モブNo.53:『そうか。じゃあもう切るぞ。晩飯用に庭先の茄子を取ってきておかないと母さんに叱られる』
テロリスト退治の祝勝会を抜け出して早々に帰ってきたのは良かったが、まだ報酬が支払われていなかった。
少々ショックではあったが納得もできる。
別に伯爵が支払いを渋っているわけではなく、地元の警備体制やエネルギープラントの再始動の準備。
軍や政府関係の調整などでかなりてんてこ舞いになってるからだろう。
そのまま傭兵への報酬を無視するような人じゃないだろうからそこは気長に待っていいだろう。
それなら2~3日はゆっくりする事にするかな。
そうして部屋に帰ってきたのは昼過ぎではあったが、部屋に帰ってまずすることは、掃除だ。
ゴミはないけどホコリが溜まるし、気分的に綺麗にしておきたいからね。
それが終われば次は買い出しだ。
今晩と明日の朝食、船に積んでおく水や清涼飲料やコーヒー、携帯食料なんかを買っておかないとね。
買い出しの時には、マンションの住人なら自由につかえる三輪のカートスクーターに乗って近くのマーケットに向かう。
そこで必要なものを買い込むわけだけど、新商品があったりすると好奇心で買ってみたり、お気に入りがなくなっていてへこんだりと、刺激があってなかなか楽しい。
そうして必要な物を買い終わり、マーケットを出ようとした時、小さな男の子が両親と手を繋いでマーケットに入って行った。
それをみた時、ふと両親の事を思い出した。
高校を卒業して、傭兵になってからも連絡は何度もしているし、映像通信で姿は見ているが、直接は会っていない。
会いに行こうとも思うが、傭兵という、ある意味真っ当ではない職にしか就けなかった自分が田舎に行っては、近所の人達にどんな後ろ指を指されるかわからない。
だから、仕送りとたまの通信だけにしている。
「かけてみるか……」
僕はマーケットの駐車場に行き、腕輪型端末で通信をかけた。
この腕輪型端末は画像がでるから相手の顔も見える。
『はい。ウーゾスです』
そうして画面にでてきたのは父さん、ジャック・ウーゾスだった。
父さんは僕と違い、やせ形で背も高い。
会社に勤めて居た頃は、女性の社員さんからは人気があったんじゃないかと勝手に思っている。
逆に母さん、ステラ・ウーゾスは、背が低めで、太っているわけではないがまるっとした印象がある。
つまり僕寄りだ。
「やあ父さん。いま、大丈夫?」
『どうした? 珍しいな』
久しぶりにみた父さんは、前と変わらず落ち着いた様子だった。
会社に勤めていたころは、いつも疲れていて何かに取り憑かれたような雰囲気だったし、濡れ衣を着せられた時には精気すら感じられなかった。
しかし会社を辞め、田舎で農業を始めてからは、憑き物が落ちたように落ち着いた雰囲気になった。
多分、色んなしがらみや責任が無くなったおかげだろう。
「ちょっとね。借金の方がどうなったか気になってさ。そろそろ完済出来る筈だと思うんだけど?」
『ああ。この前送ってくれたやつで、残りは100万クレジット程になったよ』
「それはよかった。しばらくしたら、近々(きんきん)にやった仕事の報酬がはいるから、それで完済しちゃおう」
『それぐらいならこっちの稼ぎでなんとかできる。キャベツの収穫もすんで収入もあったからな』
「だとしてもこっちに払わせてよ。1日でも早く完済したほうがいいでしょ?」
『そうだな。わかった。頼む』
元々が濡れ衣からの借金だ。
いつ言い掛かりを付けられて残金を増やされるかわからない。
そんなことをされないように、会社で父さんの味方をしてくれた人達が、そういう事に応じないまともな銀行にその負債を回してくれたので可能性は低いと思うが、なにがあるかはわからない。
だから早いうちに完済する方がいいのは間違いない。
それがわかっているので、父さんは静かに頭を下げ、僕の提案を受け入れてくれた。
「ところで母さんは?」
『午後の仕事が終わったら、お友達とカラオケにいったよ。カラオケダイエットとかいってな。以前私も連れていかれたんだが……疲れるだけだったよ……』
なんとなく恥ずかしいので、話題を変えてみたところ、アグレッシブな母さんの近況を、諦めのため息混じりに話してくれた。
疲れたって事は、それなりに効果があるんだろうか?
「相変わらずだね母さんは」
『お前はどうなんだ? 痩身治療ぐらいは受けれるだろう?』
母さんのダイエット行脚に呆れていたところに、父さんが意外な話を振ってきた。
痩身治療というのは、痩身薬を飲んで脂肪を強制燃焼させて痩せるというシロモノだ。
しかしその熱はかなり高く、約2日間は続き、さらには脂肪が無くなったことで伸びていた皮膚が収縮する期間を含めて、1週間は入院することになる。
その治療費はそれなりの額になるが、庶民でも払えない額ではない。
しかし問題は入院する必要があることと、庶民の予約を貴族が奪い取る可能性が高い事だ。
悪質なところだと代金すら奪われるなんて噂がある。
「今のところ受ける気はないかな」
だから興味はなかった。
『そういうところは母さんに似たな』
「身長は父さんに似たかったよ」
父さんは180㎝ぐらいあるけど、僕は170㎝に足りなかった。
そのあたりは本当に父さんに似て欲しかったかな。
『お前のほうは元気でやってるのか?』
「まあね。無茶な仕事は引き受けないようにしてるし」
『借金が終了したら連絡するから、一度帰ってこい。近所の評判は気にしなくていいからな』
どうやら僕が、近所の評判を気にして帰って来ないのを察していたらしい。
やっぱり父さんには敵わないね。
「こっちの予定があえばね」
『そうか。じゃあもう切るぞ。晩飯用に庭先の茄子を取ってきておかないと母さんに叱られる』
「僕もこれから晩飯だから失礼するよ」
そういって双方が通信を切る。
ふう。
やっぱりこういう電話は緊張するな。
部屋でかけていたら、なんとなく恥ずかしい空気が漂うからマーケットの駐車場でかけて正解だったな。
そうして部屋に帰り、自分で作った夕食を食べているときに、普段かかってくることのないゴンザレスから映像通信がかかってきた。
奇しくも、テロリスト退治に出発する前とは逆の状況だ。
『よう。生きて戻ってきたみたいだな』
「まあね。それで、そっちから電話なんて珍しいね」
深刻な表情はしていないから、何か不幸な話ではないのだろう。
『実は今日、クルスの奴に出くわしてさ。明日ヒマだから改めて会わないかって話になったんだよ。で、お前ならそろそろ戻ってないかと思って連絡したんだけど、どうだ?』
そういえば明日は休日か。
傭兵やってると曜日の感覚が無くなるんだよね。
「ちょうど休みにした所だから大丈夫だ」
『じゃあ、明日10時に駅前の『プレイスターハウス』な。クルスには俺の方から連絡しとくからさ』
「了解」
各人とは出くわしたり仕事をしにいったりしているが、3人そろうのは久しぶりだ。
「そういえば、あの時の会合とやらはどうなったの?」
出発前に情報を貰おうとした時の電話の内容を思い出し、軽く尋ねてみたところ、
『聞いてくれよ~~マジでセクハラ三昧でさ~~』
相当に打ちのめされたらしく、愚痴を吐き出してきた。
毎度世話になってるから、たまには愚痴くらい聞いてあげようかね。
新年明けましておめでとうございます。
本年度もよろしくお願いいたします
ご意見・ご感想・誤字報告よろしくお願いいたします




