南国編13話 還ってきた凄腕
「カナタさん、この手紙を読んで頂けますか?」
差し出されたのは一通の手紙。……この花押は!
「これって、まさか前総帥からの書簡ですか!」
「はい。ライゾー少年がロックタウンに行った際、私に渡すようにと知り合いから託されたそうです。手紙は封蝋で封印された封筒に入れられていて、何人かの手を経てから僕の手に渡るように手配されていたようです、と言っていました。」
やはりライゾーは機転が利くな。手紙を渡す前に出所を掴もうと調査したのか。
「最初に渡した人間は判明したんですか?」
「八熾の庄の住人ですが、その住人がその時には別の場所にいた事まで、利発なあの子は調べ上げていました。"何者かの変装に違いありませんが、仕掛けや悪意があるとは思えませんでした。毒物が塗布されている可能がありますから、ゴム手袋をした上で中身をお確かめください"と。」
さすがライゾー、やりおるわ。オレに毒は効かないから、手袋は必要ないな。姉さんが毒物の検査は済ませてるだろうけど。
おっと、手紙を読む前に、ちびっ子狼に連絡だ。"変装した密偵は、手紙が渡ってゆく様子を観察していた可能性が高い。リレーの経緯を映した防犯カメラがないか調べさせろ"と。では、お手紙拝見といきますか!
手紙には最後の時を迎える前に、独裁者から父親に戻った前総帥の心情が連綿と書き綴られていた。後悔と謝罪、そして遺言、か。
「……最後の最後に、父親に戻られたか。無辜の民衆に手をかける前にこの心情に至ってくだされば、いかようともしたものを……」
悪行を積み重ねた後に改心されても、助命のしようがない。こんな気持ちになれる人間だったなら、ハシバミ少将が裏切る前に改心して欲しかったぜ。そうすりゃ幽閉で済ませられたんだ。
「……はい。ですが父も最後は正道に立ち戻り、罪を悔いながら死を迎えました。とある人のご厚情でこの手紙を書き記す、と冒頭にありましたが、私もそのお方に感謝したいです。」
とある方、ではなく、とある人って記してるのは若干不自然じゃないか?……なるほど、そういうコトか。
「叢雲トーマでしょう、たぶん。」
「まあ!トーマ様が!なぜ憎い仇である父の為にそんな事を!」
「前総帥の為ではありません。姉さんのお心を慰める為にです。」
「……本当にトーマ様でしょうか?」
消去法で考えても、叢雲トーマ以外にありえない。他の人間には、そこまでする接点自体がないんだ。それに、この遺言だ。
「姉さん、手紙の最後に書かれた追伸ですが"私が手放した照京の秘宝、三種の神器をおまえの手で取り戻しておくれ。取り戻した神器に寄り添って生きてゆくおまえに、幸あらん事を"とあります。冒頭の"とある人のご厚情で"と書かれた人の字、この字が妙に太く、それは追伸文の神の字に共通している。これは文字を入れ替えろという暗示ではないかと思います。」
「人と神を入れ替えれば……人器ですね!」
「はい。追伸文で伝えたかったコトとは"私が手放した人器(叢雲トーマ)を、娘のおまえが取り戻して欲しい"かと。手紙が不慮の事故で他人の手に渡る可能性を考えた総帥は、叢雲トーマの生存が露見するコトを恐れて、暗文にしたんだと思います。」
そして"取り戻した人器に寄り添って生きろ"だ。……前総帥は娘に"叢雲トーマと添い遂げてくれ"と言いたかったのではないか?
「手紙は全部で三通ありました。雲水宛とカナタさん宛です。雲水への手紙はガーデンで一緒に読みましたが、カナタさん宛の手紙は、私もまだ読んでいません。一緒に読んでもいいですか?」
「もちろんです。どれどれ、書き出しは"龍弟侯、天掛彼方殿へ"か。」
手紙の内容は"自分の父、左龍が八熾家にしでかした仕打ちへの謝罪"と"頼めた義理ではない事は承知しているが、どうか娘を守って欲しい"の二本立てだった。追伸文には"時が来ればこの手紙を公表し、八熾一族の名誉を回復して欲しい"と書かれていた。
時が来れば、か。牙を持つ同胞達の名誉の為、直ぐにでもこの手紙を公表したい。だが、それをやれば"この手紙を書かせるコトが出来た人間を特定"されてしまう。オレの読み通り、それが叢雲トーマであったなら、ローゼを守る最強の用心棒を剥がすコトになる。……ダメだ、そんなコトは出来ない。八熾の名誉は姉さんが回復させてくれた。慌てる必要はない。
「姉さん、この手紙ですが、シズルさんと天羽の爺様にだけは見せようかと思います。」
「そうなさいませ。雲水への手紙にも"こんな自分を最後まで支えてくれた事への感謝"と"娘が自分のようにならぬよう、鏡としてのお役目を務めてくれ"と書き記してありました。父からの手紙が、雲水の心の曇りを払ってくれたように思います。」
それで雲水代表は"人間が変わったように"執務を開始したのか。教授が"代表の心に変化があったようだ。我々にとっては喜ばしい事に"と言っていたが、合点がいった。雲水代表は、"今度こそ鏡としてのお役目を果たそう"と決意したんだ。
それも前総帥の置き土産、か。最後の最後に心を入れ替えたからといって、犯した罪が消え去る訳じゃない。でも入れ替えないより、遥かにいい。姉さんは"最後に正道に立ち戻った父親の想い"を抱いて、これからを生きていける。それって凄く、大事なコトだ。
「……オレが死んだと聞かされた親父は、何か思うコトがあったのだろうか……」
あっ!言葉にするつもりなんてなかったのに、口に出しちまった!
