モブNo.182∶「愚かな部下が失礼した。諸君らには良い働きを期待している」
『貴様等。今しばらくそこを動くな』
現場の最高責任者である、キーレクト・エルンディバー親衛隊長殿の立体映像での挨拶が終了し、後は配られたシフト表に合わせて、仕事を開始するだけの状況で、僕達傭兵と地元の警備兵が解散する直前にまったが掛かった。
そして、立体映像が消えた地上基地のホールにある壇上に1人の人影が姿を現した。
『諸君! 私が今回、親衛隊と共にテロリスト殲滅の任務を授かった中央艦隊討伐部隊第10艦隊司令官、アミラ・ロイラープス・ピシュマン中将だ。先に宣言する。貴様らの任務は巡回警備であり、少しでも怪しいことがあったら即座に報告することである。そして、たとえテロリストに運悪く出くわしても絶対に反撃せずに逃げろ。たとえ死んでもだ。テロリスト撃破は私達第10艦隊と親衛隊の任務であり、お前達がテロリストを撃破するのは越権行為だ。その場合は命令違反者として厳しく罰する! わかったな! 特に下民共は良く頭に叩き込んでおけ!』
という、マイクを通してありがたくないご訓示を賜ったのは、自己紹介にもあった通り、中央艦隊討伐部隊第10艦隊司令官、アミラ・ロイラープス・ピシュマン中将閣下だ。
情報どおり、ロングストレートの紅髪に金眼という、見た目だけならなかなかの美人だ。
ちなみに彼女のご訓示の内容は、数秒前にエルンディバー親衛隊長殿が話した内容とほぼ同じ、違うのは、親衛隊長殿は『テロリストに運悪く出くわした場合、逃げるか戦闘するかは任意』と言ったのに対して、中将閣下は『お前達がテロリストを撃破するのは越権行為だ。その場合は命令違反者として厳しく罰する! わかったな! 特に下民共は良く頭に叩き込んでおけ!』だ。
つまり、傭兵や地元の警備兵に対して、『たとえお前達が死ぬとしても、自分たちの手柄を取るな』と、宣言をしたんだよねこの人。
多分、御執心のエルンディバー親衛隊長殿に『自分は有能です』アピールがしたいんだろうけど、親衛隊長殿と真逆の主張して大丈夫なんですかね?
まあ間違いなく、傭兵や地元の警備兵なんかは死んでなんぼの消耗品な考えだなあれは。
平民と貴族を分けて、貴族を優先する。
分けた上で平等に扱うとはいってない。
まあ、典型的な御貴族様ってわけだね。
仕事を普通にやってれば問題はないだろう。
今回の巡回警備もやはりバディ制で、入れ替わりはなく、固定メンバーらしい。
僕の知り合いも何人か参加しているけど、僕のバディは、地元の警備兵の男性だった。
年齢は30前半ぐらい、必要最低限の会話しかしていないが、お互いに気にもせず、淡々と巡回警備をこなしていった。
この物凄くビジネスライクな感じは悪くなく、これなら問題なくやっていけると実感した。
しかし、やはり問題は起こった。
その問題は、僕が地上基地に帰ってくる前から起こっていた。
それは、第10艦隊の軍人達によるナンパだった。
正確にはナンパではなく、傭兵のなかでの貴族出身者や実力者を、第10艦隊にスカウトする話だったようだ。
まあ、一部は本当にナンパをしている輩もいるようだけど。
そこに混迷をくわえたのが、親衛隊の人材勧誘係、プリシラ・ハイリアット大尉のスカウトだ。
第10艦隊の連中が有能そうな人物と話して居るところに割って入り、とにかくアピールして次々とコナをかけていく。
まるで学校の悪徳サークル勧誘だ。
主な被害者はアーサー君とセイラ嬢のコンビと、ランベルト君とロスヴァイゼさんのコンビ、女王階級のカティ・アルプテトなんかだ。
そして当然だけど、僕やバーナードのおっさんみたいなのは、声をかけるどころか視界にも入っていないようだ。
