2 悪魔憑き
2 悪魔憑き
『その身に宿る魔法を失おうとも、罪を犯せしその覚悟。素晴らしい!
その罪の一端を担おう。代償は魂と1番大切なもの。
さあ、貴様の唯一はなんだ?』
悪魔は精霊と同じような存在だ、と俺たちは認識している。なんせ、精霊は王子に魔力を与えたあと、1度も姿を見せていない。
それに対して悪魔が姿を見せるのは、一部の犯罪者だ。
本来、犯罪者は犯罪を犯した時点で魔法を失う。
しかし一部……条件は分からない……一部の犯罪者には悪魔が現れる。そして失う精霊の魔法の代わりに悪魔の魔法を与えるのだ。
代償は死んだあとの魂と1番大切なもの。
その代わり与えられた魔法はとても強力なものもあるらしい。
一般的にそんな魔法を持つ犯罪者を『悪魔憑き』と呼ぶのだ。
『悪魔憑き』は本来こっそり身を潜めている存在だった。魔力はあるので以前と同じように暮らしているはずだった。
それが覆されたのが4月に一体の悪魔が電波ジャックを行い発表したとある内容からだった。
『この日本の悪魔憑きが16384名に達した。非常に多い数字だ。非常にキリのいい数字でもある。
この中の4名、いいか?4名だけだ。
願いを1つ叶えてやろう。
罪を無かったことにしたい。もっと強力な魔法が欲しい。死んだ人間を蘇らせて欲しい。大いに結構。
悪魔憑き同士で戦い、生き残った4名のどんな願いでも叶えてやろう。
しかし負ければ……分かっているな?』
途端に都会では戦闘は始まった。自衛隊が武器を持って鎮圧するまで騒ぎは収まらなかった。それまで普通に暮らしていた人々が強力な魔法で殺戮を始めたのだ。すぐに収まるわけもなかった。
一転してこっちの田舎はひとまず平穏だ。時々こうしてサイレンはなるものの、
ま ず ひ と が い な い。
あまりの過疎に人的被害は無いに等しい。そこには争った形跡が残る程度だった。
「ユカのお父さんって人の治癒力を活性化させる魔法を活かしてお医者さんやってるんだよね?現場に向かったりするの?」
「人に被害が出た時は行くって言ってた。けどまだ1回しか行ってないらしいよ」
「へえ」
「なんで捕まえないのかな、『悪魔憑き』。だって犯罪者なんだよね?魔法なしと同じように処刑すればいいのに。魔力がない人が魔法を使って育てられた食べ物食べて生きながらえても、毒にしかならないのにね」
「お前、ちゃんと説明聞いてなかったのか?『悪魔憑き』は悪魔の魔法を持ってる、つまりは魔力はある。なんなら精霊の魔法より強力だから魔力も普通より多い」
「あ、そっか。精霊の魔法しか持たない一般人は強力な魔法を持つ『悪魔憑き』を捕らえられない」
「そういうこと。現に自衛隊も収めはするけど捕獲してないだろ。『悪魔憑き』を捕えられる牢屋がまずないからだ」
「それってさ、なんか怖いよね。身の回りに自分を簡単に殺せる人殺しがいるってことでしょ?」
不安そうなユカを少し安心させたくて、おちゃらけたように笑みを作ってみせる。
「……過去に犯罪を犯してて魔法が強力なこと以外は普通の人間だし、よく知らないけど魔法には制限回数があるらしい。
ほら、ユカの馬鹿力なら1発で、ふべっ!」
「余計なんだよ一言」
頬にストレートを食らった俺はその剛腕の持ち主を涙目で見つめて訴えた。酷い、酷すぎる。
ふんっと鼻を鳴らすとヒラヒラと拳を解いて見せた。
「んじゃ、私、部活行ってくる。シオン、いつでもいいよ。戻っておいでよ」
「やだね。さっさと行け」
「もう!」
頬をふくらませてユカは教室を出ていく。それを見送って殴られた頬をさする。
ふと授業が終わってまだ教卓にいる先生に目を向けた。
黒板に残る計算式にふと目を細めれば、先生が教科書をまとめてスタスタと歩いてきた。
「納得いかないか?ユウキ」
「納得してますよ。ただタカハシ先生ならもっと簡単な方法教えてくれるのかと」
「ほお」
「あの解法は難しすぎます。もっと簡単に簡略に出来ないんですか?」
「無理だな、解法はあれが最短だ。あとはどれだけ暗算できるかだな」
納得のいかない答えにむっとすると柔らかく目が細められた。
「……お前と同じことを言った奴がいた」
「ヨツヤ先輩ですね。俺はあの人と違いますよ」
「あいつは少し過激だったからな。けど、数学に関しては超一流だ」
「『悪魔憑き』を擁護する言い方ですね」
「『悪魔憑き』を擁護しても俺の魔法は消えない。精霊様はそれを罪として認めてない」
ニヤリと口角を上げて、タカハシ先生は教科書で俺の頭をぽんと叩いた。
「あいつは数学を追い求めすぎた。数学に期待しすぎたとも言っていい。けどユウキはそうじゃないだろ?」
「俺は数学が好きなだけですよ。けど先輩も先輩ですよね。
数学なんてもう数百年前に進展が止まった学問のために罪を犯すなんて」
去年、卒業予定だった3年の先輩のことを思い出しながらくるりとシャーペンを回す。
ふわふわとした雰囲気の彼女が本気でニコリと笑うのは1分以上かかる難問にだけだった。
「ヨツヤもどこに消えたんだか…」
「さあ、案外近くにいる、かも…」
そう半笑いで窓の外を眺めて、その光に目を見開いた。
ポッケに手を伸ばして、窓に駆け寄った。
「ユウキ?…あれは」
あとから着いてきたタカハシ先生も目を細めてくっと眉を上げた
「先生、今すぐ校庭の運動部の退避!
結界張れる先生たちで校舎覆って、そっから自衛隊に電話!」
「ああ…すぐにやる」
「…なんでここに来るんだよ」
教室から出ていくタカハシ先生、その様子にただ事でない雰囲気を感じた残っていたクラスメートが次々に窓に駆け寄る。
嘘、とか、まじ?、とかそんな声が飛び交って、力強く悪態をついた。
「『悪魔憑き』がっ…」