モブNo.145:「やだよ。あんな魑魅魍魎(ちみもうりょう)の巣窟」
翌朝は、オーバーホールを頼んでおいた船の引き渡し予定日なので、朝からおやっさんのところに足をむける。
開店してすぐの時間帯のためお客は居なかったものの、従業員達は何かしら作業を始めていた。
「おはようございます。受け取りに来ました~」
「おう! しっかり仕上げといてやったぞ!」
ハンガーに鎮座していた『パッチワーク号』を確認し、おやっさんの仕事に間違いはないなと改めて感動したね。
「ありがとうございます。流石だなあ」
「今回は、何ヶ所か弟子にも任せたが問題はねえはずだ」
「後進の育成も順調みたいですね」
おやっさんの弟子というなら信用はピカ一だから、何かあったときは任せることが出来るのはありがたいね。
「これでいつくたばっても大丈夫だな」
「「「「いやいや! 長生きしてもらわないと!」」」」
おやっさんの言葉に、僕を含めたその場にいた全員が声を合わせた。
おやっさんにはぜひとも長生きしてほしいものだ。
次にやってきたのは久しぶりの傭兵ギルドだ。
「ういっす」
「おう。報酬届いてるぜ」
「じゃあ情報で」
ローンズのおっちゃんといつものやり取りを済ませようとしていると、おっちゃんが信じられないことを言ってきた。
「それからな、軍主催の慰労会の招待状が来ているぞ」
そういって僕の眼の前に表示された招待状の内容を恐る恐る確認すると、特に強制されるような内容は書かれていなかったため、
「じゃあお断りで」
即座に欠席に丸を付けた。
おそらく、戦争に参加した一定の階級や実績のある傭兵全員に送っているもののようだ。
「せっかくだからいってくりゃいいのに」
「やだよ。あんな魑魅魍魎の巣窟」
「まあ確かに気持ちのいいもんじゃないわな……」
ローンズのおっちゃんも経験があるらしく、苦い表情をしていた。
そうして諦めた表情をして、
「じゃあ次の仕事はどれにする?」
と、一覧を見せてくれた。
「やっぱり海賊が増えたね」
「戦争中でのごたごたを狙った感じだな。とはいえ、長引くだろうと思ってた戦争が、1ヶ月しないうちに終結するとは思わなかったろうぜ」
戦争なんて大変なことになってるんだから、海賊もなりを潜めるのではと思うかもしれないけど、戦争をしているということは、少なからず治安は悪くなる。
国民全体から徴兵しているならともかく、正規軍のような職業軍人や、僕らのような傭兵だけが戦争に参加している場合、その隙をついて一儲けしてやろうという連中が湧いてくるのだ。
その新しく湧いてきた海賊の中から、殺人をしていない、かつ賞金の低い奴を探していく。
「じゃあこいつかな」
ランクは兵士階級相当で、賞金は40万クレジット。
おまけに情報付きとくれば、やるしか無いだろう。
惑星マヴァリレスト。
銀河大帝国の中でも有名な、リサイクル産業が盛んな惑星である。
リサイクル産業といっているが、要はゴミ捨て場だ。
たしかに巨大なリサイクル工場があり、ゴミを分別し再生素材を輸出していることは間違いないが、宇宙港に繋がる軌道エレベーターを中心にした都市及び工場エリア以外は、ゴミ置き場とそれを利用したスラム街がひしめいている。
50mの高さはあるゴミの山をくり抜き、蟻の巣のようになっている『蟻の巣スラム』。
それとは逆にゴミの山に道を作り、それに沿ってバラックやテントが並んでいる『丘陵スラム』。
ゴミを再利用してバラックの増築を繰り返した挙げ句、範囲が肥大化し、内部が迷宮になってしまった『要塞スラム』。
ゴミの山を避けて地面にバラックやテントを立てている『商店街スラム』など、様々なタイプのスラム街がある。
そしてスラム街の規模は、エリア(地方=国)クラスのものが一つ。シティ(市=県・州)クラスのものが八つ。タウン(町=市区町村)やブロック(街区=○○町)に至っては計測不能なほどにあるという。
