モブNo.165∶「さあねえ。後は警察に頑張ってもらおうよ」
当然ではあるが、若いデブリ屋達は警察に逮捕された。
会社からは懲戒解雇を言い渡され、今日までの賃金も没収になったそうだ。
僕のほうは、銃を撃ったことは正当防衛と周囲の安全確保のための行動ということで、お咎めは無かった。
その後は、シフト交代の時間まで通常通りの仕事をやりとげた。
そうして仕事が終わり、夕食をとろうとした時に、ディロパーズ嬢とアーサー君とセイラ嬢が近くに座ってきた。
「昼間は大変でしたね」
アーサー君がお疲れ様でしたという表情で話しかけてくる。
「あんなヨタ話を信じる奴がいたこと自体、デブリ屋さんたちは驚いてたよ」
部外者である僕が聞いても、都市伝説、ヨタ話、教訓話だとわかるのに、なんで彼等は信用してしまったんだろう?
やっぱり、――自分達は特別だから手に入るはずだ――とか思い込んでしまったんだろうか?
「それにしてもあの胎児の標本みたいなのは何だったんでしょうね?」
アーサー君もあの胎児は気になっているらしい。
「さあねえ。後は警察に頑張ってもらおうよ」
主人公の彼なら捜査に乗り出して正体を突き止められそうだけど、僕では無理な話だ。
「ウーゾスさんは、意外と銃の腕はよろしいんですね」
そして自称アーサー君の婚約者のセイラ・サイニッダ嬢も話しかけてきた。
「素人さんよりはね……」
彼女は間違いなく美人であり、本来なら僕が会話が出来るような相手ではない。
アーサー君というクッションがあるからなんとか会話が出来ているといっていい。
まあ、仕事関係の報・連・相なら平然と会話は可能だけど。
あと、評価をしてくれるのはありがたいけど、銃はそんなに得意じゃないんだよね。
「あの……ウーゾスさん。お伺いしても良いですか?」
今まで黙っていたディロパーズ嬢が、やけに真剣な表情で話しかけてきた。
「なに……かな?」
「どうやったら貴方みたいに正確な動きができるんですか?」
その彼女の質問に、何故かアーサー君もこちらを見つめてきた。ついでにセイラ嬢まで。
美男美女に見つめられるというのは、意外とプレッシャーがかかるものだ。
「動きを意識しながら、ひたすら繰り返し訓練することかなあ……」
本当なら、感心されるぐらいの名言を言うべきなのかもしれないが、
僕は自分がやっていることを言うのが精一杯だった。
その日以降、何故かアーサー君とセイラ嬢とディロパーズ嬢は、たまたまあった訓練用シミュレーターで訓練をするようになっていた。
翌日。
あの胎児がいったいなんだったかが判明した。
あれは実は、入っていたトランクからして映画用の小道具だったらしい。
なんでも、50年以上前にかなりの製作費をかけて作っていたらしいけど、途中でスポンサーが降りてしまい、頓挫したのだそうだ。
そしてあのトランクは、スタッフが給料の代わりに盗み出して売り飛ばし、その後は行方知れずになったそうだ。
あの精巧さからすると、かなりの製作費がかかっていそうだ。
でも……本当にあれ人形だったのかな?
