モブNo.100:「それになにより、私は貴方に親しげに名前を呼ぶことを許可した覚えはありません」
彼女、シオラ・ディロパーズが僕に挨拶してから5日が経過したが…。
特に変わった事はなかった。
シフトが同じなので休みも同じだから、てっきり色々手を替え品を替え、様々な嫌がらせがくるものだと思っていたのだけれどそんなことはなく、食堂や廊下ですれ違った時に会釈をするぐらいだった。
はっきりいって、最初の挨拶の時に感じた圧力みたいなものは何だったのだろうと拍子抜けするぐらいだ。
それだけに、彼女が僕の知らないところでどんな手段を講じているのか、恐ろしくてならない。
無自覚難聴系主人公なら、彼女が何をやっているか調べに行ったところラッキースケベにでも会って、それをきっかけに彼女と仲良くなるんだろうけど、僕の場合は即・警察行きになるだろうから絶対に調べない方がいい。
出来ればこのまま何事もなく過ぎてほしい。
しかしそれは甘い考えだった。
彼女が挨拶に来てから6日後。
シフトが終わり、食事を取って食堂から出ようとする僕の前に、年齢的にはディロパーズ嬢と同世代ぐらいで、傭兵ではなく解体の作業員らしい青年が立ちはだかった。
「なにかご用で?」
「お前…彼女に酷い事をしたくせに、よくのうのうとこんなところにいられるな!」
青年はいきなり僕に向かって罵声を浴びせてきた。
一瞬何の事だろうとおもったが、すぐに理解することができた。
が、取り敢えず誤魔化してみることにする。
「彼女って…誰ですか?」
「シオラの事だ!シオラを撃墜したのはお前だろう!彼女が時々お前の船を見つめていたからな!」
なるほどこう来たか…。
どうやらこの彼に、自分が僕に撃墜された事をかなり脚色して話したんだろう。
そして彼の大声で、回りにいた人達が注目して集まって来てしまった。
このままだと傭兵はともかく、作業員からは確実に僕が悪いように取られてしまうだろう。
「あのー。傭兵や軍人じゃない人は知らないかもしれませんが、『戦場での事は遺恨を残さない』って不文律がありましてね」
「関係あるか!お前みたいな奴が彼女を殺そうとしたこと自体が許せるわけないだろう!」
「いや、街中だったら大変な事だけど、それがあったのは戦場だから」
「だったらお前が彼女に撃ち落とされればいいだろう!」
あー。ヤバイなあ。この人。
どうやらこの青年はユーリィ・プリリエラと同系統の、いわゆる熱血系の正義漢ってやつだ。
こういう人は、女の子や男の娘や善人顔の人の話は聞くけど、不細工や強面の男性の話は聞かない傾向にある人が多い。
おそらく話し合いは無理だろう。こちらが話しかけても怒りが増幅するだけだ。
威力最弱の熱線銃で黙らせてもいいんだけど、相手は丸腰だから手をだすわけにはいかないし、そもそも緊急事態以外で街中やコロニー内で発砲なんかしたら警察に捕まってしまうし、なにより周りの人達からの印象がとてつもなく悪くなるだろう。
それにしても、よく銃を携帯している傭兵に喧嘩を売ろうと思ったねこの人。
多分だけど、それなりに喧嘩慣れしてるんだろうな。そしてコロニー内では銃は使えない。さらに僕の見た目から白兵戦は弱いと判断したんだろうね。まあ実際強くないけど。
これは戦闘艇で撃ち落としたのも、卑怯な手を使ったからとか、騙し討ちを仕掛けたからだとか思ってそうだなあ。戦場じゃあそれが普通なんだけど。
ともかく殴られてあげるいわれはないし、逃げたら逃げたで五月蝿いだろうし、どうしようかなあ…。
「何事ですか?」
そう思案していると、その現場にシオラ・ディロパーズ嬢が姿を現した。
自分が仕掛けた嫌がらせの成果を確認しにきたんだろうか?
「あ、シオラ!君を撃墜したのはこいつだろう?君が時々こいつの船を睨み付けていたからすぐわかった!今なら船に乗っていないから確実に復讐が出来るぞ!俺も協力する!」
そんな彼女の姿を見つけた青年は、爽やかな笑顔を浮かべながら、彼女に共闘を提案する。
この後彼女は彼にお礼を言い、愉悦の笑みを浮かべるなり、怒りの表情を浮かべるなりして、彼と共に僕に何かしらの攻撃を加えてくる。
と、思っていたのだが。
「私は先の戦争で反乱軍に与していましたから、帝国軍に雇われていた傭兵に撃墜されました。ですがそれは戦場で敵味方に別れていたのだから当たり前です」
と、以前同様の冷静な表情で、軍人・傭兵としては模範的な反応をした。
「でも!一歩間違えたらシオラは死んでいたかも知れないんだろう?だったら君は立派な被害者だ!今この場でこいつを退治しておこう!」
それとは対照的に、青年は魂を熱く燃やしている感じだった。
その青年の主張に、彼女は冷静に反論した。
「戦場では命のやり取りは当たり前の事です。私も戦場で十何機と敵機を撃墜しました。生き延びて私に恨みをもってる人からすれば、私は退治されるべきですね」
「あっ…」
青年はその彼女の言葉に、『彼女も戦場にいて敵を撃墜していたのだから、彼女に撃墜されて生き延び、彼女に恨みを持っている人だっているかもしれない』と、ようやく理解したらしい。
「そもそも、いつ私が相手の傭兵を恨んでいるといいましたか?」
ディロパーズ嬢は、冷静でありながらも怒りの感情のこもった口調で青年に詰め寄り、
「たしかに撃墜されたのは悔しいですが、それは私が未熟だっただけ、戦場では死ななかっただけでも好運です。自分を撃墜した相手を恨んではいない。貴方を含めたその場にいた何人かに私の身の上話をした時にもそういったはずです。名前も特徴も言った覚えはありません。それなのにどうしてその人を私を撃墜した犯人だと決めつけたんですか?」
ものすごい圧力をかけながら青年を追い詰めていった。
「だっ…だって…シオラは時々こいつの船を睨み付けていたじゃないか!」
「睨み付けてなどいませんよ。私が扱ったことの無い型の船だから気になっていただけです」
青年は僕を犯人と断定した理由を話すが、ディロパーズ嬢に一蹴される。
話の流れから察するに、身の上話はしたけど、僕の名前は出してないらしい。
「それになにより、私は貴方に親しげに名前を呼ぶことを許可した覚えはありません」
青年に対してそう言いはなった彼女の顔には、明らかな怒気が表れていた。
軍人となるべく訓練をし、さらには戦場での実戦経験がある彼女と、喧嘩が強いだけの非戦闘員の彼では、同年代とはいえ勝負にすらならないだろう。
彼女に友達認定すらされていない事実にうちひしがれた青年をその場に放置し、僕は自分の部屋に向かった。
するとなぜかディロパーズ嬢がついてきて、
「申し訳ありませんでしたウーゾスさん。私が身の上話をしたばっかりにあんなことになってしまって…」
と、今回の騒動の謝罪をしてきた。
「いやいや。どうしたら良いものか困ってたから助かったよ」
事実、本当に助かった。
あのままだと、僕が殴られるか彼が僕に撃たれるかだから、どっちにしても怪我人が出てただろうからね。
どうやら彼女は、僕にリベンジをするつもりは今のところ無いらしい。
それならば、ちょっと気になった事を聞いてみることにしよう。
正真正銘の100話!
ご意見・ご感想・誤字報告よろしくお願いいたします