モブNo.147:「そうですか……よかった……」
僕はマルダオ氏の手首に手錠をかけると、すぐに警察に連絡した。
戦闘艇の回収もお願いしたので、輸送用のシャトルの用意もあり、少し時間がかかるらしい。
そうして警察を待っている間、マルダオ氏は何があったかを語り始めた。
「私は少し前までは、それなりに稼いでいるビジネスマンをしていたんです。妻も娘も居て、単身赴任でしたが、平穏な生活をおくっていました。ところが会社経営者の貴族が例のクーデターに参加し敗北。経営者の貴族は組織の中心に近い人物だったので逮捕され、その影響で会社は倒産しました」
どうやらマルダオ氏が海賊になったのは最近のことらしい。
マルダオ氏は虚空を見つめながら話を続けた。
「その会社の最後の出社日に、仕事で使っていた中古の宇宙艇を退職金代わりにいただく事にしたんです。売り飛ばして少しでも現金にしようと思いましてね。私以外にも色んな人達が会社の備品やらなにやらを持っていってました。何しろ経営者一家が現金や株券、貴金属などは全て持ち逃げしてしまいましたからね。そんな中で宇宙艇を手に入れた私は運が良かったんです。そしてそのまま家族の待つ惑星に向かいました。でもその移動中にたまたま出くわした人達に海賊と間違われてしまったんです。もちろん否定はしたんですが信じてくれませんでしたし、向こうが押し付けるように渡してきた現金とデータマネーに、私は目が眩んだんです。それを退職金だと言って渡したら、妻と娘は大喜びしました。もちろん海賊をしてしまったことは秘密です。普段から帰ってくるなとか、ATMがとかいわれて要らないもの扱いされていた私が、大歓迎されました。嬉しかった……本当に……」
マルダオ氏は、その時のことを思い出したのか、静かに涙を流した。
しかしすぐに表情を戻し、話をつづけた。
「私はその妻と娘の笑顔が見たくて、仕事にいくといって再び海賊行為をしてしまいました。最初はともかく、今度は捕まるかもと思っていましたが、捕まりませんでした。更にはネキレルマとの戦争が始まった事で、その手のパトロールが減ったおかげで、捕まる事なく何度も何度も繰り返したんです。そしてその日も、妻と娘に喜んで貰おうと三回ほど仕事して帰って来た時、たまたま妻が妻の友達とオープンカフェで話しているところを見かけたんです。その話の内容は、
『スティーブ、何か悪いことをして稼いでいるみたいなんだけど、知らぬ存ぜぬなら私達は罪に問われないじゃない?善意の第三者だっけ?ある程度稼いだら匿名で通報してポイよ。娘も賛成しているしね』
『あんた本当に酷い女だよね。その娘さんだってスティーブとの子供じゃないんでしょ?』
『別にいいじゃない。あんなゴミみたいな男に一時でも幸せを感じさせてやったんだから』……と、いうものでした」
マルダオ氏の話の内容に、僕もエリオット君もいたたまれない気持ちになった。
実際、海賊のなかには前職が善良なサラリーマンやビジネスマンだった人が結構いたりする。
業績が振るわなかったり、クビになったりして自暴自棄になったり、同僚や友人や家族との関係が悪くなり、それから脱却するための手っ取り早い方法として海賊を始めてしまうそうだ。
以前の三人組のおじさんがこれに当たる。
「妻のその言葉を聞き、愕然としました。そして怒りよりも情けなさが先に立ち、私は妻に声をかける事なくそのままフラフラと宇宙艇のところに戻ると、船に乗り、燃料が尽きるまで動き続け、たどり着いたのがこの惑星だったんです」
マルダオ氏は全てを語り尽くしたのか、目を閉じ、静かになってしまった。
話を聞く限り可哀想ではあるけれど、海賊行為は事実なので庇い立てするわけにもいかない。
するとマルダオ氏がまた目を開け、
「あの……私の船や所持金はどうなるんですか?」
と、物凄く真剣な表情で尋ねてきた。
「船は私が拿捕したことになり私のものになります。ただし船内の私物は返却されます。あなたが海賊行為で奪ったものは、物品・現金・情報など、全て没収されます」
「そうですか。妻には1クレジットも渡らないんですね?」
「そうなりますね」
「そうですか……よかった……」
実際には没収された後にさらに精査されるだろうが、おおむね間違いはないはずだ。
どうやら奥さんにはお金を渡したくないらしい。
さっき話していたことが事実ならわからなくもない。
そんなことをしているうちに警察が到着し、スティーブ・マルダオ氏は逮捕された。
後日知ったことではあるが、マルダオ氏は取り調べにも素直に応じ、反省もしているらしい。
ちなみに例の奥さんだけど、面会室で「どうして稼いだ金を私に渡してから捕まらなかった」と罵った事がゴシップ誌の記者に知られてしまい、世間から白い目で見られることになった。
☆ ☆ ☆
【サイド:第三者視点】
惑星マヴァリレストにある巨大なスラム街の一つ『要塞スラム』。
すべてがゴミを再利用してバラックの増築を繰り返した挙げ句、範囲が肥大化し、内部が迷宮になってしまったこの瓦礫の迷宮の中で、たった一箇所、壁や床、全ての内装がヨーロピアン風に統一され、調度品も高級品で統一された執務室のような部屋があった。
その、スラムには似つかわしくない一室に、少年ことエリオット・ルインリッヒは疲れた顔をしながら入ってきた。
「ただいま」
「おかえり。どうだった?」
彼を出迎えたのは、この部屋の主である長く真っ直ぐな黒髪の女性であった。
エリオットは革のソファーに身体を投げ出して横になると、報告を始めた。
「最初にきた人は海賊で、純粋に逃げてきただけだったよ。しかもかなり可哀想というか情けないというか……」
黒髪の女性は、エリオットの話を聞きながら、これまたスラムには似つかわしくない、高級そうなティーセットで紅茶をいれ始める。
「で、後から来た人は普通に傭兵で、先に来た海賊の人を捕まえにきただけだったよ。僕のプライドはガッツリ傷つけてくれたけどね……」
エリオットは悔しそうな顔をしながら身体を起こし、紅茶に砂糖をいれ始める。
「傭兵の人にフラレたようね」
「僕みたいな可愛いコに誘われてOKしないあのデブなキモオタがおかしいんだ!」
そうして砂糖たっぷりの紅茶を飲むと、少しは落ち着いたのか、表情が穏やかになった。
「でも杞憂でよかったわ。急な訪問者が2人もくるなんて……。私達『殲滅派』の本拠地がバレたのかと思ったわ」
黒髪の女性は笑顔を浮かべながら、ティーカップに紅茶を注ぐ。
「帝国の情報部にも見つけられてないのにバレるわけないじゃん。今回も放っておけば良かったんだよ」
「その油断が良くないわ」
黒髪の女性はエリオットの背後に周り、
「何事も慎重にいかないと……ね?油断したら……いつ殺されるかわからないわよ?」
エリオットの耳元で、ねっとりとした言葉を発する。
「そ……そうだね。ごめんなさい、油断は良くないよね」
エリオットは姿勢を正し、ティーカップを両手で抱えながら紅茶を飲み干した。
「そうよ。油断大敵って言うでしょう」
黒髪の女性は微笑みを浮かべると、自分のティーカップを手にしてデスクに座り、静かに紅茶を口に運んだ。
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本作品第3巻の書籍用特典SSの執筆が入ったので、完了するまで更新は控えさせていただきます……
申し訳ございません
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