そんな疑問が一瞬浮かんだが、考えても無駄なのでやめた。
☆ ☆ ☆
【サイド∶第三者視点】
アルティシュルト・ビンギル・オーヴォールス公爵の領地の主星である惑星タンネムットにある公爵の屋敷にある遊戯室で、公爵は1人撞球に興じていた。
年齢を感じさせないしっかりしたフォームで手球を突き、見事に9のボールをポケットに沈めた。
それと同時にノックの音が響いた。
公爵が入室許可を出すと、執事がワゴンを押しながら入ってくる。
そのワゴンには布がかけられていた。
「閣下。ご指示の物が到着いたしました」
「うむ。動いてくれたものには、よく礼をいっておいてくれ」
「かしこまりました」
公爵はビリヤードのキューを所定の場所にしまうと、布のかけられたワゴンに近づき、その布を取り払った。
そこには、透明な筒の上下を金属製の蓋と底に挟まれた容器の中に何かの水溶液が満たされており、その中には人間の胎児が浸けられていた。
公爵はそれを訝し気に見つめた。
「まさかまだ残っていたとはな……」
「閣下。その胎児は生体兵器だとは伺っていますが、何故御手元に? 回収先で処分を御命令すればよろしいのでは?」
執事は、これが何であるかは主人から聞いているが、何故手元に持ってこさせるかは知らないらしい。
すると公爵はそれを手に取り、
「発見した者達には映画の小道具だと報告し、回収した者達には、私の父、第34代銀河大帝国皇帝、ガッドベーラント・マリス・オーヴォールスが秘密裏に作らせた生体兵器だと知らせている。が、これは……我が父。正確には、第34代銀河大帝国皇帝、ガッドベーラント・マリス・オーヴォールスのクローンなのだ」
と、言い放った。
その言葉に、執事は大きく目を見開いた。
驚愕の声を上げなかったのは、長年仕えてきた執事のプライドの成せる技であった。
公爵はそれをワゴンに戻すと、撞球台の脇に置いてある小さなテーブルにある、かなり氷の溶けたウイスキーのグラスを少し傾けると、静かに語り始めた。
「我が父は死を恐れた。だが同時に機械の身体は嫌った。しかし長くは生きたい。そこで考えたのが、クローンを製作し、身体に不調が生じたり、重傷を負ってしまった時にクローンに脳を移植するという準備を整えた。さらに、1日の終わりに生体コンピューターに自分の記憶を保管させておき、脳すら駄目になった時には、そのクローンに記憶を刷り込み生きながらえるという、実に陳腐でおぞましい準備をしていたのだ」
「しかし、ガッドベーラント陛下は亡くなっておられますよね?」
「父の死は偶然だった。長兄であるエーギス・アルサンドス・オーヴォールスはそのタイミングで、父の記憶を有する生体コンピューターと父のクローンを全て破壊した。父が生きていたら、己が皇帝になる事が出来ないからな。私と、次兄であるラグダロン・ヘイルド・オーヴォールスも、もしそんなもので父が生き延びていれば、帝国は近いうちに必ず滅んでしまうと考えていたから、エーギス兄さんに賛同し、父の全てを滅ぼした。しかし、クローンだけは他の場所でも生産されていることがわかり、私はエーギス兄さんの命令で、諜報部隊を率いて国内を放浪しながら、クローンの生産工場を探し回った」
そう言うと、残っていた氷入りのウイスキーを飲み干した。
「お若い時の閣下の放浪癖は、それが真実だったのですね!」
「もちろん、色々な物がこの目で見れて楽しくもあったがね」
公爵はグラスに新たにウイスキーを注ぐと、今度はストレートでグラスを傾けた。
「そして全てのクローンを消滅させた後に、エーギス兄さんが不意の病で急死した。まあ実際には、遊びで連れ込んだ女とお楽しみの時に腹上死したというのが真相だがね。だが、エーギス兄さんに妻が居なかったのは幸いだった。エーギス兄さんも、父ほどひどくないとはいえ、いい統治者ではなかったからね。その後は歴史書にもかいてある通りだ。さて、船を用意してくれ。私自身がやらなければならないことがある」
公爵はウイスキーのグラスを置くと、胎児の、いや、父の入った筒を手に、準備をするべく部屋を出ていった。
公爵は船を出させると、一番近い恒星テアルトのコロナ層ギリギリのところにまで船を進めさせていた。
その船のエアロック内部に、宇宙服を着た公爵がおり、その手には父親のクローンが入った筒があった。
『閣下。準備できました。ハッチのロックを解除します』
「頼む」
『ロック解除。お気をつけ下さい』
「大丈夫だ」
公爵自らがハッチを開け、恒星テアルトに向かって、父のクローンが入ったカプセルを投げた。
カプセルは回転しながらまっすぐに飛んでいき、恒星の重力圏に捕まった瞬間、一瞬で蒸発した。
『目標、コロナ層に到着。蒸発を確認』
公爵は、その光景を一瞬たりとも目を離さなかった。
そしてポツリと、
「これで本当にお別れですな。父上……」
と、つぶやいた。
年末年始は色々私用があり、来週は更新をお休みさせていただきます。
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