そのうえ、個人で住んでいたり、家族単位で住んでいたりするところもあるので、捜索するとなると大変だ。
このスラム街に住む者たちの主な仕事は、ゴミの山のゴミを分別して一定数を集め、中央の工場に売りに行くことだけど、一部は中央の工場に働きにいったりもしているらしい。
正直、犯罪者や海賊の潜伏場所としては悪くないチョイスだ。
今回のターゲットは、この惑星の近くで消息を断ったらしいという情報があったのだ。
今回僕がやってきたのはタウン(町=市区町村)クラスの『商店街スラム』で、『バンタウン』という名前がついている。
大概のスラムは、強弱はあれど、生ゴミや汚物などの悪臭があるものだけど、この『バンタウン』は意外にも悪臭がほとんどしない。
それだけをありがたく思いながらスラムを歩く。
戦闘艇の外壁を組み合わせた小屋。穴だらけの軍用テントを補修したもの。列車の車両1両を丸々改装していたりするものなどが立ち並び、通路を残しつつ乱雑に立ち並ぶ様は、まるで異世界だ。
その『商店街スラム』を、ターゲットを探して歩いているわけだけど、僕は完全に他所者だからそりゃあ目立つよね。
さっきから視線が遠慮なく突き刺さってくる。
それなのに絡まれたりしていないのは、この『バンタウン』の風潮なのか? そんな気力も枯れ果てたからなのか? それとも襲撃の隙をうかがっているからだろうか? それとも申し訳程度の武装である銃のおかげなのだろうか?
こういってはなんだけど、僕も一歩間違えたらここの住人になっていたかもしれないと考えると、なんとなく薄ら寒いものを感じる。
ここはまだわかりやすいからいいけれど、地下帝国のようになっている『蟻の巣』や、色々なものが乱雑に増築改築を繰り返し、迷宮になってしまっている『要塞』なんかは、おそらく迷ったら二度と出られないだろう。
それと、さっきも言ったが犯罪者や海賊の潜伏場所としては悪くないチョイスであるからには、安全という面でも、『蟻の巣』や『要塞』は危険度が跳ね上がる。
噂だと、ある『蟻の巣』では無差別猟奇殺人鬼が徘徊しているとか、ある『要塞』では異世界に通じる門のオブジェクトが現れるとか言うのがある。
ここにいなければ、そっちに探しに行かないといけなくなるのでぜひとも見つかって欲しいがそうはいかないだろう。
そして、そんなところで人探しというのはとてつもなく大変なわけだ。
それでも、軍主催の慰労会なんてものに参加するよりははるかにマシだけどね。
もらった資料には痩せてくたびれた感じの中年男性とあったので、それっぽい感じの人を探してみるのだけど、住人の大半がそんな感じなので、さらに難易度が上がっている。
さらには、仲の良い住人以外には関心がなかったり、話しかけても反応してくれなかったりする。
どうしたものかと悩みながら歩いていると、この『バンタウン』に悪臭がない原因にでくわした。
それは、大きな焼却炉と蓄電器と貯水タンクと複数の電気分解式簡易トイレだ。
悪臭の元は色々あるけれど、その大半が生ゴミや可燃ゴミだ。
どうやらこの『バンタウン』では、生ゴミ・可燃ゴミを焼却炉に放り込むことで電気を蓄電器に溜め、その電気を売る。
そのお金で水を大量に購入しているようだ。
そのためゴミが溜らず、さらには電気分解式簡易トイレのおかげでそっちの匂いも解消されているわけだ。
割と考えられているんだなと感心していると、
「なああんた。なんか探してるのかい?」
と、声をかけられた。
その正体は、小学生ぐらいの少年? だった。
他作品の書き下ろしがなんとか終わりました……。
ちなみに当作品の第3巻は7月25日に予定しているはず……
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