モブNo.154:「やれやれようやく順番か。では失礼するよ、ジョン・ウーゾスくん。あいたたたた……」
今回僕が人間ドックを受けるマイルネン総合病院は、ゴンザレスいわくスケベジジイと言われる、現院長のマサジッサ・カルメストス氏で5代目の院長であり、病院名のマイルネンは初代院長の、エイルザール・マイルネン女史の名字である。
惑星イッツの星都であるイツィスにあるショロック湾の中央にある総面積140,000㎡の人工島の全てを敷地に持ち、地上20階地下3階、診療科や検査施設のある本棟の病床数は4500。
別棟は地上5階地下2階で病床のみ。病床数は500。
デイケアセンターに、老人ホーム。スポーツ施設を兼ねたリハビリセンター、数か所ある院内レストランとカフェとコンビニ。図書館、散策用の庭園、巨大な駐車場と駐艇場、海上用船舶の停泊所に職員宿舎まである。
診療科は、総合診療科をはじめとして36もの診療科を網羅し、医療施設も、検査部・採血所・各種処置室、相談室・手術室・各種集中治療室・薬剤室などが揃っている超巨大な総合病院だ。
アクセスは3本ある車道と歩道、2本の鉄道と船舶があり、エア・カーや大気圏内用航空機・小型艇などでの来院も可能である。
これが個人の民間医療機関というのが本当に凄いと言わざるをえない。
同じ星都内とはいえ、ちょっと離れているので、僕はほんのりした旅行気分を味わうべく、列車に乗って病院にやってきた。
建物は綺麗でとにかくデカイ。
思わず気後れしそうになるが、なんとか中に入り、受付を済ませると、
「今回人間ドックを受診するジョン・ウーゾス様ですね?今回貴方の担当になります、看護師のミリウともうします」
「よろしくお願いします」
「では、病室にご案内しますね」
僕は彼女の後ろをついていく。
ちなみにこのミリウさんは人間そっくりの外見だがアンドロイドだ。
その理由としては、首の一部分が金属になっているからだ。
こうする事でサイボーグの人間とアンドロイドを区別しているわけだ。
その彼女に案内されたのは個室の1525号室で、なかなかに眺めもいい。
「それではお荷物を置かれましたら早速開始したいのですがよろしいですか?」
「あっ、はい」
「まずは汎用端末や貴金属などを外して、こちらのリストバンドを着けて下さい。これが身分証明書であり、個室のロッカーの鍵であり、カルテのデータ端末になりますので、全日程が終了するまで外さないでくださいね。その後はこちらの入院着に着替えて下さい。下着は着用下さい。お荷物はロッカーに入れておいてくださいね。では外でお待ちしますね」
とりあえず言われたとおりに、入院着に着替え、全てをロッカーに入れて鍵を掛け、部屋の外にでると、
「ではまず身体測定からですね。こちらです」
と、にこやかな笑顔で、検査室までの案内をしてくれた。
それから夕方までぶっ続けで様々な、検査が行われた。
大抵は大型の機械によっての検査と、採血や体液採取といった検査がメインで、これが翌日の夕方まで続くわけだが、時々レトロな検査があったりするのが、ここの院長のこだわりらしい。
昼食がなかったのは、そのレトロな内臓検査のためで、バリウム(造影剤)を飲まされた上に、発泡剤(炭酸)で胃を膨らませ、X線を連続的に照射しながら食道、胃、十二指腸の病変をチェック、撮影する検査なのだが、終わるまでげっぷをしてはいけないという苦行があったりする。
正式には「上部消化管X線検査」と言うらしい。
そんな苦行が終わると、ようやく病室に戻ってきた。
するとちょうど夕食の時間になった。
廊下に食事の配膳されたワゴンがやってくるので、動ける人は自分の名前の書いたプレートのあるトレイを受け取って自室に戻っていく。
食事のメニューは御飯にわかめの味噌汁にぶりの照焼に小松菜のおひたしという、食事制限のない感じのメニューだった。
まあ人間ドックでの入院だから当然と言えば当然だ。
しかしなんで病室の夕食はあんなに早いんだろうね?
