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モブNo.124:「見ての通り麻雀よ。手先も使うし頭も使うからボケの防止にはいいのよ」

 実に7年ぶりの母さんのご飯を食べ終わり、食休みとばかりに外を眺めていると、

「腹ごなしに葡萄畑にいってみるか?」

と、父さんが声をかけてきた。

 僕が以前見た葡萄畑は、細い木が何本か立ってるだけで、葡萄棚も規模が小さかった。

 あれから何度か拡張はできたらしいとは聞いているから、見るのは少し楽しみだ。

 

 

 小型のエア・トラックに乗り、家から離れた丘にある葡萄畑までは、20分ほどで到着した。

 葡萄畑は最後に見た時より、かなり広くなっていた。

 葡萄の木が増え、最初からいた葡萄の木は幹が太くなり、葡萄棚は作業がしやすいように190㎝の高さになっていて、広さも倍になっていた。

 葡萄はまだ実を付けておらず、自分の頭の上には緑の天幕が広がっていた。

 その地面には、所々に名前も知らない草がまばらな感じで生えている。明らかな雑草だ。

 僕も父さんも、特に何も言うことなく、自然と草むしりを始めた。

そうして黙々と草を引き抜いていると、

「仕事は上手くいってるらしいな」

 お互い背を向けた状態で、草をむしりながら、父さんが話しかけてきた。

「まあね」

「本音を言えば、傭兵は止めて欲しい。謂われの無い借金の金はかなり戻って来たし、貯金ももう十分にあるはずだ」

 父さんの背中ごしからも、僕を心配してくれているのがわかるけど、僕としては今さら傭兵以外の仕事はできそうに無い。

 実家が農家だった父さんと違い、農業の知識や経験はない。

 出来るのは草むしりぐらいだしね。

「でも。お前は辞める気はないんだろう?だったらせめて、大きな仕事があった後ぐらいは連絡しなさい」

 どうやって説得しようかと考えていたところに、父さんは背中をむけたまま、僕が傭兵をすることを了承するような言葉をかけてきた。

「わかったよ。出来るだけそうする」

 それからは、日暮れ近くになるまで草むしりや葡萄畑の手入れなんかをやっていた。

 家に帰ってからは、父さんと初めての晩酌をした。

 傭兵になるために家を出た時は未成年だったので出来なかったからね。

 まあ、僕はアルコールは苦手なんで、350mlのメタルボトルのビール1本だけだけどね。



 翌日僕は、婆ちゃん、ルクリア・ウーゾスがいる介護施設にむかうことにした。

 入居してから、電話では話したけど訪問するのは初めてだ。

 最初は家族でと提案したのだけど、僕が来る2日前に行ってきたばかりだから遠慮するとの事だ。

 それならと車を借り、バルビス中央駅(セントラルステーション)の辺りで婆ちゃんへのお土産を買ってからむかった。

 介護施設『パストゥス』はバルビス(シティ)立総合病院の敷地内に建設されており、立地は海岸沿いの崖の近くの高台にあり、総ての病棟からオーシャンビューが眺められるのが自慢らしい。

 車を駐車場に停め、病院の庭を通り、介護施設内に足を踏み入れた。

 介護施設は病院の施設とはちがい、シェアハウスのような雰囲気になっていた。

 もちろん介護職員の詰め所もあり、病院への直通通路や治療施設はある。

 その施設の中の『談話室』と銘打たれた部屋では、大勢の老人達が楽しそうにレクリエーションをしていた。

 艦隊チェスで歴史上の何かの戦いを繰り広げている爺ちゃん達。

 その歳でまだ恋話(こいばな)があるらしい、刺繍をしてる婆ちゃん達。

 若いアイドルのMV(ミュージックビデオ)で興奮し、見てるこっちが不安になってしまう爺ちゃんズ&婆ちゃんズ。

 ほかにも、ビリヤードやダーツ。施設の庭ではゲートボールもやっていた。

 やけに元気だけど、みんな身体を壊してるんじゃなかったっけ?

