7 鏡像のあこがれ
7 鏡像のあこがれ
「……つまり早かれ遅かれ、俺は戦いに巻き込まれるってこと?」
「ですね、なんせ、全員殺してトーナメント式にナンバーを重ねないとキングにはなれませんから」
マジか、とカドヤ先輩は宙を仰ぎみた。
タカハシ先生もこれにはつっ、と目を流した。
「ヨツヤとも、戦うのか?」
「まあ、戦うとしたら俺でしょうね。あの人は自らの感情、数学をより深く知るための知識が欲しいと欲深い感情から罪を犯したんですから」
「そうか…それは…」
「誰が生きても死んでも、タカハシ先生は気にとめなくていいんですよ。俺達は犯罪者、本来なら死んでる身分なんですから」
「…あの、俺のこと、タカハシ先生」
「ああ、別にばらさないよ。俺は悪魔憑きかどうかなんて気にしてないし、生徒として授業受けてんならそれでいい」
「…意外と、あっさりしてるんですね。これから先、俺たち目当てで悪魔憑きが学校に来るかもしれないんですよ」
カドヤ先輩はスペードの2になった自らのカードを握りしめて乾いた息を吐き出した。
「学校的なルールでは退学だ。ヨツヤみたいにな。けど俺は気にしない。
俺の奥さんも悪魔憑きだったしな」
「へ?そうなの?初めて知った。やけにヨツヤ先輩に対しても普通だなとは思ったけど」
「悪魔憑きになった瞬間、どっか消えちまったけどな。
それでも娘の写真を添付したメールはずっと送ってる。送信エラーにもならないし。
……なあ、お前らはなんで悪魔憑きになったんだ。俺たち教師にできることは何もなかったのか?」
「俺は悪魔憑きになった時のこと話したくないんですけど、カドヤ先輩は?」
「……進んで話すようなことじゃないです。けど、タカハシ先生にはお世話になってるし、助かってます。
俺が罪を犯したのは仕方ないことでした」
「そう…か……」
「…日が、暮れてきましたね」
眉を下げたタカハシ先生の顔を夕日の光が薄く照らした。
「……俺はバスケ部の連中のこと見てくる。お前が使った魔法が副作用でも起こしてないようにな」
「やっだなー。俺、計算の正確さは一流ですよ」
「なら丸つけが必要だろ…カドヤ、お前もすき見て荷物取りに来い。部室に置きっぱなしだろ」
「…はい」
開き直ったようにニヤリと笑うとタカハシ先生は数学準備室を出ていった。残ったのは俺とカドヤ先輩だけ。気まずい空気が毒みたいに蔓延していて、息苦しかった。
「……シオン」
「なんですか」
「…俺はお前をストーカーだなんて思ってない」
「分かってますよ。周りが言い回ってるだけですよね」
「……2年で1番信用できるのはハルキだ。あいつがそんなことはしてないって言ってる。
けど、ミキやヨウキは盗聴も盗撮もしてる、ヤバいやつだって言うんだ」
「はい、」
「1年もタカハシ先生以外の顧問もシオンは大会をさぼるようなやつだって」
「はい、」
「…なんでこんな、だってお前は」
「カドヤ先輩に憧れただけだったんですけどね」
泣きそうな顔でカドヤ先輩は目をさまよわせた。真実も虚像も、周りに溢れてる。
「初めてカドヤ先輩のレイアップを見た時、この人には翼があるって思ったんです。
ほらカドヤ先輩ってそんな身長ないじゃないですか」
「お前も同じくらいだろ」
「ははっ、けど、あんなにボールを持つ手がゴールに近くて、滞空時間が長くて、ふわって宙を舞ったように見えたんです」
「…そんな」
「その後のスリーポイントもジャンプがすごく高くて、放たれたボールが本当に軽く見えて、あのプレイなら、あのスタイルなら、身長160の俺も、強くなれるのかなって思ったんです」
「…だからところどころプレイが似てたのか」
「……まあ、真似してたのは否定しません」
「鏡写しかと思った」
「そんなにですか?」
ムッとした顔に相当似てたのかなと思って笑みが浮かぶ。
それにますますカドヤ先輩は眉を寄せた。
「…このまま辞めるなんて許さない。勝負しろ」
「コート上でですか?」
「ワンオンワン」
「嫌ですよー負けるじゃないですか」
「レイアップのスピードは俺の方が上だ。けど遠距離シュートのゴール率は」
真剣な目が俺を貫く、ボールを追いかける目と一緒
「お前の方が、高い」
「煽てても何も出ませんよ」
「別に、嘘じゃない。本当のことだ」
その視線があまりに熱くて思わず目をそらす。熱血的な目は嫌いじゃないが俺には不釣り合いだ。その上、もし他の3年の先輩の前であんな目でカドヤ先輩が俺を見たらきっとまた何かの間違いだ、なんてカドヤ先輩に寄ってたかるに違いない。
「…そのうち、顔出すかもしれません。とりあえず今日は行きません、お疲れ様でした。
…良かったら面、そのまんま持っててください。悪魔憑きが顔バレすると色々面倒ですから」
「…シオン」
「俺、帰ります」
「シオン」
「……なんですか」
数学準備室の扉に手をかけて続きをうながす。
「待ってる。誰がなんと言おうと…
あと、今日は助かった」
それだけで救われた気がした。嫌われていると思っていた憧れの人、部活に行かなくなっても尊敬していた人、その人から貰うお礼がどれだけ嬉しかったか。
「べ、別に気に止めることじゃないでしょう!お疲れ様です!失礼します!」
勢いをつけて教室から出た。少し頬が熱かった。