モブNo.123:「貴族ってのは……怖いなあ……」
ハルイトック宙域での帝国軍中央艦隊討伐部隊第1艦隊との演習が終了し、用意された航空母艦に乗って惑星イッツに帰りついた。
パッチワーク号を駐艇場に泊めると、ローンズのおっさんのところに行き、報酬を受け取った
「大変だったようだな」
「問題のある新人の炙り出しに利用されたわけだからね。それにしても、軍隊ってのは大変だよね。あんなのでも使えるようにしないといけないんだから」
報酬を情報で受けとりながら、演習の時に起こった事を思いだし、またうんざりとしてしまった。
「そうでもないぜ。案外、軍隊内部での『謎の事故死』ってのは多いんだ」
なんでローンズのおっさんが軍隊の内部に詳しいのかはわからないけど、事実だとすると怖すぎる。
そんなやり取りが終わり、傭兵ギルドの建物を出た時に、父さんから電話がかかってきた。
おそらく、リーンデルトの追突事故の件だろう。
「もしもし。どうしたの父さん?」
僕は出来るだけ冷静になりながら電話に出た。
画面に現れた父さんは、なんとなく疲れた印象があった。
『よく聞いてくれジョン。この前の車の事故な。相手側が被害届けを取り下げた。お陰で理不尽な賠償金を支払わなくてよくなったよ』
やっぱりリーンデルトの追突事故の件だった。
『しかもな、7……いや、もう8年になるのか、その時に理不尽に背負わされた借金の7割ほどが返金されたんだ。やっぱり奴が公爵の孫というのは嘘で、それを知った公爵様自らが成敗してくれたそうだ』
「おー!それはよかったねえ!」
将軍閣下から解決しているかもとは聞いていたが、どんな風になったのかは知らなかったので、純粋に驚いた。
しかし父さんはそうは見なかったらしく、
『おまえ……もしかして何か知ってるのか?』
と、尋ねてきた。
「いやいや。僕だって驚いているさ」
『まあ……なんだ。久しぶりにこっちに来い。少々長めに休んでもバチは当たらんだろう』
「……わかったよ」
僕が子細を話す気がないと判断したのか、父さんは話を僕の帰省にすり替えた。
その父さんの言葉に、なんとなくNoを出したくなかったので、帰ることを承諾した。
『ただし公共交通機関で帰ってこい。あとで交通費は払ってやるから』
それだと時間がかかるんだけどな……。
電話をもらってから2日後の朝。
僕は軌道エレベーターに乗り、惑星イッツの宇宙港に向かっていた。
パッチワーク号は『ドルグ整備工場』にメンテナンス込みで預かってもらった。
父さんは帰ってこいと言っていたが、惑星タブルは父さんの生まれ故郷であり、僕が生まれたのはこの惑星イッツだ。住んでいたマンションも残っている。
僕の感覚では田舎に遊びに行く感じだ。
子供の頃は夏に毎年1回は行っていた。
母さんの田舎には年末だったっけなあ。
僕が傭兵だという話は、父さんの知り合いが傭兵ギルドに出入りする僕を見たことから広まり、近所のおばさん達がやいのやいの言ってくるようになったらしい。
そんな状態で僕が行けば余計ややこしくなるので、行くのを止めておいた。
今回は中学3年の時以来の帰省になる。
自分の船が近くにない状態は久しぶりだなあ。
そんなことを考えながら、宇宙港の搭乗ゲートをくぐった。
惑星タブルは、銀河民主国の時代には5番目に発展していた惑星で、いまでも程好く都会で程好く田舎な惑星だ。
星都には近代的なビルや施設があり、郊外には田畑や果樹園や牧場、手付かずの山林が広がっている。
その惑星タブルの宇宙港までは、定期便に乗ってゲートを使用しても2日はかかる。
さらには星都から、時速13000㎞の高速超電導浮上式鉄道で1時間。
そこが父さんの実家のあるマロック地方・バルビス市・アーバスタル町・レヅゲル街区に一番近い、マロック地方にあるバルビス中央駅だ。
父さんと母さんは郊外でキャベツと葡萄を栽培していて、それなりに評価ももらっているらしい。
ここからさらにバスで1時間。
それでようやく父さんの実家に辿り着くわけなんだけど、なぜか父さんが小型のエア・トラックで待っていた。
何時に着くかまでは伝えていなかったのに。
「なんでいるの?」
「お前なら、今日のこの時間にくると思ってな」
相変わらず、家族に関するそういうことには勘が働く人だ。
そうしてエア・トラックに乗りこむと、事件の当事者としてどうしても聞かせろというので将軍閣下との取り引きを話した。
もちろん他言無用。母さんにも話さないようにと釘を刺した。
「それは……面倒をかけたな……」
「持ちかけてきたのは将軍閣下で、対処したのは公爵様だろうけど、『対処』したのは公爵様の都合だろうね。こんなに早く対応出来たのだって、既に存在を掴んでいたけど何かの理由で放置してて、潰しておいた方が得になるからなんだろうし」
僕が思い付く限りの公爵様の事情を推測したけど、真相がわかることはないだろう。
それに、もしリーンデルトの方が公爵様に利益があれば、『対処』されたのは僕達の方だったのかも知れないのだ。
「貴族ってのは……怖いなあ……」
「そうだね……」
父さんとエア・トラックで1時間。
最初の取り引きの話以外特に話すこともなく、父さんの実家に到着した。
でかい平屋で庭が広く、敷地内に小さな野菜畑があり、道を挟んだ向こう側は広いキャベツ畑があった。
葡萄畑はもう少し離れたところにある。
「ただいま」
「おかえり」
母さんは特に喜んだりする様子はなく、学生時代に家に帰って来た時のような反応だった。
「長旅で疲れてない?」
「そうでもないよ」
「そう。なら、菜園からキュウリ取ってきて」
「はいはい」
爺ちゃんと婆ちゃんがこの家にいて、遊びに来た時には婆ちゃんに野菜を取ってくるようによく頼まれたものだ。
爺ちゃんは僕が高2の時に亡くなり、婆ちゃんは父さんが農業を始めて2年くらいの時に身体を痛め、それ以降は介護施設で生活している。
取ってきたキュウリは軽く切ってサラダに、芋の煮物に豚肉ともやしの炒め物。味噌汁にご飯という、実に7年ぶりの母さんの手料理を食べた。
その食事の最中、
「返ってきたお金だけど。あれ、あんたが持っときなさい」
母さんが唐突にそんなことをいってきた。
「いや、婆ちゃんの事もあるし、そっちが持ってた方が…」
無意味に払わされていたお金が、7割とはいえ戻ってきたのは嬉しい。
でも僕としては、両親にあげたお金だと思っている。
婆ちゃんの事もあるから、父さん達が持っておいてくれた方がいいのだけれど、
「いいから持っとけ。それ本来はお前の金なんだからな」
「父さん達が稼いだ分だってあるじゃないか」
「親にこれ以上恥をかかせないでくれ」
父さんと母さんが悲痛そうな表情をしているのを見て、諦めざるをえなかった。
「わかった。持っとくよ。でも仕送りは続けさせてもらうからね。仕事のモチベーションになるから」
でもこれだけは承知してもらうことにする。
これを拒否するなら、戻ってきた金はなんとしても受け取ってもらう。
「わかった。そっちをありがたくいただく事にしよう」
「こういうところは貴方にそっくりね」
父さんと母さんは、諦めのため息をついた。
トラブルのない回
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前話に、掲載してから思いつきいた文書、思わずか書き足してまいました