モブNo.101:「はいはい。じゃあ君の勝ちね。僕は彼女には2度と近寄るつもりはないから。はい。話は終わり」
「あー。ちょっと聞きたい事があるんだけど、良いですかね?」
僕は周りに人気がないのを確認してから足を止め、彼女に話しかけた。
「なんでしょう?」
すると彼女も足を止めてくれた。
「君はどうやって僕を見つけられたのかな?」
これが一番の謎だ。
僕が撃墜した戦闘艇は、有人・無人を含めればかなりの数な上に、周りだって同じくらいの戦果を出している奴はいっぱいいる。
さらには、戦場は全方位に注意しないといけないのだから、いちいち相手を確認するなんてのは難しいはずだ。
そんな僕の質問に、彼女は姿勢をただしながら答えてくれた。
「私がいた部隊が第11艦隊と対峙したのはわかっています。正規部隊の戦闘艇は規格が揃っていますから、そうでない貴方の船が傭兵なのはわかりました。そこからは、軍にいる知り合いにおねがいしたんです。貴方の船の色は覚えていましたから」
なるほど。軍の人なら僕の配属情報をもっていてもおかしくはないかな。
それにしても、あの戦場で相手の特徴を覚えているのはなかなか凄いことだ。
「なるほど。ではもう一つ。最初にお会いした時、僕の事を『土埃』っていってましたが、僕の船の色、というだけではないニュアンスでしたが…どういうことです?」
そして次の疑問がこれ。
僕の船の塗装を、まるで『二つ名』みたいなニュアンスで口にしたことだ。
『二つ名』いわゆるあだ名は、明文化されてはいないが、最低でも司教階級でかなりの功績を上げた人物につけられるものだ。
例外としては、ランベルト君、つまりはロスヴァイゼさんの事だけど。ぐらいの実力を示せば付けられることがある。
ちなみに司教階級でもないのに『二つ名』を自分から名乗っていると、失笑されること間違いなしだ。
そして彼女はその質問に、なぜか興奮した様子で返答してきた。
「これも軍の知り合いに聞いたのですが、貴方と対峙した勢力の一部が、貴方の事をその二つ名で呼称していたと伺いました」
なんで?
地味かつ堅実な裏方仕事しかしてなかったのに、なんで二つ名なんかつくんだお?!
しかも騎士階級なのに!
まあ、相手には階級は関係ないだろうし、自分から言わなきゃ分からないか。言ってる人が少ないのが不幸中の幸いだな。
でもその軍の知り合いは把握してるわけか。
となると、少佐殿も知っていたりするのだろうか?
だとしたら絶対また勧誘してくるだろうなー。ああ面倒臭い。
まあこれは出くわした時に考えるか…。
そして核心の質問をすることにした。
「さらにもう一つ。なんであの彼に身の上話をしたの?」
彼女が身の上話をするということは、自分が反逆者側についたことが他人にバレるというリスクはあるだろうが、僕の情報を確実に他者に流すことができる。
おそらく彼女は、青年がああいった行動に出ることを見越して話をして、あの場で切り捨てたんだろう。
これはまだ僕の想像に過ぎないが、真実ならとんでもない悪女だ。
「その…始めはあの人ではなく、とっ…友達になれた解体作業員の同年代の女の子達と話してる時に、なんで傭兵になったのか聞かれて、最初は断ったんですけど、押しきられて話す事になっちゃって…」
彼女が自分の身の上話を話した事を話し始めると、なぜか嬉しそうな様子がみて取れた。
もしかして友達があんまり出来なくて、同年代の同性と話すことに慣れてなかったりするのかな?
「そうしたら話してる最中になぜかあの人もいて、さらには馴れ馴れしく話しかけてきて…」
なるほど。あの青年は『コミュ暴力の塊』なのか。
『コミュ暴力の塊』とは、たとえ初対面の人に対しても、呼び捨て・ため口をし、話の輪にも勝手に入ってくる人の事で。僕が勝手にそう呼んでいる言葉だ。
古代の文献には、同じような人の事をもっと短く表現していたらしい。
自分でも偏見だと思うけれど、遭遇したことが何度かあり、迷惑を被った事がある。
まあたまたま近くにあの青年がいたからとはいえ、彼女が身の上話をしたせいで、僕が迷惑をこうむったのは間違いない。
なので、どれだけ効力があるか分からないが、きっちりと言っておかないといけない。
「今回の事が申し訳なく思うなら、あんな勘違い野郎を産まないためにも身の上話は控えてくれるとありがたいかな。それと、距離感は今までどおり、偶然すれ違ったら会釈程度にしてもらっていいかな?その方がお互いの為だから」
「はい。今後は話さないように留意いたします」
彼女は何故か敬礼をして返答してきた。
随分神妙ではあるけど…大丈夫かなあ。
まあこの態度も計算と考えると怖くて仕方ないけどね。
それから6日間はなにごともなかった。
解体作業は順調で、最終日の作業で全て完了の予定だった。
ディロパーズ嬢は今まで以上に距離を取り、確認はしてないが、僕の船をチラ見するのも止めてくれたとおもう。
このまま何事もなく終わってくれると思っていた。
しかしその最終日の朝。
あの青年が再び僕の前に現れた。
間違いなく面倒臭いことだろうけど、会話をしない事には退きそうにないだろう。
「なんか用事?」
「俺とVRでドッグファイト勝負をしろ!」
一瞬言われたことが分からなかった。
実際に戦闘艇を乗り回している傭兵に、VRとはいえドッグファイトを挑む事自体どうかしているし、何より勝負する理由が分からない。
「え?なんで?」
なので本気で質問してしまった。
すると彼は怒りの表情を浮かべ、
「シオラを撃墜したらしいが、どうせ卑怯な手を使ったんだろう!VRなら卑怯な手は使えないだろう!だから俺が叩きのめしてやる!俺が勝ったらもう2度とシオラに近付くな!」
と、言いはなった
たしか彼、彼女に親しげに名前呼びするなって怒られてたと思うんだけど…。
メンタル強いなー。さすが『コミュ暴力の塊』。
それともあの後仲良くなって許可をもらったのかな?
まあ彼の言うとおり、彼女には近寄らないし近寄りたくない。
そういうことなら話は簡単だ。
「はいはい。じゃあ君の勝ちね。僕は彼女には2度と近寄るつもりはないから。はい。話は終わり」
元々ディロパーズ嬢に関わるつもりはないし、傭兵の癖に民間人にも負けたとなれば、おかしな『二つ名』も失くなるだろう。
それを聞いた青年は唖然とした表情をしたのち、勝ち誇った笑みを浮かべ、
「だろうな!お前みたいな卑怯者がまっとうに勝負したらかなうはずないもんな!2度とシオラに近づくんじゃねーぞ!」
と、大声でのたまい、嬉しそうにその場を去っていった。
やれやれ、これでようやく仕事ができる。
僕はその場を離れ、船に乗り、警備の仕事を開始した。
この青年はかなり馬鹿です。
「コミュ暴力の塊」は完全な造語ですが、もし他にあるようなら、変更を考えてますので、
教えて下さるとありがたいです
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