モブNo.196∶「おう。えらいことになったぞ」
結論から言うと、公爵閣下は一命を取り留めた。
公爵閣下が撃たれたのが、肝臓のない左の脇腹で、膵臓などの重要な臓器に当たらなかった事、レーザーの口径が小さかった事、レーザーのおかげで傷口が焼け、出血がほとんど無かった事がその原因と考えられる。
勿論医者による素早く的確な処置もその原因だろう。
この辺はテレビのニュースが教えてくれた。
普通なら事態が落ち着くまでは警備が続けられるはずなのだが、事件直後の僕達傭兵はニュースをゆっくり見ることしか出来ていなかった。
その理由は、何としてでも首謀者を見つけて、出世の糸口にしようとした文官貴族共が、『傭兵の中に、今回の件にかかわった者がいるかもしれないから、船・積載物・汎用端末・データカードなど全てをチェックする』といいだし、何から何まで全て没収されてしまったのだ!
全部を疑うのは当然と言えば当然だけど、ちょっとやりすぎだ。
しかも、プラペーパー書籍の『大全集』まで持って行かれてしまった。
その事により、傭兵全員が暇を持て余していたからだ。
そんなおり、
『外部警備をしていた傭兵に手引きは不可能なはず。疑わねばならないのはわかるが、無駄な事までする必要はない』
と、文官貴族共に進言し、チェックを中断してくれた人物がいた。
その人物は、ガイ・アレハンドロ・ビューレン帝国軍少将で中央艦隊討伐部隊第9艦隊司令官である人物だ。
中央艦隊の司令官のなかでは、第7艦隊と同じくらい評判が良い部隊で、トーンチード准将とは同期らしい。
この人のおかげで、船や腕輪型端末や『大全集』が早めに帰ってきた。
そうして、全員の船・積載物・汎用端末・データカードなど全てが返却された時点で、傭兵の仕事は終了となった。
調印式のあとのパーティーは当然中止になり、これ以上外部からは攻撃されないだろうという判断だ。
こうして僕達は、またもや航空母艦の『ケアレ・スミス』に乗り、惑星イッツに戻る事になった。
イッツに戻っていつもの休暇をとり、強制依頼の報酬を受け取りにいくべくローンズのおっちゃんに話しかけると開口一番に、
「おう。えらいことになったぞ」
と、いってきた。
「今から話すことは、一般市民には話すなよ。実はさっき軍から通達が来てな。あの調印式の刺客、第7艦隊が引き込んだって話だ」
「は?」
僕は意味がわからなかった。
なんであの第7艦隊が?
しかし同時に第7艦隊がどういう部隊かを思い出した。
第7艦隊は、軍内部でも『鬼神』サラマス・トーンチードに率いられた最強部隊と名高いが、同時に『平民の寄せ集め部隊』と、貴族軍人に馬鹿にされていたりする事実がある。
それを考えると、日頃の小さな苛立ちが積もっていたり、貴族に対して大きな恨みがあったりする人物がいたとしても、そうなる可能性がなくはない。
さらには、もしトーンチード准将本人が皇族や貴族に恨みをもっていたりしたら解らなくもない。
「今現在、第7艦隊は行方不明。軍が躍起になって探しているらしい。もし見かけたら情報を寄越せってよ。あと、下手に刺激するなだとよ」
「まあそうだろうね」
しかし、一番皇帝陛下に忠誠を誓ってそうな人物がそんなことをするようには思えない。
ゴンザレスはなんか掴んでるかもしれないからこのあと聞きに行くか。
しかしなにより怖いのは、第7艦隊にゲルヒルデさんがいることだ。
正直勝てる気がしない。
ロスヴァイゼさんと違って、船を乗っ取るなんてことは出来ないっぽいけど、あの紅いビームだけでも脅威だ。
それと同時に、トーンチード准将の実家はどうしているんだろうと気になり、おっちゃんに聞いたところ、
「そういえば、トーンチード家はなんかコメントしてるの?」
「わからないの一点張りみたいだな。向こうも混乱してるんだろ」
どうやら家族もわかっていないらしい。
「で、仕事はどうする?」
おっちゃんは一覧を僕に差し出してきた。
しばらく悩んだ後、小規模海賊の討伐にいくことにした。
傭兵ギルドをでたあとは、当然ながら情報屋のところに向かった。
途中、『ウィッチ・ベーカリー』が、例の肉屋とコラボした、『懐かしいハムカツサンド』と『大きなホットドック』が 売っていたので思わず買ってしまった。
そしてパットソン調剤薬局に到着すると、またも開口一番、
「欲しい情報は第7艦隊関連か」
と、いってきた。
途中で買ったコーヒーと、『懐かしいハムカツサンド』と『大きなホットドック』と代金の入った封筒を差し出した。
そうして、コーヒーとハムカツサンドとホットドックを平らげた後、トーンチード准将の情報を集めてもらったところ、
◯サラマス・トーンチード准将の母親は平民かつ植民地民で、トーンチード家でメイドをしていたらしい。
◯その時に当主である伯爵の手つきになって子供が生まれた。それがサラマス少年だった。
◯サラマス少年の母は、息子を連れて職を辞するつもりだったが、伯爵の正妻が長男を産んだ後に身体を壊して子供が産めなくなっていたのもあり、長男の予備、もしくは長男が何かやらかした時の身代わりとして取り上げられ、トーンチード家の子供になる。
◯しかしトーンチード家は子育てをする気はなく、屋敷の離れを母親に与えて丸投げ。
◯サラマス少年は、トーンチード家の次男という立場ではあったが、扱いは使用人と同じ。しかし、家庭教師がつけられたり、学校への登校許可や、その際にトーンチード家の次男を名乗る許可は与えられた。
◯サラマス親子は、本邸で使用人の仕事をしている間は、正妻と長男、そして伯爵の妹である小姑から、嫌がらせやいじめを受けるようになった。
◯正妻と小姑は仲が悪い。にもかかわらず、サラマス親子をいじめる時だけは息が合った。
◯サラマス少年はその逆境にめげることなく努力し、帝国軍に入隊したが、かなりの短い期間で中央艦隊討伐部隊司令官にまで出世したエリート中のエリートになった。
◯逆に長男は家は継いだものの、領地経営はお粗末以下で、高い税金を徴収しているらしい。
◯軍の手当のほとんどは母に渡していたが、伯爵家の連中が吸い上げていた。
◯その母も1年ほど前に病気でなくなった。しかしそれは伯爵家による殺人だと噂された。
という情報が手に入った。
流石にトーンチード元准将の現在位置まではわからなかったが。
「真っ黒じゃん。貴族なのに貴族嫌いにもなろうってなもんだよ」
「意趣返しなんかね」
典型的な頭の悪い貴族のせいで、辛い人生を送って来たことには同情を禁じえない。
そして伯爵家の長男は、予備、身代わり、蔑みの対象だったやつが、大出世して『鬼神』とまで言われるようになった事には腸が煮え繰り返ったろう。
伯爵本人や正妻小姑あたりは、切り替えて歓迎したかもしれないけどね。
どちらにせよ、民間に情報を非公開にするのは、第7艦隊とサラマス・トーンチードが民衆に人気があるからだろう。
彼が自分の生い立ちを話し、打倒皇帝陛下を高々と宣言すれば、世論はかなり傾くだろう。
となると、見つけても知らないフリして後から報告かな。
あ、僕が引き受けた海賊の情報は、しょぼすぎてなかったそうです。
『平民の寄せ集め部隊』と書こうとしたときに誤変換で『ホイミンの寄せ集め部隊』になってしまいましたw
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