モブNo.191∶「早く逃げなさい!」
☆ ☆ ☆
【サイド∶エリサ・ラドゥーム:】
青である私とは対称的な、赤のカラーリングをしたFues-732『スイミナー』が爆発を起こした。
「姉さん!」
この時私は、姉・ルビナ・ラドゥームは助からないだろうという嫌な確信を得てしまった。
敵である『土埃』のビームが、姉の機体のコックピットに直撃したからだ。
逆に言えば、余裕のある敵に対しては、噴射口を破壊して鹵獲を狙う『土埃』に、それだけの余裕がなかったということになり、それだけ彼を追い詰めたと言っていいだろう。
もう少しで『土埃』を撃墜できる。
その一瞬の歓喜が油断を呼び、姉さんは『土埃』の反撃を食らい、撃墜された。
私は、『土埃』が体勢を整える前に、なんとかして攻撃を加えようとしたが、あっさりと『土埃』にかわされ、反撃を食らったが、幸い? いや、機体を鹵獲するためにわざと噴射口を破壊された。
やっぱり1人ではあの人には敵わない。
捕獲されて情報を与えるわけには行かないので、私はすぐに脱出装置を作動させた。
しかし、射出のスピードを最大にしていたせいでかなりの衝撃を食らい、射出後数秒しないうちに気絶してしまった。
普段ならそんなことはない。
しかしその時だけは、私は気を失ってしまったのだ。
私が意識を取り戻したのは医務室のベッドの上だった。
見知らぬ医務室ではなく、公爵領の惑星ギールフォートにある、健康診断や隠れてお菓子を食べる時にお世話になっている医務室だった。
そこだとわかった理由は、医務室のベッドの仕切りのカーテンに見事な刺繍が施されているからだ。
私は寝たままで身体のチェックをする。
怪我をした様子はなく、どこにも異常はなさそうだ。
そしてベッドから降りようとした時に、医務室のドアが開き、カーテンの向こうに人の気配がした。
入って来た軽い足音から、おそらくここの責任者のフローラ先生だろう。
そしてもう1人、少し重い足音がした。
その足音を聞いた私は、なぜかベッドから降りるのをやめた。
「保護時に気絶していましたが、外傷は見当たりませんでした」
フローラ先生は、私がまだ寝ていると思っているのか、もう1人と会話を始めた。
「帰ってきたのは『青犬』だけですか……」
もう1人の足音の主は執事長だった。
「はい。観測者の報告だと、部隊はテロリストの基地を破壊後、海賊団退治にきた傭兵達に発見されたので、指示通り目撃者の消去を選択、しかし返り討ちにあい撃墜、何名かは捕縛されかけましたが自害、生存者はエリサだけです。ルビナは死亡しました。捕らえたテロリスト達の乗っていた揚陸艇は軍が拿捕したそうです」
フローラ先生が、私が気絶したあとの状況を説明してくれる。
「基地の破壊と海賊団を装ったテロリストの壊滅が成功したのは僥倖ですね。後は、『赤犬』の処理もできたようですし」
『赤犬』の処理。
それを聞いた瞬間、私はすぐにでも飛び出して、執事長に掴みかかりたくなった。
『赤犬』『青犬』は、私達のコールサインだから気にならないが、処理という言葉は聞き捨てならなかった。
しかしいま出て行ってはいけない。
なぜかそんな予感がしたので、私はぐっと我慢した。
「しかし、なぜルビナを使い捨てるような事をするのですか?」
「『赤犬』は短慮なところがあり、元から外見至上主義の素養があり、こちらの指示を聞かないこともたびたびありましたしね。あのままでは公爵閣下の計画に支障をきたしかねない。だから処理したんです」
私は執事長の言葉に、全身を震わせていた。
私達は、今までずっと公爵閣下のために駒として働いてきた。
確かに最近の姉さんは、目に余る行動や言動が増えてきた。
でも姉さんは、公爵様の計画を邪魔したことなどはない。
それがなぜ、そんな簡単に処理されないといけないのか?