「お父様は深く後悔されたはずです。カナタさんが生きている事を、光平さんに伝える方法があればよいのですが……」
後悔? 受験に失敗したコトを告げた時の、能面のようなツラが脳裏によぎり、オレはギリッと奥歯を噛み締めた。
「いえ。きっと気にも留めなかったでしょう。厄介払いが出来たと清々したかもしれません。」
「……カナタさん……」
「いいんです。オレを見放した親父や、顔も覚えてない母さんのコトなんて。オレの家族は姉さんとアスラの仲間達だ。」
「ふふっ、マリカさんはどうやら本気のようですけれど、私を"義姉さん"と呼ぶおつもりなのかしら?」
それはどうですかねえ?……あんまり考えないでおこう。マリカさんを超える兵士になってから考えればいいコトだ。
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ザハト来襲を退けた三人娘&マリカさんは"当然の権利"としてオレに一日デート権を要求してきた。日米和親条約を結ばされた徳川幕府並みの発言権しかないオレに拒否権なんてあろうはずもなく、日替わりデート条約は妥結された。徳川幕府と違うのは、嫌々じゃなくて、喜んでってトコだな。
デートの三日目、年齢順でデートしてたから、この日はシオンさんデーだった。初日のリリスや二日目のナツメに負けず劣らずの、心躍る金髪巨乳さんとのデートを楽しんだオレは、ホテルの部屋で甘い感触を反芻して悶え狂う。三人娘の中では自分だけが、オレとちゅ~したコトがないと知ったシオンさんは、ナツメ顔負けのアグレッシブさだったのだ。
夕焼けの海、潮風の心地いい砂浜。シオンさんとの……キス……しかもディープな……もうもう、オレ様爆発しろぉ!
部屋の備え付け電話が鳴り、萌え狂うオレは我に返った。ったく、人が牛みたいに幸せを反芻してるってのに誰だよ。
「侯爵、夜分遅くに失礼します。」
この声、確か教授が派遣してくれた薬物治療の専門医、甲山女史だ。
「気にするな。何があった?」
「X様が意識を取り戻され、侯爵にお会いしたいと仰っておられます。」
「わかった。すぐに行く!」
ホテルの駐車場に走り、オープンカーに乗ったオレは、急ぎ龍球御門病院へと車を走らせた。
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龍球御門病院の特別病棟最上階でケリコフの治療は行われている。デートに出掛ける前には必ず様子を見に来ていたが、まさか三日で意識が回復するとは思ってもいなかった。
「ようこそ、剣狼。久しぶり、という程でもないかな?」
特殊ファイバー素材のベッドの頑丈な支柱に、ダース単位の強化プラスチック手錠で繋がれたケリコフは、オレの顔を見てニヤリと笑った。
「手枷足枷は我慢してくれ。アンタが暴れ出したら、病院の警備兵の手に余るんでね。」
「わかってるさ。これではまだ足りないぐらいだ。意識が混濁して禁断症状が出る前に、拘束具をもっと増やせ。ベッドを床に固定する事も忘れるな。それからスタッフの一人がボールペンを胸ポケットに差していたが、迂闊だぞ。俺が"金属を操る能力"を持っている事は周知徹底させるんだ。その気になれば、ボールペンやヘアピンでも人を殺せる。」
筆記用具は鉛筆一択だな。オレは拘束された完全適合者の傍にあるプラスチック製の椅子に腰掛け、容態を窺う。……顔色が悪く、まだ本調子にはほど遠いようだ。とはいえ、病床にあってもこの男の戦闘能力は抜きん出ているはず。
「だろうな。で、オレに話ってのは?」
「……なぜ、俺を助けた?」
「アンタ程の男が"麻薬で廃人にされてお終い"なんて認めたくなかったからだ。」
「変わった男だ。……どうやら空耳ではなかったらしいな……」
「聞こえていたのか!?」
剥離し、混濁する意識下でも、オレの言葉を捉えていたのか。
「うっすらとな。耳元で、"還ってこい、オレは待ってる"なんて言われちゃあ、還るしかあるまい。男とデートする趣味はないにしても、な。」
やっぱり大した野郎だぜ。それでこそケリコフ・クルーガー、百戦錬磨の完全適合者だ。
……どうしても復活した凄腕軍人が御門グループに欲しい。教授とこの男が手を組めば、無敵の布陣が完成するはずだ。




