モブNo.138:『だが嫌いじゃねえ。戦況を変えるのは、いつだって大馬鹿野郎(えいゆう)の仕事だからな!』
敵司令官の癇癪から幕を開けたネオット宙域の戦いは、壮絶かつ混沌としか言いようがなかった。
僕達傭兵ギルドイッツ支部が指揮下に入っている第4艦隊は、最初こそ敵味方の戦闘艇が複雑に入り乱れ、敵味方識別装置(IFF)が機能していても、誰が味方で誰が敵か一瞬分からなくなるくらいだった。
しかし、艦隊の射撃である程度数が減少すると、敵味方共に味方戦闘艇を巻き込むまいと加減をするようになったため、十全の戦闘ができなくなってしまった。
それならばと、戦闘艇を下がらせるなり散らそうとなりしようとすると、そこに向かって敵が集まってくるので、慌てて戻すというという嫌な構図が、お互いにできあがってしまっていた。
それを打破するためには、全体でジリジリと押していくか、少数で敵陣に入って行って後方を撹乱するかしないとだめな感じだが、お互いにそれが分かっているために警戒も強化されていて、なかなか面倒臭い事になっている。
その小競り合いを繰り返している状態が、1時間は続いていた。
似たような状況ではあるが、第5艦隊と第7艦隊はかなり優勢に展開、第6艦隊は多少押されぎみだった。
そんな時オープン回線から、
『帝国の腰抜け兵共! ネキレルマ星王国No.1パイロットのこの私シャルラ・アトベーレに、挑めるものなら挑んでみろ!』
という、女性の声でのなんともテンプレートな挑発が、第4艦隊に向けて敵軍から発信された。
まあ、この膠着に近い状態をなんとかしようとしたのだろうけど、そうそう引っ掛かるのはいない。
向こうも効果があると思ってはやっていないだろう。
しかし、
『やってやろうじゃないの!』
それに引っ掛かったのがいた。
テノン・カラレマ嬢とそのお仲間だ。
明らかな罠に自ら飛び込むとは非常に無謀だが、彼女達にとって幸運だったのは、膠着状態に痺れを切らしたロスヴァイゼさんが一緒に突撃していった事だ。
ロスヴァイゼさんにすれば緩くてたまらない戦闘だろうから、いい加減我慢の限界がきたんだろう。
そんなことが重なり、戦場はようやく動き始めようとしていた。
☆ ☆ ☆
【サイド:ネキレルマ星王国軍】
ネキレルマ星王国軍の戦闘艇小隊の一つ、白地に片翼だけを金色にした、帝国側からは白金部隊と呼ばれている、ネキレルマ星王国軍の中でもトップをひた走る最強部隊が、彼等『第156戦闘隊・別名:黄金の翼』である。
その中でもリーダーである彼女、シャルラ・アトベーレは、たった1機で成し遂げたとは思えないほどのとてつもない戦果をあげているネキレルマ星王国最強のパイロットであった。
その彼女は、まんじりともしないこの戦況に苛立ち、オープン回線を使用し、
『帝国の腰抜け兵共! ネキレルマ星王国No.1パイロットのこの私シャルラ・アトベーレに、挑めるものなら挑んでみろ!』
という、なんともテンプレートな挑発をおこなった。
『なにやってんのあの女? 軍法会議にかけられたいの?』
同じ部隊である金髪ショートの女=カサンドラ・リリーシャが、隊長である彼女の行動に顔をしかめる。
『まあこの膠着状態だからな。挑発の一つもしたくなるってもんだぜ』
ポンパドール&リーゼントの男=ゲイルス・シュナイダーが、隊長の奇行に理解を示す。
『とはいえあんな挑発で動く奴はいない。――ああ。向こうもイラついてるんだな――と、共感してくれるだけだ。動くのは隊長さんの同類か、よっぽどストレスのたまってる奴だけだな』
顔に傷のある男=カールトン・レンナルツは、神妙な表情で頷いてみせる。
『残念だが、向こうにも似たようなのがいたらしい』
細身の男=ジャック・トライダルが、突進してくる数機の戦闘艇を見ながら苦笑いを浮かべる。
