哀歓編26話 軍神の誤算
※イスカ・サイド(前話からの続き)
テーブルの上に置かれたハンディコムを叩き斬る事など容易い事だった。私の居合を以てすれば、カプランの腕では制止など叶わない。だが、見えざる鎖で縛られたかのように、私の腕は動かなかった。
叔父上との最後の会話を聞き終えると、カプランはハンディコムの電源を切った。
「……キミは刑部クンに"愛する者に裏切られた気分"を訊いたが、私も訊こう。愛する者を裏切った気分はどうかね?」
何も知らない癖に、哀しむ素振りなどやめろ!目障りだ!
「おまえに何がわかる!!叔父上は……東雲刑部は!」
「わかっている。……東雲刑部は御堂アスラと火隠段蔵を暗殺した。だから復讐した。意味もない復讐を、ね。」
「意味がないだと!!」
激昂する私にカプランも激昂で応じる。
「ああ、全く意味がない!!刑部クン自身が言っただろう!……"こんな事をする必要はなかった。おまえに死ねと命じられたら、私は喜んで命を捧げていたのだ"と!」
「…そ、それは……」
「彼ならそうした!元より、血で贖う覚悟をしていた筈だ!御堂父娘に全てを捧げ、誰よりも苦しんだ男をよくも謀殺出来たものだね!仮に仇討ちが正当だとしてもだ、瑞雲のクルーをはじめ、無関係な死人を出してまでやる事ではない!」
謀殺するつもりだったが、思い止まったのだ!だが……モスが勝手な真似を……
「全てを捧げただと!父の命を奪ったのは叔父上なのだぞ!」
そう、父を殺したのは叔父上だ。未来を奪っておいて、全てを捧げたなんて言わせるものか!
「アスラを止めるには殺すしかない!悪友の不穏な変化は私も感じていたし、ザラゾフも"何かをやらかす前の気配"、危険な兆候があったと言っていた!あの刑部クンが"殺してでも止めなければ!"と決意したのなら、彼が正しい!なぜ暗殺に至ったかの詳細はわからないが、私も刑部クンに賛同していただろう!」
「同盟を築いた父よりも、補佐役に過ぎなかった叔父上を信じるというのか!」
「生憎、私と刑部クンは"凡人枠"で"常識枠"なのでね。キミは、"刑部クンがアスラを殺さざるを得なかった理由"を知っているのだろう。きっと已に止まれぬ事情があったはず、それでも彼を許せなかったのか?」
世界昇華計画を発動するには、人工島"竜宮"が必要不可欠。父を殺さずとも、竜宮を破壊してしまえば良かったのだ。
「フン!殺さずとも止める方法はあったと思うがな。知りたいなら、暗殺の原因を教えてやろうか?」
カプランは苦々しげに首を振った。
「結構だ。今さら聞いたところで誰も帰って来ない。どうしても知りたくなったらカナタ君に聞くよ。キミと違ってウソは言わないだろうからね。今話すべきは、未遂に終わった過去の計画ではなく、未来への構図だ。」
そう。語るべきは未来だ。弱味を握られたのは痛手だが、私より優れた者など同盟にはいない。カプランもそれはわかっている筈だ。私を失脚させるだけならば、わざわざ訪ねて来て切り札を明かす必要などなく、不意討ちで告発すればいい。そうしなかったのは、同盟に与える衝撃を考えて……違う!
この目は……憐憫だ。私は……情けをかけられているのか!……この私が……情けを……
「私が指導者として同盟を繁栄させる。機構軍との戦争で私の軍事力が、戦後交渉で私の政治力がわかっただろう。元帥も同席した講和交渉で、私がアスラ派を優遇するつもりはない事もわかったはず、何が不満だ?」
私が頂点に立ち、同盟を導く。それが最適解なのだ。他の選択肢などない!