勧誘対象になった人には悪いけど、おかげで平穏に仕事ができる。
そう思っていた矢先、食堂兼休憩室に乾いた音が鳴り響いた。
「貴様……侯爵令息のこの俺に平手打ちをするなど、どういう事がわかっているのだろうな!?」
「いきなり礼儀も弁えずに爵位をたずね、爵位が自分より低いとわかれば、躊躇なく女性の胸部を触ろうとする輩に分からせただけです!」
そしてすぐに男女の怒鳴り合う声が聞こえてきた。
しかも女性のほうに聞き覚えがあった。
「俺は侯爵令息だぞ! その俺に逆らうのか?!」
「セクハラ行為は何者であろうと罰せられます!」
女性、シオラ・ディロパーズ嬢は毅然とした態度で、あからさまにお坊ちゃんな感じの軍服を着た青年を睨みつけていた。
「おいよせ! 悪いのはお前のほうだぞ!」
「規律違反で軍法会議にかけられたいのか!」
侯爵令息の同僚らしい第10艦隊の軍人が抑え込んで諌めているが、当の本人は怒り心頭らしい。
「五月蝿い! 俺は侯爵令息だぞ! たかだか男爵の娘なら俺の命令に逆らうな!」
お坊ちゃんは、傭兵はもちろん、同僚の軍人達、特に女性達から軽蔑の眼差しを向けられているが気がついた様子はない。
そしてさらに、
「そもそも何で一番身分の高い俺が艦隊司令官に任命されないんだ!」
と、のたまった。
軍では普通、階級で役職がきまるのだから、まずは爵位でコネを駆使して高い役職につくべきだろう。
「そうはいっても、お前も俺も大尉なんだから艦隊司令官になんかなれるわけないだろうが!」
「所詮俺達は次男三男だからな。考慮なんかしてくるわけないだろ?」
同僚はしっかりしているようだが、お坊ちゃんは理解してないらしいね。
「じゃああの赤毛女はなんなんだよ? たかが伯爵令嬢がなんで中将で、艦隊司令官なんだよ?」
どうやら貴族軍人にも色々悩みはあるらしい。
もしかしてそのストレスを解消するために、平民や植民地民に嫌がらせをするのか?
だとしたらとんだ迷惑だ。
「それは、貴様より様々な鍛錬と勉強をし、戦場で戦果を挙げて来たからだ。後方で怯え震えていた貴様と違ってな」
そこに現れたのは、部下をひきつれた、お坊ちゃんの話の中に出てきた赤毛女こと、アミラ・ロイラープス・ピシュマン中将閣下だった。
「部下が貴族傭兵の勧誘に向ったというから様子を見に来たのだが……まさか私への悪口雑言が聞けるとはな」
「い……いえ……今のはその……」
先ほどの勢いは何処へやら、中将閣下の迫力に、お坊ちゃんは完全に萎縮してしまっていた。
「まあ良い。上司上官というのは部下からの多少の悪口ぐらいは受け入れるのが度量というものだ」
中将閣下はにっこりと笑顔を浮かべる。
それを見てお坊ちゃんはほっとした表情を浮かべる。
しかし次の瞬間、中将閣下はお坊ちゃんの足を思い切りかかとで踏みつけ、
「だがそれは、非番の時の酒の席で思わず出た場合や、誰にも聞かせるつもりも無く1人で呟いているのを聞いた場合だ。貴様のような無能が、当番の最中、軍人だけでなく、傭兵や地元の警備兵達衆人環視の前で吐き出したものが許されると思うなよ?」
笑顔のままでお坊ちゃんに告げた。
「懲罰房に連れていけ」
中将閣下の指示に、部下はお坊ちゃんを捕まえ、
「愚かな部下が失礼した。諸君らには良い働きを期待している」
それだけ言って、中将閣下は食堂兼休憩室をでていった。
部下を叱る姿や発言から考えると、壇上でふざけた宣言をした彼女と同一人物だとは思えなかった。
もしかすると、この騒動は仕込みだったのかな?
だとしたら、ディロパーズ嬢はとんだとばっちりだね。
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