モブNo.169∶「そうですか。それでは仕方ないですね。あきらめましょう」
「私は中央艦隊討伐部隊第12艦隊所属のハルエ・ルドマンと申します。貴方をスカウトにきました!」
僕の目の前で、仁王立ちしている女性、ハルエ・ルドマン嬢は、一番言って欲しくない台詞を口にしてきた。
確か第12艦隊の司令官はシュナイア・サウスグスト准将で爵位は侯爵。
噂だと元は平民で、新兵のころは突入部隊に所属していて、サウスグスト侯爵夫妻を救出したことから、子供のいなかった侯爵夫妻の養子となり、艦隊司令官にまでのし上がったらしい。しかしなぜか軍の資料にも顔写真がない。
これは、純血貴族の嫌がらせだというのが信憑性が高い。
そんな謎の人の部下が、僕をスカウトにやってきている。
「立ち話もなんですし、あそこにいきませんか?」
すると、近くにあったオシャレカフェを指差した。
そのオシャレカフェ『エニノーロ』の店内は、床は木、壁や天井は煉瓦という、レトロなものを使いつつも、最新の設備やオシャレな感じな店だった。
「すみません。この、『特製!季節のフルーツを使ったデラックスパフェ』下さい!」
ルドマン嬢は、席に着くなり2500クレジットもするパフェを嬉々としながら注文した。
僕は当然コーヒーだ。
店員さんが注文を受けて下がると、ルドマン嬢は改めて僕を見つめてきて、
「さて。先ほども申しましたが、ジョン・ウーゾスさん。第12艦隊に入隊するつもりはありませんか?」
と、ストレートに話を振ってきた。
軍の人なのを考えると、かなりしつこいはずだ。
それでも意を決して、
「申し訳ありませんが、その気はありません。お断りします」
ストレートに要求を断った。
さあ、どんな甘い話、もしくは脅しが来るのかと身構えていると、
「そうですか。それでは仕方ないですね。あきらめましょう」
という、あっさりとした返答が返ってきた。
何かの罠かと疑いながら、どう返事をしようかと悩んでいると、
「実は今回『ブレスキン将軍の部隊と戦って勝利した、傭兵ギルドイッツ支部の傭兵をスカウトするように』と指示を受けたんです。ですから既に貴方以外の人にも声をかけ、もう何人もスカウト済みなんです。貴方のように断る方もいましたから、今更1人断られたところで粘着しませんよ」
と、僕の疑問に答えてくれた。
「ああ……そうなんですね」
どうやら将軍閣下は、僕のことは吹聴はしなかったらしい。
「それに貴方を見かけたのはたまたまなんですよ。貴方、闇市商店街に行きましたよね?」
「はい。友人がいるので」
「私はあそこではちょっとは名前が知れていましてね。貴方もあそこに行くなら『ヴァイオレット・アラーニェ』の名前を聞いたことがありませんか?」
そしていきなり闇市商店街の名前が出てきたと思ったら、いきなりチョキの形にした左手を左目の前で横にかざした。
ああ。この人はあっちの住人なのか……。
「いえ……残念ながら……」
「そう……ですか……」
そして僕はその名前を知らないので、正直に答えたところ、ものすごく恥ずかしそうにポーズを解除していった。
「でもそれで、片方の目にカラーコンタクトをいれてるんですね」
そして、ちょっとはフォローしようと、左右の瞳の色のことを話題にしたところ、
「いえ。左目は突入部隊にいた頃に、救出対象の民間人を庇った時に失ってしまいましたので、今はサイバーの儀眼を装着しています」
という、いじってはいけないネタに触れてしまった。
「これって視力はもちろん、望遠・顕微・暗視・サーモグラフィの機能がある上に、情報網につなげて調べものまでできるんですよ。。虹彩が赤なのは、もちろんその方がかっこいいからですけどね!」
と、思ったのだけど、その必要はなかったようで、ルドマン嬢は誇らしげに左目を開いて見せる。
そしてその話によってわかった事だが、もしかしてこの人は司令官の突入部隊時代からの部下なのだろうということだ。
「ともかくジョン・ウーゾスさん。貴方はスカウトに応じる気はない。それで間違いありませんね」
「はい」
「了解しました。上司には、他の方たちの返答と一緒に報告書を提出しておきますね。あ、ここの支払いは当然こちらが持ちますからご心配なく。に、してもパフェ遅いですね」
ルドマン嬢が不満そうにしていると、
「お待たせしました。『特製!季節のフルーツを使ったデラックスパフェ』とコーヒーでございます」
「おー! きたきた!」
色々なフルーツとアイスと生クリームなどがのった大きめのパフェとコーヒーが運ばれてくると、彼女は嬉しそうに、かつものすごい勢いでパフェを食べ始めた。
僕は素早くコーヒーを飲むと、
「じゃあ僕はこれで失礼しますね」
といって、テーブルに5千クレジット札を置いてから店を出た。
