----- 羽の生えた女の人-----
洞窟の入口付近で月明かりの中、ぼーっと外を見ていたら羽の生えた女の人が私のそばに来て子供を産みはじめました。
「あっ、あの・・・私も空を飛べるんでしょうか?」
この女の人が、昔お兄さんに聞いた女の人だと思った私は、躊躇することなく聞いてみました。
「ん? そのうち飛べるんじゃね?」
「私も、お姉さんみたいに素敵になりたいです。」
ワクワクしながら女の人に話しかけた。
「空は楽しいですか?」
「知らないよ、こっちは人間から逃げて来て、餓鬼生んだばっかで、疲れてうんざりしてるんだから」
この女の人はあんまり愛想が良くないみたいでした。
疲れたって表情で、こっちをちらっと見たけど、これ以上話をする気はなさそうでした。
しばらくして、女の人は何も言わずにふらふらと飛び立って洞窟の入口を出た直ぐの所で怪獣に捕まってしまいました。
怪獣は女の人を一飲みにして、こちらを向いていたけれど、私が恐怖で声も出せずに固まっていたせいか、やがていなくなったのでした。
夜が明けても昨夜の怪獣が戻って来るんじゃないかって、怖かったけれど結局怪獣は現れませんでした。
ウトウトしていると、別の女性がそばで子供を産んでいました。
「あっ、おはようございます」
とっさに出た言葉が朝の挨拶でしたけど、まだ真っ暗でした。
「あら、悪かったわね。起こしちゃったかしら?」
前回の不機嫌な女の人の事があったので、なるべく話しかけない様にしようと思いました。
「いえいえ、そんな事ありません」
「私はムスティよ、あなたは?」
「私はトゥキスモです。」慌てて返事をしました。
「あなたまっ白なのね、凄く目立つし素敵よ、それにもうすぐ大人になるわね、いつか一緒に遊びましょうね。」
そんな事を言うと、ニコッと笑ってくれました。
私は、以前人間の親子が肩もみをしていた光景を思い浮かべていました。
「あの・・・ムスティさん」
ムスティさんは、「どうしたの?」と聞いてきました。
「あの、ムスティさんに肩揉みをしても良いでしょうか?」
ムスティさんはきょとんとしながら、「肩もみってなぁに?」と聞いてきました。
「子供が、お母さんに感謝の気持ちを表すものです。疲れた身体も回復します。」
前に人間がお母さんにやってあげて、気持ち良いって言われていた事を話しました。
「私はお母さんを知らないから、だから…お母さんの代わりに、肩もみをさせてください」
ムスティさんは、笑顔で「じゃあお願いするわ」と言ってくれました。
心の中で<回復>を唱えながら、ムスティさんの肩を揉んであげていると、
「ありがとう、とっても気持ち良かったわ。疲れもとれたみたい。優しい娘がいて嬉しいわ」
そう言うとムスティさんは元気に飛んでいきました。
疲れが取れたって言ってた~あっ、もしかしたら回復魔法が効いたのかしら。
練習の効果が出たのかも知れない。
なんか、とってもホッとして、胸の奥が熱くなって、
その後は、ボーっと陽が昇るのを眺めていました。
やがて、なんだか体の奥の方から熱い感覚が沸いてきました。
なんとなく、もうすぐ大人になれる気がしていました。
前に来た女の人の赤ん坊たちが、泳ぎの練習をしていました。
一人だけ元気がなく殆ど動けない子がいたので、その子に手をかざし「回復」
と唱えました。
すると動かなかった子がぴくっとして、元気に泳ぎ始めました。
私は嬉しくなりました。
しおれかけていた花に回復魔法をかけると少しだけ、元気になったように見えました。傷みかけていた食べ物に回復魔法を掛けたらみずみずしくなりました。
トゥキスモは聖女への道を歩みだしたのです。
ワクワクしながらあちらこちらに回復魔法をかけていたら魔力が切れたのか急にとても眠くなって寝てしまいました。
夕日が見えてくるころ目を覚ました私は、自分もお姉さんのようなドレスに着替える事にしました。
そばには前の女の人が生んだ赤ん坊たちが、泳ぎの練習をしていたから、本当は自分がお兄さんにして貰ったように、色々と教えてあげたかったんだけど、もうドレスに着替えたいって言う感覚に逆らえなかったのです。
ドレスを纏ったら、なんだかうっとりと自分の世界に浸り込んでしまいました。
そして、空を飛んで、素敵な人と巡り合う夢を見ました。
もちろん回復魔法を可憐に使いこなす夢も・・・
食事もしないで、ひたすら夢を見続けました。
幸せな時間でした。
「楽しい夢だったなぁ」そう呟きながら目が覚めました。
目が覚めてから、とても時間を掛けてドレスを脱いだら、念願の羽が生えていました。
