルクレツィアちゃん」
「ちゃんは止めてください。……こほん。今年はレベルが高いですね。特にあの人間界の勇者アルザ様、そして魔界の勇者ディノラス様のご息女が二人一気に来るなんて驚きを隠せません」
「それだけか?」
「……一番最後の、グリルラーズ家のご息女であるシャルハートさんのことですか? 何だったのでしょう、あの不可解な現象は? 訳が分からないまま、クレーターが出来ているなんてあり得ませんよ」
「不可解、ねぇ」
「分かるんですか? ザード先生は」
挑戦の意味を込めて、ルクレツィアはそう問うた。
すると、ザードは即答した。
「ん? シャルハートちゃんが自分で叫んでたじゃないか。『火炎』って」
「……まさか。初歩の初歩ですよ? それこそあり得ない」
「初歩の初歩魔法がそんなこと出来ないって誰かが決めたの?」
「それは……」
「……とんでもない爆弾、引き当てちまったんじゃないかクレゼリア学園」
ザードは掛けていた眼鏡を服の裾で拭いながら、ボソリと呟いた。