夕食が終わると、消灯までは時間があったので、一つのフロアに一つだけある談話室にいってみた。
談話室にはいくつものテーブルや椅子、ソファーセットなどがあり、大きなテレビもあった。
床から天井までのガラスの大きなはめ殺し窓があり、室内はとても明るい。
その談話室には、大きなテレビでサッカーの試合を見ている子供から老人までの男女がいたり、その試合結果を気にしながらも艦隊チェスに興じる爺さん達がいたり、携帯ゲームに熱中している子供達がいたり、入院着でビジネスの話をしている男女がいたり、我関せず とばかりに読書をする老夫人など、様々な人達が集まっていた。
個室も多人数部屋もテレビや無線LANは無料なのだが、やっぱり入院中は人との繋がりが欲しくなったりするんだろうか?
僕もテレビから遠いところに座り、しばらく試合を見たあと、コンビニのある1階まで降りて、メタルボトルのコーヒーを買って部屋に戻った。
その時の1階は、普段の2割ほどしか明かりが点灯しておらず、ちょっとだけ不気味だったのは秘密だ。
翌朝は7時起床で、朝食は7時半。メニューはプラパックの牛乳に焼いてない食パンにイチゴジャム、ハムエッグ、千切りキャベツ、ミカンのシロップ漬けという感じだった。
そうして朝食が終わると、ミリウさんが迎えに来て、直ぐに検査が開始された。
色々な検査が進み、昼近くになったときに、色々な検査場の集まっている場所での待合室にやってきた。
すると、来院や入院の患者さんの検査との兼ね合いで、待ちの人が何人か溜まっていた。
よくある事と納得し、長椅子に座っていると、隣に座っていた爺さんが話しかけてきた。
「お若いのに、どこか悪くしたのかね?」
「いえ、人間ドックの検査なんですよ」
「ほう。それはいい心がけですな。私なんか仕事ばかりで、おかげで内臓に負担が……いててて……」
「大丈夫ですか?」
「いつものことでね。大丈夫大丈夫」
話しかけてきた爺さんは、苦しそうな顔で腹を押さえる仕草をする。
するとそこに看護師アンドロイドが現れ、
「ゴルフォックスさん。おまたせいたしました」
と、爺さんを迎えに来た。
その爺さんの姓を聞いて、僕はある人物をおもいだした。
もちろん同じ名字がないわけではないけど、思い出した人物はひとりだけ、中央艦隊討伐部隊第8艦隊司令官、キーン・ゴルフォックス帝国軍大将閣下だ。
若手の育成に尽力し、教鞭も取っているため『教授』といわれているが、『古狸』とか『ぬらりひょん』とか言われている、食えない爺さんとしての方が有名だ。
ゴルフォックスと呼ばれた爺さんはゆっくりと立ち上がり、
「やれやれようやく順番か。では失礼するよ、ジョン・ウーゾスくん。あいたたたた……」
と、僕に声をかけてから、にこやかな笑みを浮かべたまま痛みに耐えつつ、看護師の後をついていった。
僕はその瞬間寒気が走った。
表情は、腹の痛みがあるのが苦しそうにしてはいるが、その細い目は笑っていないように見えた。
正直その後の検査はよく覚えていない。
一つ言えることは、肥満以外は健康に問題がない事と、痩身手術を受けるなら当院で。貴族に横入りはさせませんという、医者のPRが露骨過ぎた事ぐらいだ。
将軍閣下は、友人であるマサジッサ・カルメストス院長に言われて、渋々人間ドックを受けに来た初日にモブにでくわし、「資料でみた青年だ」と理解して話しかけました。胃痛はマジモノです。
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