ドレスを脱ぐだけで、凄く疲れていたけれど、やっと空を飛べるって思うと、自然と羽を動かしたい気持ちが強くなってしまって、ついつい羽を動かしてしまいました。
背中に集中して羽を動かしたら、身体がふわっと宙に浮かびました。
夢にまで描いた空を飛べた瞬間でした。
わ~ 飛んでるよ 空を飛んでるよ~
今まで水のある所が生活のすべてだったのに、その水から離れているんです。
下の方で子供たちが泳ぎ回っている姿が見えています。
ムスティさんの子供たちも元気に泳いでいました。
あそこが私の居た池なんだ
空を飛ぶと世界が大きく開けました。
あまりの景色の違いに驚いて、楽しくて、嬉しくてひたすら飛び回りました。
空から見ると最初に住んでいた池は一体どこだったのか全く分からない程にちっぽけでした。
あのちっぽけな世界で、恐ろしい生物から逃げまわっていたのかと驚き
この広い世界は希望に満ちている事を確信しました。
いい香りがしたので、釣られるように飛んで行きました。
そこには綺麗な花が咲いていました、花の中を覗き込むと、甘い、良い香りがして、お腹が空いている事に気が付きました。
ストローを用意して花の蜜を吸ってみました。
<美味しい〜>とっても美味しかったので夢中になって蜜を吸っていたら、顔も身体にも花粉がくっ付いていました。けれどそんな事気にしないで花の蜜を吸って楽しみました。
水の中の生活と違って、空を飛べるって本当に素敵でした。
強い風が吹くとと、あっという間に吹き飛ばされちゃうけど、それもまた楽しくて飛び回りました。
自分と同じように、空を飛んでいる人達と出会って、声を掛け合いました。
「こんにちは~」
「こんにちは、初めましてだよね?」
「今朝はじめて飛んだんですよ~」
「あら、私も昨日飛べるようになったばっかりよ、二人とも初心者ね」
昨日飛べるようになったと言う人と一緒に飛びながら、景色を楽しんでいると
いつの間にか、飛んでいる人が沢山増えていました。
そのうちの一人がやけにしつこく、無言で私を追いかけまわして来ました。
「なに? なんですか? どうして追いかけてくるんですか?」
なんかこの人嫌だって感じたので、何度もぶつかりそうになりながら、逃げていたのだけれど、捕まりそうになったその時、巨大な鳥が飛んできて目の前にいたその人を口に加えて飛び去って行きました。
「助かった~」ホッとしてると
「しつこかったね~あなた白くてとっても目立つから気を付けた方がいいわよ」そばで見ていた人が声を掛けてくれました。
「でもあの人よりも、鳥の方が危ないよね、気をつけなきゃね。」みんなでうなずき合いました。
<ホント危なかった。>
子供の頃も危険が一杯あったけれど、大人になっても世の中は危険が溢れているんだって事を悟った瞬間でした。
そして、前に子供を産んでいたあの女の人は何も教えてくれなかったけれど、自分は子供たちに自分の知ってる事を教えてあげようって誓ったのでした。
暫くのんびりと飛んでいると、空中に、八本足の虫が浮かんでいました。
「こんにちは、私はトゥキスモです。どうして、空に静止しているのですか?どこか具合が悪ければ治してあげましょうか?」
「俺はクモだ。空中にいる訳か?お前みたいな奴を食うために決まってるだろうが」
凄く恐ろしい事を言われて、私は一目散に逃げました。
暫く空を飛んだり林に入って休んだりしていたら、なんとなくカッコいい男子と目が合いました。
ちょっと素敵かもって思っていると、彼の方もまんざらでもなさそうで私に近づいてきました。
笑みを浮かべながら、触れるか触れないかの距離で
ちょっと追いかけっこをして、彼に捕まって
何か話しかけたいって思ったのだけど、でも何を言えばいいか分からくて、飛び立っては隠れてみたけど、やっぱり見つけて欲しくて、ちょこっと動いたら、待ち伏せされていて、また彼に捕まったので、今度こそ話しかけようって思って出てきた言葉は
「こんにちは」
えーん言葉が出て来ないです、顔が熱くなるだけで、何も言えなくって、でもなんか嬉しくて、笑いながら、彼を振り切ってまた空に飛び立ちました。
彼も飛び切りの笑顔で私を追いかけてきます。
彼は私のコースを先読みして飛んでいたら突然静止しました。
びよぉぉぉん
彼が空中で藻掻きながら「来るな、逃げろ、幸せになれよ」って叫んでました。
巨大なクモが樹から空中を歩いて来て、彼の所まで来ると、バクッと一口で食べてしまいました。
余りの事にショックで何の声も出ませんでした。
林に戻り一人寂しく過ごしました。