『だが嫌いじゃねえ。戦況を変えるのは、いつだって大馬鹿野郎の仕事だからな!』
細身の男、ジャック・トライダルは、スロットルを全開にし、向かってくる敵の方に出撃していく。
同時に隊長以外の僚機の3機が彼の機体に追従する。
『おい! 貴様等! 隊長の私をほうってどこにいくつもりだ!?』
すると彼等に置いていかれたアトベーレ隊長は、慌てた様子で彼らを呼び止める。
『隊長殿の挑発に乗ってきた間抜けを迎撃するんですよ。隊長はネキレルマ星王国No.1パイロットなんですから、お一人でも大丈夫でしょう?』
しかし彼女の部下である彼らは、彼女の言葉をさらりと躱し、さらには彼女を煽ってきた。
『と、当然だ! 私がNo.1だからな!』
彼女はそれに乗り、
『あの黄緑は私がやる! 残りはお前達がやれ!』
と、啖呵を切って、こちらに向かってくる銀地に黄緑のラインの戦闘艇に向かっていった。
『あの黄緑の羽根兜はエースらしいわね。でも私なら軽く落としてみせる!』
彼女には絶対の自信があった。
シャルラ・アトベーレは、代々様々な分野に優秀な人材を輩出してきたアトベーレ侯爵家の令嬢である。
軍学校においては抜群の成績を誇った優秀なパイロットであり、現在のネキレルマ星王国軍内部において最強のパイロットであるため、先の挑発行為も咎めるものは皆無だった。
そんな彼女は己の実力を信じ、勝利の確信をもって敵に向かっていった。
そして彼女の意識は、いつの間にか船の前にあった白い光に包まれ薄れていった。
☆ ☆ ☆
【サイド:テノン・カラレマ】
早速1機撃墜するなんて流石『羽兜』ね。
私も負けてはいられないわ!
でもまあ、相手はこの間4機がかりで私にかなわなかった連中だから、楽勝ね!
『みんな! あいつらは弱っちいから、速攻で片づけて暴れまくるわよ!』
『『『『『『『『『『了解!』』』』』』』』』』
私の傭兵仲間は、私ほどではないけれど間違いない実力者ばかり、あんな連中に負けるはずはない。
どうせならシオラちゃんも居て欲しかったけど、そこは個人の判断だから仕方ないわね。
連中をさっさと片付けて、敵軍を混乱させれれば、無試験での司教階級昇格は間違いないわ!
私と仲間達が距離を詰めていくと、連中は急に散開した。
恐れ戦いて逃げに走ったのだと思った瞬間、周りにいた仲間の1機が爆発した。
みれば、散開したはずの連中が反転してこちらに向かってきていた。
おかしい。
前回は4機がかりでも私に一発も当てられなかったのに、なんで当てられるようになってるのよ!
そうか! 今落とされたやつが弱かっただけ、もしくは同じ機体に別人が乗ってるのよ!
たとえ別人になったとしても、この私が負けるはずがない!
私はスロットルを全開して距離を取ると、反撃をするべく反転し、近くにいた1機に攻撃をしかけていった。
照準に敵機を捕え、ビームを放つ。
命中したと思った瞬間、相手はするりとそれを躱し、視界から消えた。
私はすぐにスロットルを開け、距離を稼ぐ。
しかし次の瞬間、機体に振動が走り、脱出装置のスタンバイの音声が響いた瞬間に、私の意識は途切れた。
★ ★ ★
カラレマ嬢達とロスヴァイゼさんが挑発に乗って突貫した結果。
カラレマ嬢達11機は白金部隊4機に敗れ、ロスヴァイゼさんは目の前にいた白金部隊の1機を瞬殺したあと、敵艦隊に攻撃を仕掛けたおかげで、戦況が動き出した。
『全艦砲撃しつつ前進!崩すわよ!』
ヴェスコーレス中将がそのチャンスを逃すはずはなく、全艦に指示をする。
戦闘艇部隊も同時に前進するが、相手の例の白金部隊はまだ4機も残っており、一筋縄ではいかないだろう。
とりあえず、覚悟だけは決めておかないとね。
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