5 数学の悪魔憑き
5 数学の悪魔憑き
「その身に宿る魔法を失おうとも、罪を犯せしその覚悟。素晴らしい!
その罪の一端を担おう。代償は魂と1番大切なもの。
さあ、貴様の唯一はなんだ?」
「……唯一?」
「お前が愛してるもの、好きなもの、大切なもの。切っても切り離せないもの、それをお前の罪とする」
「……俺は、」
「お前は?」
「俺は……」
「…………」
「数学が、好きだ」
「《炎-熱》は?」
そう言ってポインターで炎に触れれば襲いかかってきた炎、それを食らっても何も感じなかった。
「ひゃっは!燃え尽き……は?」
「熱がなければ燃えないでしょ。ほら、火傷もしない。無傷」
炎の中から五体満足で出てきた俺に相当びっくりしたのだろうか、高笑いが急に止まった。
面白くて仕方がない。先程まで有利だったのにそれが一瞬で覆されたのがたまらなく悔しいのか、顔が歪んでいる。
「くそ、くそくそくそ、なんで!」
「《地面-強度》は?」
トンっとポインターで地面を叩くと、ぐにゃりと地面が歪む。
バランスを崩した男が炎を出し損ねて液状化した地面に沈む。
その瞬間、もう一度ポインターで地面を叩いた。
「《地面+強度》は?」
地面が波打った状態で固まる。沈んだ男もそのまま地面に埋まったままだ。
「…俺の魔法って条件が厳しいんだよ。
加法と減法は効果範囲は半径10m以内でしか使えない。
乗法と除法は生き物にしか使えない。しかも自分以外に使うなら魔法の説明をしないと使えない。
式の答えがイメージと一致しないと発動さえしない。ポインターで触れた対象しか魔法を使えない」
かかとを鳴らしながら近づく。そして相手にポインターを当てた。
「さて、これであんたは俺の魔法の全てを知ったわけだ」
「……や、やめろ」
「あんたの一番大切なものは炎か。なんだ?火事で嫌いな奴でも死んだか?殺したか?」
「……やめろ、俺が、俺が悪かった!あの男をいじめたのが悪いのか?許してくれ、頼む。俺のカード、融合はできないだろ?なあ!」
「言い残すのはそれだけか?」
「やめてくれ!たすけ、助けてくれ!」
「サヨナラだ」
ポインターで男に触れる。スっと息を吐いた。この言葉を言うのは、悪魔を呼び出した時、以来だな。
「……《あんた÷1万》は?」
「ゆる」
ずしゃ、崩れ落ちる音が響いた。ポインターの先が血で塗れる。
地面の穴に1万もの肉片が血で浮いていた。
さすがにグロいか。これの後始末はサイレン聞こえるし自衛隊さんに任せて、俺はカドヤ先輩の記憶操作に行かないと……
地面に落ちたトランプを拾って自分のポインターもカードに戻す。
戦い慣れしてるなと思ったが、スートが違うカード持ってたのか…これはカドヤ先輩に聞いてみるか。
そう思って、ポッケに閉まって影に隠れる。手に持ったカードはハートの2。俺の罪の記録。
「馬鹿なのか?本当に馬鹿なのか?」
「まあまあ、タカハシ先生、その辺に」
「お前も馬鹿だ、馬鹿ばかりか、特進クラスは!」
数学準備室に呼び出された俺とカドヤ先輩はタカハシ先生に説教をくらっていた。
先程までカドヤ先輩を見た人達にポインターで触れて記憶を引き回っていたところ、それを目撃したタカハシ先生に引っ張られ、ついでにバスケ部顧問で、すぐに体育館からでてきた悪魔憑きがカドヤ先輩だとバレてて、2人揃って正座させられた。
「カドヤ!」
「はい……」
「危険だってわかってて出ていくんじゃねえ!
なんならお前自分が相性悪いってわかってただろ!」
「……だって俺狙いだと思ってたから」
「だってじゃねえわ!
それとユウキ!」
「はーい?」
「なんだあの魔法!数学じゃねえか!」
「それしか考えられないでしょ」
「ヨツヤと同類じゃねえか!」
「別に数学を掘り下げたくてやってたんじゃないんですー。見てたならわかるでしょ、完全に戦闘特化じゃないですかっていたぁ!」
スパコーンと教科書で頭を叩くとタカハシ先生はため息をついた。
「なんでまたあんな魔法に…」
「……悪魔憑きは一番大切なものと命を犠牲に魔法を得る。
一番大切なものを犠牲にするって言うのは無くすって訳じゃなくてそれを魔法にするってことなんです。俺の翼も」
そう言って取り出されたカードを見て、目を見開く。ビンゴだ。
「か、かか、カドヤ先輩、スペードなんですね。ちょうど良かった。
あいつ、スペードの1、持ってたんで良かったら」
「……スペードの1?俺以外にも持ってるのか?」
こてんと首を傾げられて、ゆらりと前髪が揺れる。
……あ、と、これは?
もしかして
「何も、知らないんですか?」
タカハシ先生が鋭く目付きを光らせる。カドヤ先輩はぱちぱちと目を瞬かせた。