4 俺達は罪人
4 俺達は罪人
ナミトは背に生えた翼で宙を舞う。
ギリギリまで迫る炎のムチをよけて、空高く翻った。
三半規管は強い方だ。ビュービューと耳元で風を切る音が響く。多少、激しい動きをしても問題はない。問題は無いが…
「……っ」
チリチリと翼の一部分が炎に触れて羽根が燃えた。
悪魔憑きの魔法は強力だが万能じゃない。
その魔法が打ち破られたり破壊されたりすれば再発動せざるを得ない。
……悪魔の魔法には使用回数がある。ナミトの魔法の制限回数は1回だ。
つまり、破壊されれば魔法は二度と使えない。その瞬間、他の悪魔憑きに対抗する手段が無くなる。魔力がなくなり、通常の犯罪者と同じになる。
ならば、相手の魔法を破壊すればいい……しかし
(相性が悪すぎる。俺の魔法はあれを強化するだけだ)
翼を使って空を舞うこと以外には、その翼を使って風を起こすことしか出来ない。
風は炎を巻き起こす。空気から二酸化炭素だけを器用に送り込むなんて出来ないだろう。
炎を一気に消すような大きな風を起こせればいいが、元々ナミトの魔法の本質はそうじゃない。ただただ空を飛ぶための翼を生み出す魔法。風を操る魔法であればあれに対抗できたであろうが、それをナミトは持たない。
翼が炎で燃え尽きるのが先か、神のイタズラで雨が降り出すのが先か。
残念ながら今日、雨の予報はない。折り畳み傘を持ってきてないため確認済みだった。
明日はどうだっただろう。その前に自衛隊が止めに来てくれるだろうか。
自衛隊が止めに来たとして、悪魔憑きがバレた自分はどうなるのだろうか。
ナミトは屋上に降り立って、背後に迫る足音に気づいた。振り向けば
「よそ見しないで!」
と厳しい声が響く。腕を取られ手前に引かれた。
背中から迫っていた炎がちりっと翼の先端を焼いた。
前のめりになった体制から顔をあげれば狐の面、パーカーのフード、下半身は制服だ。この学校の生徒。そしてこの声は
「…シオンか?」
「…なんで分かるんですか」
震えた声が耳を突いた。
「…なんで分かるんですか」
多少、偽装のつもりでつけていた狐面の内側で跳ね返るため息は熱く、語尾が震えた。
それでも来る炎の追撃にカドヤ先輩の手を取って後ろに下がった。屋上燃やし尽くす気か、あいつ。見えないくせにデタラメに追いかけやがって。
「翼、まだ壊れてませんね」
「…ああ」
「先輩のこと、気づいた人達にはあとで細工しておくので、とりあえずもう引っ込んでてください」
「…あれは俺を狙って」
「別に、俺でも問題ないでしょう。カドヤ先輩のトランプが破壊されないことが第一です」
「…トランプって、シオン、お前」
「…ちゃんと悪魔憑きですよ。俺も」
俺は定期入れからカードを取り出して見せる。
それに目を見開いたカドヤ先輩がちょっと可愛くて口角を上げてしまう。
しかしメラメラと燃え盛る炎に猶予がなくなってきて、カドヤ先輩に予備のお面を渡した。
「これ…」
「これ以上、顔晒すのもやばいです。記憶操作できるとは言え、そんなに沢山、魔力使ってらんないですから」
「…ほんとに、あれ、倒せんの」
「倒せますよ、ちゃんと。だから」
屋上の端に寄って校庭を見下ろす。炎の悪魔憑きが見えた。
「下ろして貰ってもいいですか」
さすがにここから飛び降りるのは勇気がいる。
カドヤ先輩は頷くと面をつけて真っ白な翼を広げた。
それは美しくて、大きくて、カドヤ先輩らしいとさえ思えた。
「…なんだ、お前。そいつのお仲間か?」
「お仲間だとしたらあんただよ」
炎を避けながらふわりと地面に降り立った俺とカドヤ先輩。
訝しげな男に面で見えないだろうがニヤリと笑ってやった。そのまま証明のためにカードを見せてやるとギラりと目が輝いたのがわかった。
「なぁんだ!本物の同類じゃねえか!」
「そういうこと!……逃げて」
小さく言うと、バサりと隣で翼が羽ばたく。先程まで2人でいた屋上に戻ったのを確認して、そのトランプを握りしめた。
「発動」
「燃え尽きろ!死に晒せ!」
カードの感触がなくなり冷たい金属の感触が現れる。
それを強く握りしめた。
……かつての先輩が1番大切なのは知識だった。数学をより深く知るための知識。
俺は知識を大事だとは思えなかった。1番大切なものはそれ自体でしか無かった。
「やってみよう。従え。
《炎-熱》は?」
俺はポインターを振った。