軍人さんとはいえ、こんな美人と必要以上に一緒にいるのはよろしくないからね。
☆ ☆ ☆
【サイド∶ハルエ・ルドマン】
私がフルーツパフェを食べているうちに、ウーゾス氏は代金を置いて帰っていってしまった。
支払いはこちらが持つっていったのに律儀だなあ。
でもせっかく軍資金が出来たんだし、せっかくなら『スペシャル生キャラメルパフェ』も頼もうかな。
そんなことを考えながらパフェを食べていると、
「あ、いたいた。なにを呑気にパフェを食べてるんですか? こっちは真面目にスカウトをしていたのに」
私に声をかけてきたのは、黒髪でボブカット。眼鏡をかけ、私と同じ軍服を着た長身の女、スフィーナ・クラハラ少佐だった。
「何言ってるかな。こっちはスカウトの仕事が終わったばっかりだっての」
スフィーナは席に着くと、テーブルの5千クレジット札と空のコーヒーカップに視線を向ける。
「なるほど。それで首尾は?」
「ハズレ。即答で断られた。そっちは?」
「芳しくはありませんね。欲しい人材にはほとんど断られています」
スフィーナは板状端末を操作し、リストをチェックしていく。
「『羽兜』に『緑柱石の薔薇』に『白騎士』。そして『土埃』にも断られるとはねえ。あむっ」
私は最後まで残した苺を口に放り込む。
「おまけに第12艦隊の司令官のネームバリューのせいで、貴族出身の傭兵には大概断られました」
「仕方ないよ。『侯爵家を乗っ取った平民』だからね」
「自覚があるならもう少しそれらしくしてください、シュナイア・サウスグスト准将閣下」
スフィーナは私の本名を呼称すると、店員を呼び、『エクストリームチョコレートパフェ』を頼んだ。
『侯爵家を乗っ取った平民』
私がそう呼ばれるのは、平民であり、突入部隊の小隊長だった私が、子供のいなかったサウスグスト侯爵夫妻の養子になったからだ。
名誉のためにいうと、サウスグスト侯爵夫妻にはきちんとした跡取り息子がいた。
しかし幼いころに誤って毒物が混入した食品を食べてしまい、亡くなってしまった。
それから数年してまた男の子を授かった。
しかしその息子さんが10歳になったとき、交通事故で亡くなってしまったという。
学校からの下校中の車に乗っていた時に、コンピューターの制御のついてない車で飲酒運転をしていた男の車が突っ込んできて亡くなったらしい。
夫人はその時のショックで体調を崩し子供が産めなくなったらしい。
それ以降は子供を持つのが怖くなり、人工子宮を使用しての出産も拒否したらしい。
しかも子供の死亡が、侯爵位が欲しい夫人の甥っ子(32)の差し金ではないかと判明した時、侯爵夫妻は怒り狂ったが、証拠が無いと言われて涙を飲んだそうだ。
それから4年後、侯爵夫妻が旅行中にテロリストの占拠に巻き込まれてしまい。それを救出したのが、突入部隊であった私の小隊だった。
その事がきっかけで、侯爵家を滅亡させたくはないが、甥っ子には渡したくない夫妻の要望で、私、シュナイア・ハルエット・フォルマンは、侯爵夫妻の養子となり、シュナイア・サウスグスト侯爵令嬢となり、第12艦隊の司令官に任命された時に、侯爵位を正式に継承した。
ちなみに軍の資料に顔写真がないのは、どうせ嫌がらせされるだろうと予想し、載せないように自分からお願いした。
ありがたいことに艦隊司令の大半にはよくしてもらっていて、艦隊の戦力強化のために、ブレスキン将軍から有能な傭兵の一覧を横流ししてもらったのに、釣れたのは小物ばっかりだった。
「そうはいっても、外見ばっかりはどうしようもないから……ねっ!」
お説教をしようとしたスフィーナの『エクストリームチョコレートパフェ』に乗っていたチョコマカロンを奪い取る。
「あっ! 私のマカロン!」
「上官に説教しようとするからだ!」
スフィーナは突入部隊時代からの私の部下で信頼できる相棒だ。
取り敢えず、確保した人材を使えるようにすることから始めますか。
★ ★ ★
司令官を名乗らなかったのは、相手を威圧しないためと、信じてもらえないからです。
2人の子供の死亡が甥っ子の仕業と理解したのは、甥っ子(32)が第二子の葬式の時に、
「叔父上、叔母上。お子様を亡くされてさぞかしお辛いでしょう。そうだ! 私が貴方様の家族になりましょう!」
と、にやにやしながら言い放ったのが原因。
甥っ子は
「侯爵家存続のためには、どうせ受けいれるしかないんだから」と油断
その4年後、叔父叔母夫婦がシュナイアを養子にしたのは、自分を婿として迎え入れるためだと思い込んで油断。
そうしたら、叔父はシュナイアに爵位を継承させてしまった。
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