モブNo.133:「どうやら貴方は再教育の必要があるみたいですね」
取り敢えず自称エリート君は無視して、ローンズのおっちゃんと話を進める。
「で、いい依頼はあったか?」
「ちょっとない感じかな。前の依頼が大変だったからね。ちょっと休もうかなとも思うよ」
「ま、無理はしない方がいいだろうな。色々聞いてる」
もしかすると女王階級のカティ・アルプテト嬢と顔見知りとかで、なにか聞いたのかも知れない。
意外と顔が広いんだよなこの人。
「あ――うん。結構面倒だったからね」
思い返すのもなんとなく腹が立つので、それ以上は話すつもりはなかった。
するとそこに、自称エリート君がこっちにやって来るのが見えた。
絡まれるのかなと警戒したが、彼は僕など目にもくれず、ローンズのおっちゃんの横にいるアルフォンス・ゼイストール氏に声をかけた。
「アルフォンスちゃんだっけ?今から食事にでも行かない?美味しい魚料理とワインを出す店を知ってるんだ」
自称エリート君こと、アーレスト・ゼイン君の放った言葉に、僕もローンズのおっちゃんも耳を疑った。
今の時間は午前10時38分。昼休み休憩にはかなり早い時間だ。
しかも彼の口調からすると、ランチに行こうという雰囲気でないのは丸分かりだ。
「今は仕事中です。それに食事に行くにしても、昼休みになるか、自分の本日の業務が全て終了し、夜勤の人間に引き継ぎをしてからです」
ゼイストール氏は、イケメンの笑みを浮かべているゼイン君に対して、視線すら向けずにピシャリと断った。
するとゼイン君はゼイストール氏の肩に腕をまわし、ゼイストール氏の顔の横に自分の顔を寄せ、
「俺の仕事はもう終わりさ。俺が接客するにふさわしい女は居なくなったからね。『俺は超優秀なんで女の子しか担当しない』といったけど、それは俺が接客する価値がある女の子って意味さ」
と、言い放った。
それを間近で見ていた、ゼイストール氏が相手をしていた男性傭兵は、最初はあまりの事態に唖然としていたが、ゼイン君がふざけた発言をすると、驚いた表情で後退りしていた。
ゼイストール氏がキレた表情をみたのかな?
こちらから表情は見えないけど、ゼイストール氏のこめかみに血管が浮いてるから間違いなさそうだ。
「どうやら貴方は再教育の必要があるみたいですね」
「君がマンツーマンで朝まで付き合ってくれるなら考えてもいいかな?この可愛らしいサイズの胸でもそれなりの楽しみかたもあるしね」
ゼイン君は、ゼイストール氏が怒っているのにも気が付かず、あろうことかゼイストール氏の胸を鷲掴みにした。
まあ男性同士だからと思いたいけど、実は同性でもセクハラは立証出来るらしい。
ゼイストール氏はそのまま静かに立ち上がると、
「再教育決定。その前にセクハラで警察ですかね」
と、静かに言い放ち、
「なにいってるんだ?俺が触ってるんだからセクハラにはならないに決まってるだろ?」
何を言ってるんだという表情のゼイン君に、ゼイストール氏の左のショベルフックが肝臓のある位置に炸裂する。
ゼイン君は悲鳴もあげられずにその場で膝をつき、苦しそうにうずくまってしまった。
「そんなことがあるわけがないでしょう?貴方のしたことは、例え同性相手でも立派なセクシャルハラスメント。貴方には再教育の前に警察行きです」
ゼイストール氏は目のハイライトが消えた状態、そして非常に冷静かつ冷酷なトーンで通告しているため、怖さは倍増だ。
まあその手の趣味の人には、御褒美なのかもしれないけどね。
「……ふっ……ふざけるな!この俺にこんなことしてただですむと思うのか?」
物凄く苦しそうな表情をし、肝臓のある右脇腹を抑えながら、完全に激怒しているゼイストール氏相手にゼイン君は悪態をつき始めた。