その時、執事長の口から信じられない言葉が飛び出した。
「あの赤犬は、公爵閣下の為だと何度説明しても、公爵閣下の派閥の有力貴族の一晩警護に姉妹で従事せよという命令を拒否したのも、今回の判断の要因の一つですかね。公爵閣下への忠誠心が足りない。公爵閣下に忠誠を誓う者は喜んでむかうと言うのに……」
「それって……」
執事長は、やれやれといった口調だったけれど、フローラ先生の反応から、ろくでもない事だと理解した。
そんな話、私は知らない。
どうやら私は姉さんに守られていたらしい。
「エリサはどうするつもりですか?」
「『青犬』は『赤犬』とは違っていくぶんか冷静だし頭もいい。使えるなら使うまでです」
「一晩警護は公爵様はご存知なんですか?」
「私は公爵様への忠誠心が高い者にしか話はしていません。無視する『赤犬』が間違っているのですよ」
「公爵様に忠誠を誓うこととソレは別のハズです!」
フローラ先生が執事長に抗議する。
しかし執事長は声を荒げることなく、
「そうそう。先生には感謝していますよ。貴女に教えていただいたカウンセリングプログラムのお陰で、『赤犬』はルッキズムに取り憑かれ、周囲の人間から疎まれ、首尾よく処理ができた」
フローラ先生ににこやかに感謝の言葉を述べた。
その言葉の意味が、私には分からなかった。
フローラ先生は、普段の体調管理はもちろん、一緒にお菓子を食べたり、ショッピングなんかにも一緒に行った、頼れるお姉さんといった感じだった。
そんな先生が姉さんを狂わせた?
一体どういうことなの?
そう悩んでいると、
「カウンセリングプログラムを悪用したのね!」
フローラ先生が執事長を怒鳴りつけた。
「あのカウンセリングプログラムは、自分のトラウマや悪い部分を自覚させ、それが発露した時の周囲の状況を認識させて、その原因を取り除くの。でも貴方は悪い部分を自覚させた後に肯定したのね! それでは悪い部分が増幅するだけよ!」
「その方が都合が良かったのでね」
少しの間無言になった後、フローラ先生が口を開いた。
「一晩護衛の件は貴方の独断ですね」
そう言われた瞬間、執事長が固まったような気がした。
「公爵閣下は規律に厳しい方ではありますが、同時に家族思いでもある方です。そんな公爵閣下が、部下の女性に売春まがいの事などさせるはずがないもの!」
フローラ先生の言葉を執事長は黙って聞いていたが、不意にプシュッという音がし、
「うぐっ!」
というフローラ先生の声が聞こえた。
「公爵閣下への忠誠心が高い者は、公爵閣下の為なら自ら進んで申し出るのが当たり前なのだよ」
勝ち誇ったような執事長の声を聞いた瞬間、私はついに我慢の限界が来た。
私はベッドから飛び出すと、執事長の顔面に向かって拳を繰り出した。
女の細腕とはいえ、それなりに鍛えてあるので、執事長の顔面に食らわせたストレートはなかなかに威力があり、不意打ちも手伝って、執事長を壁に激突させることができた。
「フローラ先生!」
私はすぐにフローラ先生に駆け寄る。
フローラ先生の胸には針が刺さっていて、周囲がドス黒く変色していた。
「すぐに解毒剤を!」
ここが医務室なのが不幸中の幸い。
すぐに汎用の解毒剤が見つかった。
そしてそれをフローラ先生に打とうとすると、執事長が動き始めた。
するとフローラ先生が私から解毒剤を奪い取り、
「早く逃げなさい!」
と、怒鳴りつけてきた。
そのフローラ先生の表情は真剣だった。
「クソッ! 飼い犬が!」
ふらふらと立ち上がった執事長が、短針銃をこちらに向けてきたので私は急いで部屋の外に逃げ出した。
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逃亡者2人目。
そしてモブがでないという……
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