「最初に言った通りだよ。キミは現時点では最高の指導者かもしれないが、いずれ最悪の独裁者になりかねない危険を孕んでいる。全分野において極めて高い能力を備えているから、いや、極めて高いどころか天才であるからこそ、御堂イスカには託せないのだ。万能に見えるキミだが、指導者として決定的に欠けているモノが二つある。」
「私に欠けているモノだと?」
「では訊くが、刑部クンの一件をカナタ君にだけでも話したのかね? 権力に固執する三元帥を説き伏せ、キミを指導者に推戴しようと奔走した彼にだ。」
痛いところを突かれた私は、返答に窮した。そう、カナタにだけは話しておくべきだったのだ……
……ここは話していた事にした方がいい、カナタなら腹芸で話を合わせてくれるはず……ダメだ。カプランはカナタが知らないと確信したからこそ、このタイミングで現れたのだ。
「……いずれはだが、話そうとは思っていた。今さらな話だが、謀殺も…」
「そう、まさに今さらだよ。キミには"人を信じる心"がない。」
「聞け!私が謀殺を企んだのは事実だが…」
話し上手の聞き上手と評される元帥は、強い口調で不慣れな弁明を遮った。
「そしてキミには"人を赦す心"もない!東雲刑部を殺す必要などなかったのだ!人を信じられず、赦す事も出来ない人間に、世界を導く資格などない!」
「他に誰がいる!父の築いた自由都市同盟を導ける者など私以外にいない!」
「キミが降りれば誰かがやる、それだけの話だよ。御堂イスカほど上手くはやれないかもしれないが、人を信じ、赦せる者がいる。キミは確かに極めて有能、アスラを超える天才だ。凡人の私は"人間不信の天才"に、この星の未来を託す訳にはいかないのだよ。」
人を信じ、赦せる者。カプランが誰の事を言っているのかすぐにわかった。
「私の代わりにカナタを推戴するつもりだな?」
カナタ自身は権力など欲していないが、カナタを担ぎ上げたい者は多い。カプランはその筆頭格だ。
「ジョルジュ・カプラン、ルスラーノヴィチ・ザラゾフ、兎我忠冬のような"欠けた英傑"でさえ、これ程の長きに渡って権力を掌握し続けられた。三元帥を遥かに凌ぐ才気を持ち、人を信じず赦せない御堂イスカが権力に取り憑かれたら、誰も止められない。……わかってくれたまえ。キミは英雄のまま、舞台を降りるべきなのだよ。」
カナタは何度も"カプラン元帥やザラゾフ元帥と信頼関係を築いておくべきだ"と私に忠告した。この窮地は私とカプランの猜疑心が招いたモノ……信用させるのは至難だが、こうなった以上は事実を伝えなければ……
「……私は叔父上を赦すつもりだった。謀殺を企てたのは事実だが、直前で中止命令を出したのだ。だが…」
「※シェーファー・モス……オズワルト・オルセンが、勝手に実行したとでも言うのかね?」
「そうだ。もちろん、私に非がないとは言わん。謀殺を企てたのは事実だ。」
表に出せない悪事なら、おまえ達だって散々やってきただろう。悪事の多寡が問題ではない事など、わかっているが……
「では、オルセンに会わせてくれたまえ。無論、今すぐでなくともいい。彼は"ボスに命じられた"と言うに決まっているが、私はキミの言葉を信じるよ。生きた彼を私に見せてくれれば、だがね。」
「………」
予想通り、最悪の提案が返ってきた。もうカプランの頭の中では筋書きが出来上がっている、説き伏せるのは不可能だ。
「やはり粛清済みか。で、カナタ君やアスラコマンドには、"モスは化外に調査に向かわせた"と嘘をついた。キミは方便だと思っているかもしれないが、私に言わせれば裏切りだよ。」
「それを決めるのは元帥ではなくカナタだ。」
「いいや、決めるのは私だよ。……どうすべきなのか、ずっと迷っていた。キミに誰かを信じる心があれば、カナタ君にだけでも秘密を打ち明けているのであれば、見なかった事にしようと思っていたのだ。だが、バルミット城で私のついた嘘に彼は安堵した。」
「嘘だと!?」
「ああ。"機構軍が救援艦隊を察知出来たのは、兎足王に内通者がいたからだ"と、いかにもありそうな嘘をついた。もし彼が、キミから秘密を打ち明けられていたら、"そんな筈はない"と不審に思っただろう。疑念を顔に出すような男ではないが、抜け目のない彼なら"情報の真偽と私の真意"は確かめようとする。だがカナタ君は、"謎が解けた"と納得しただけだった。つまり、キミがカナタ君をも謀っていた事が確定したのだ。」
……私に誤算があったとすれば、青鳩の存在ではなく、ジョルジュ・カプランを甘く見ていた事だろう。弁舌だけが取り柄の器用貧乏と軽んじたツケが回ってきたのだ。
ザラゾフのような戦闘能力も、トガのような実務能力もないカプランを陣営に招き入れた父は慧眼だった。三元帥の要は、この男だったのだ。
※シェーファー・モス
本名:オズワルト・オルセン。かつてカプラン師団に所属していた。
固有能力こそ持たないが優秀な工作員で、カプラン師団で表に出せない任務を秘密裏に遂行する特殊部隊を率いていた。とある村で"化外の疫病"が流行し、カプランは村を救うべく第三世代バイオメタルユニットを手配したが、モスの上官がユニットの横流しを目論んで村を焼き払わせました。
後に事実を突き止めたモスは激怒し、上官を惨殺。事情を知ったイスカがカプランに掛け合って00番隊に引き入れました。モスはイスカには恩義を感じていましたが、東雲刑部には私怨を抱いており(アスラ元帥の死が家族の運命を狂わせたと考えていた)、中止命令を無視して謀殺を実行。化外に逃亡を図りましたが、逃走ルートを読んで先回りしたイスカに粛清されています。
※作者より
後2話で完結と言いましたが、加筆修正していたら1話増えてしまいました。今度こそ後2話で完結します。




