モブNo.122:「失礼だが、私は君とは初対面だ。いや、先日顔と名前は教えてもらったかな?ともかく君にお祖父様とよばれるいわれはないのだがね」
【サイド:第三者視点】
『株式会社ラベムコーポレーション』の社屋の前に、1台の黒いバスと1台のリムジンが停まった。
黒いバスの中から、ボディガードとおぼしき黒服の集団が現れ、リムジンからビルの入口まで完璧な壁を作り上げた。
そしてそのリムジンからは、1人の老人が姿を現した。
ありふれたダークブラウンのスーツに同色の中折れ帽を被り、縁の太い眼鏡をかけているその老人は、杖を付いてはいるものの、矍鑠とした様子でビルの中に入っていき、
「お嬢さん。営業部というのはどこにあるのかな?」
受付にいる女子社員の1人に声をかけた。
「はっはい!営業部でしたらそちらのエレベーターで8階へ、エレベーターを出ての左側です」
「ありがとう」
慌てて返事をする女子社員ににっこりとしながら、老人は黒服を引き連れてエレベーターに向かった。
そのころ、8階にある営業部では、社員達が忙しく働いていた。
契約書を作成する者、営業の電話をかける者、顧客の応対をする者、商品のリストをチェックする者、ここにはいないが、得意先に訪問している者や新規の契約者を開拓しているものなど様々だ。
その中でただ1人、『営業部長』というプレートの置かれたデスクでは、小型端末にヘッドホンを繋ぎ、ネット対戦のゲームをやっている者がいた。
服装・髪型ともに営業の人間、しかも責任者にはとても見えなかった。
周りの社員達は彼と距離をとり、極力関わらないようにと、常日頃から努めていた。
しかし20年ほど前までは、家を継げない貴族の第2子・第3子が、家の威光を笠に着て会社に入り、仕事もせずに高給を取りつづける、このような光景は当たり前であった。
先代の皇帝陛下の改革によって、かなりの数のこうした無能貴族社員が大勢駆逐されたものの、まだまだこの手の輩は無くなってはいない。
するとそこに、先ほど受付を通った老人がやってきた。
「失礼。ここに、テノート・リーンデルトという人物が居ると聞いて来たのだが、いらっしゃるかな?」
老人は近くにいた女子社員に声をかけた。
「はい。リーンデルト部長はあちらに……」
女子社員は恐る恐るリーンデルトのデスクを指差した。
「ありがとう」
老人は帽子をとって挨拶をしてから、リーンデルトのデスクに向かい、
「テノート・リーンデルトというのは君かな?」
と、声をかけた。
するとリーンデルトは老人を見た瞬間、
「お祖父様!」
直ぐ様ヘッドホンを外し、ゲームはそっちのけで満面の笑顔を浮かべながら立ち上がる。
「急にどうなさったのですか?俺に直接会うのは問題があるとおっしゃっていたのに?」
普段は無駄に自慢気で傲慢な表情のリーンデルトが、笑顔を浮かべていること自体、社員達にとっては異様な光景だった。
そして老人、アルティシュルト・ビンギル・オーヴォールスも、リーンデルトの態度に驚いた。
てっきりあわてふためくだろうと考えていたのに、まるで本当に自分を祖父であると慕っている様子だったからだ。
しかし公爵がその程度の事で動揺するわけはなく、
「失礼だが、私は君とは初対面だ。いや、先日顔と名前は教えてもらったかな?ともかく君にお祖父様とよばれるいわれはないのだがね」
「なにを言っているのですかお祖父様?先週も電話でお話を……」
黒服に合図を送り、馴れ馴れしく話し始めたリーンデルトを雪崩れ込んできた黒服達がテノート・リーンデルトを拘束した。
「痛ってえ!お祖父様!これはどういうことですか?!」
「もちろん。私の孫を騙り、色々やらかした愚か者を捕らえに来たのだよ」
公爵は笑顔を浮かべていたが、目の奥では笑っていなかった。
そうしてリーンデルトのデスクに座ると、ゆっくりと話を始めた。
「色々と調べさせてもらったよ。まさか君の祖母があの薄汚い女だったとはね。君の祖母、カルツィナ・リーンデルト。旧姓カルツィナ・オリデンタークは、私の父である4代前の皇帝ガッドベーラント・マリス・オーヴォールスの治世において、伯爵令嬢であり、皇宮に住まう事を許された。それはひとえに彼女が美しく、皇帝である父に気に入られたからだ。だが彼女は同時に皇太子であった我が長兄エーギス。次兄ラグダロン。そして私にも粉をかけていた。まあ、いわゆる金と権力に尻尾をふる尻軽女というやつだな。もちろん人となりもあまり良いものではなかったからね。兄達にも私にも相手にされず、宮廷の者達には随分と嫌われていたものだったよ」
話を始めたところ昔話になり、当時を思い出したのかクスクスと笑いを浮かべた。