その根性は称賛するべきかもしれない。
「貴方をこんな目にあわせたらどうなると言うんです?」
「クビだクビ!しかも懲戒解雇だ!人生終りだぞ!」
「なるほど。なぜ新人の貴方がそんな権限を行使できるんです?」
「聞いて驚け!この俺、アーレスト・ゼインは傭兵ギルド総本部総帥の孫だ!俺がじいちゃんに一言いえばお前なんか一発でクビだ!姓が違っているのは、俺の母が総本部総帥の実子だからだ!」
冷たい表情のままゼイストール氏が質問すると、ゼイン君は自分がやりたい放題に振る舞うことができる理由を暴露した。
その効果は周りの連中には効果があったらしく、後退りしている人間もいた。
しかし僕としては、なんかデジャブを見ている感じだ。
確か父さんを嵌めたバカも同じことをして、公爵閣下にばれた後は、たしか行方不明になってたんだっけ。
「そんなことがあるわけないでしょう。組織である限り、貴方のような新入職員の我が儘を通すわけがありません」
当然と言っていいのかわからないけど、ゼイストール氏にはそんな脅しが通用するわけはなく、
「それに、私は傭兵ギルド総本部総帥の御家族にお会いしたことがありますが、貴方など見たことがありません」
冷静にそう言い放ったゼイストール氏の言葉に、ゼイン君はびくっと身体を震わせた。
「お……俺が偽者だっていいたいのか?!」
「ええ。貴方は完全な、真っ赤な偽者です」
「しっ……証拠はあるのかよっ!?」
なんか今の反応だけでクロなのは確定した感じだよね。
するとゼイストール氏は汎用端末を起動し、なにかの画像を見せつけた。
「傭兵ギルド総本部総帥ヘンリー・オードルベルの孫は私ですからね」
その画像には、子供のころのゼイストール氏が家族と一緒に写っていて、そのなかには資料映像でみたままの総本部総帥とその家族が写っていた。
「姓が違うのは、さっき貴方が言ったとおり、私の母が総本部総帥の実子だから。ですが、入社試験や受付の採用試験は自力でクリアしましたよ。祖父にも黙ってもらってね。さて、まだ自分が総本部総帥の孫だとおっしゃいますか?」
ここまでの証拠を見せられ、ゼイン君は床を見つめたままぷるぷると震えていたと思うと、
「噓だ!そいつが噓をついているんだ!僕は本当に総本部総帥の孫だ!」
最後の悪あがきをしてみせた。
この状況でそんな悪あがきが出きる度胸は本当に凄いと思う。
「では本部に連絡を入れて確かめましょう。もちろんギルドの連絡用端末に記載されている本部のギルドの総帥の執務室に。もちろん私ではない人にね。そうすれば『それは用意しておいた偽者だ』とは言えなくなりますからね」
ゼイストール氏がたんたんと進めて行くのに対し、ゼイン君はだんだんと震えが止まらなくなっていた。
「では私が連絡しよう」
そう言いながら現れたのは、新しく受付の部長に就任したテリー・ワーデル部長だった。
その表情を見るに、彼もかなり怒っているのがわかった。
「アーレスト・ゼイン。就業初日にしても、貴様の仕事に対しての態度には目に余る。たとえ貴様が総本部総帥の孫だったとしても、貴様の本日の仕事への評価はキチンと正確に報告させてもらう。そしてもし総本部総帥がお前をかばうような行動をとった場合、またお前が総本部総帥の孫ですらなかった場合は、お前をセクシャルハラスメントの現行犯として警察に通報、懲戒解雇を言い渡す。私はその権限を与えられているのでね」
ワーデル部長の最後通告を聞いたゼイン君は、ガックリと肩を落としてしまった。
本年度の最後の更新になります。
書籍の2巻は来年という以外不明瞭です
ご意見・ご感想・誤字報告よろしくお願いいたします
書籍版のみのキャラクターの評判が気になっている年末年始