 そしてうちの婆ちゃんは、端にあった麻雀卓で爺ちゃん2人と施設の職員の女性相手にぼろ勝ちをしているようだった。

「久しぶり婆ちゃん。会って早々なんだけど……何やってるの?」

「見ての通り麻雀よ。手先も使うし頭も使うからボケの防止にはいいのよ」

「それはまあわかるけど……」

婆ちゃんがニコニコしながら点棒を見つめているのと、えらく悔しがっている爺さん達と、魂が出てる感じの職員の女性を見ると、

「賭けてるの?」

 と、聞かざるをえなかった。

「してないわよ。じゃあ私の部屋にいきましょうかね」

 婆ちゃんは澄ました顔でそう答えたけど、あれは絶対賭けてるな……。

 

 婆ちゃんの部屋は3階で、話のとおり大きな窓からは海が見えていた。

「改めて、よくきてくれたねジョン。直接会うのは7年ぶりかしらね」

「婆ちゃんも元気そうだね。身体の方は大丈夫なの」

「悪化はしてないし、すこしは回復もしてるそうよ。やっぱり楽しく過ごしているのがいいのかしらね」

 とはいえ、以前よりは少し痩せた感じがする。

「あ、これお土産。『フロースアウィス』のクリスピーワッフル」

「嬉しいわ!それ大好きなのよ」

 婆ちゃんは、渡されたクリスピーワッフルの箱を、一つを残して棚に置き、箱を開けて1枚取り出し、嬉しそうにかじりついた。

 『フロースアウィス』のクリスピーワッフルは薄いワッフルにクリームを挟んだお菓子で、婆ちゃんの大好物だ。

 施設の人達にもと、5箱ほど買ってきたんだけど、この勢いだと、1人で全部食べてしまいそうだ。

 そうして1枚食べ終わると、

「そういえば、お父さんの理不尽な借金を払ったお金が戻ってきたそうね」

 先だって両親からされたであろう話を口にした。

「ああ。そうなんだけど……」

「そしてそれを両親に全部渡そうとしたら、突き返されたのに納得がいってないみたいね」

 そして婆ちゃんは、僕が考えていたことを的中させてきた。

「僕としては、またなにかあった時のために持ってて欲しいし、用途や予定の無い大金があるのも怖いんだよ」

 二度あることは三度ある可能性もあるわけだから、何かあった時のためにもっておいて欲しい。

 すると婆ちゃんは首を横に振り、

「2回も自分の尻拭いをしてもらった上に、戻ってきた息子のお金を平然と受け取るなんて、私からすれば親失格ね。もし平然と受け取ってたら私が説教してやるわよ。それに、貴方だって、傭兵をやってるんだから何が起こるかわからないわ。そのためにも貴方が持って、貯めておきなさい」

 農家だった爺ちゃんに嫁いだ後も教師を続け、大学の学長も勤めた事もあるという婆ちゃんの言葉には、非常に説得力があった。

 昨日一旦は了承したとはいえ、なんとなくモヤモヤしていたが、婆ちゃんに言われて、諦めというか覚悟ができた。

「わかったよ。お金は僕がもらっておく」

「それが一番ね。元々は貴方のお金なんだから、たまには好きなように使いなさい。こんな風にね」

 婆ちゃんはそういってクリスピーワッフルの箱をぽんぽんと叩いた。

「さて。もう少し巻き上げてこようかね」

 婆ちゃんは上品そうな笑顔を浮かべながら、クリスピーワッフルの箱を手にして、エレベーターの方に歩いていった。

 やっぱり賭けてるんじゃないか……。

「あんたもやってみるかい?」

 その移動の途中、婆ちゃんに麻雀に誘われたが、参加したら最期だと思ったので、

「やめとくよ」

 間髪を入れずにお断りをしておいたお。

婆ちゃんのイメージは女優の草笛光子さんです

上品そうなのにお茶目な感じが可愛らしいおばあちゃんな感じです


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― 新着の感想 ―
[一言] 「傭兵なんざぁ、てめえの命(たま)をテーブルに積んで博打を打(ぶ)ってるようなもんだ。それで生き残ってるんだからタカの知れたレートじゃ博打にならねえよ」 とか言えばハードボイルド風になりそう…
[気になる点] いや、どう考えても貯金が無い方が怖いだろ。今までどんな価値観で生きてきたんだ・・・
[良い点] 上品なお婆さん!草笛光子さん! センスの良さが分かります!
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