そして改めてリーンデルトに向き直ると、眼鏡を外して胸ポケットにしまうと、
「昔、カルツィナと私がお互いに愛し合っていて、その結果産まれたのが君の母親で、その母から産まれた君が私の孫という、痴呆も入ったカルツィナの妄想だらけの与太話を、君は利用したのだろう?」
持っていた杖で床をカツンと叩いた。
「君が私の孫などではないのは、君自身が良く理解しているはずだ。それでもこの私の名前を利用し、さらには私に出くわした時に、本当に孫のように振る舞って、それで私が動揺し、もしやあの時のと怪しんだ時には、本当に孫に成り果せるつもりだったのではないかね?」
公爵の言葉にリーンデルトは顔をこわばらせたが、拘束されたままなんとか笑顔を取り繕うと、
「ええその通りです。ですが、私を貴方の孫としておいた方がいいのではないですか?貴方も知っているとおもいますが、お祖母様は当時の皇帝陛下つまり貴方のお父上とは何度も肌を重ねている!私の母はそれで産まれたのだと!」
起死回生とばかりの情報をぶちまける。
自分は公爵の子供ではないが、3代前の皇帝の直孫であるのだ!と。
つまり自分が名乗り出れば、今の皇帝の屋台骨を揺るがせられるのだと。
すると公爵は、黒服にリーンデルトを拘束したまま立ち上がらせると、
「残念だがそれこそあり得ないね。正妃と側妃が居る上に、愛人を何十人と囲っていたにも関わらず、我が父上には3人しか子供が居なかった。その理由は、皇帝は3人子供が産まれた時点で、子種ができないように処置をするのだよ。後を継ぐ者とその予備は2つもあれば十分だからね。つまり私が産まれた後に皇宮に入った時点で、子供を産んだ女性は皇帝以外の男と肌を重ねたという事だ。因みに、皇帝になる前に出来た子供は、即位と同時に処分されることになる。まあ、君やカルツィナが知らないのも無理はない。これは皇族と専属医師しか知らぬ事だからな」
その耳元に皇室の秘密を囁き、彼の最後の砦をあっさりと打ち崩した。
「そ……そんな……俺は皇帝の孫のはずじゃ……」
自分の自信と行動の原動力だったようで、それが失われたと理解した瞬間、ガックリと力が抜けてしまった。
「さて、そろそろ一緒に来てもらおうか。公爵である私の名前を勝手に使ったことは許される事ではないからね。しっかりと罰を受けてもらう」
公爵がそういうと、黒服達はリーンデルトを拘束したまま営業部をでていった。
公爵はゆっくりと立ち上がると、
「それでは失礼するよ。仕事の邪魔をしてすまなかったね」
そう帽子を取って一礼する。
そして営業部からでる時に、
「あの男が仕出かした事には、きっちりと補償もさせるつもりだ。期待していてくれたまえ」
と、言い捨てていった。
不思議なことに、それから何日たっても、テノート・リーンデルトがアルティシュルト・ビンギル・オーヴォールス公爵の孫を騙って、様々な詐欺・脅迫・虚偽告訴等罪で逮捕されたというニュースが流れることはなかった。
しかし、テノート・リーンデルトの被害にあった者達には、その被害にあった金額が、リーンデルト子爵家の名義で支払われたという。
「お疲れ様でございました旦那様」
『株式会社ラベムコーポレーション』の社屋から離れていくリムジンの車内では、長年仕えている執事がハンドルを握り、一仕事終えた公爵に労いの言葉をかけていた。
「いやいや。久しぶりに自領と首都惑星ハイン以外の惑星にやってきたよ。たまには遠出も悪くない」
公爵は、備え付けの冷蔵庫からミネラルウォーターの瓶を取り出すと、自ら蓋を開け、喉に流し込んだ。
「しかし残念でございましたね。せっかく何かあった時の身代わりとして見逃しておりましたのに」
「ブレスキン将軍に、存在を知られてしまったからね。下手に放置すれば私の名誉に関わる」
「しかし、何者が将軍にその話をしたのでしょう?」
「気にするな。いずれは誰かの耳に入る可能性はあった。それがたまたまこのタイミングだっただけの事だ」
「左様でございますか」
「それになかなか楽しかったしな。あの薄汚い女の孫に真実を告げてやった瞬間は痛快だった!ドラマの探偵役にでもなった気分だったよ!」
公爵は笑いを浮かべ、ミネラルウォーターを口にする。
「それはようございました。では、このまま領地にもどられますか?」
「そうしてくれ」
「かしこまりました」
そうして公爵を乗せたリムジンは、黒服の乗ったバスを引き連れて、宇宙港の方向に向かっていった。
私は間違いなくこの公爵閣下はお気に入りなのを実感しました。
セリフが大塚芳忠さんの声で浮かんでくる…
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どうしても書きたくなったので文書を追加しました