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哀歓編24話 兵士よ、眠れ



円卓の間での昼食会を楽しんだ後、ビールを片手にほろ酔い気分でガーデンを散策する。購買区画や歓楽区画にたむろしていた顔馴染みの兵士達と挨拶を交わしながらあてどなく歩いていると、いつの間にか農園区画にたどり着いていた。


もはや農夫な榛軍医と土いじりが好きな兵士の為に用意された区画はかなりの広さがあって、耕作地だけではなく家畜の放牧場まである。農園を管理する専業職員もいるらしいし、趣味の範囲を越えて実益が得られるレベルだよな。


「カナタ君じゃないか。散歩かね?」


麦藁帽に野良着姿の榛先生が、首に巻いたタオルで汗を拭いながら声をかけてきた。


「ええ。ゴロツキどもの楽園を目に焼き付けておこうかなと思ってね。」


「今生の別れみたいな事を言わないでくれたまえ。講和条約が締結されても、ここは基地として運用される。それとも冷凍睡眠が終わったら、ドラグラント連邦に帰るのかね?」


「オレの故郷はここです。締結後はガーデンと連邦を往き来しながら生活する事になるでしょう。だけど、新たな道に進む仲間が必ずいるはずだ。」


戦争は終わった。"恩の押し売り&勝利の切り札"として戦ってきたアスラ部隊の役割も変わる。これからの任務は"治安維持と抑止力"だ。"抜かずの剣"を理想とするシグレさんはすんなり適応するに違いないけど、トゼンさんみたいに"血を見ないと収まらない気質(タチ)"の兵士は、雑魚(ヒャッハー)狩りじゃあ飽き足らない。


「なるほど。不変の存在などこの世にはない、人も組織も移ろいゆくもの。ガーデンがガーデンでいられる時間はもう長くない、か。モス君のように、未開の地での冒険を望む猛者が多そうだね。」


アトラス、セムリカ、オストリア大陸への調査団募集の貼り紙はもう掲げられている。アトラス大陸に逃げたパブリックエネミーを狩る賞金稼ぎになるか、セムリカやオストリアで鉱脈を探すトレジャーハンターになるか、それがゴロツキどもに人気の話題だ。


「先生はどうされるんですか?」


「軍医を続けるよ。冷凍睡眠が終わってからもね。」


やっぱり先生も兵器指定対象者か。


「それはよかった。じゃあ、オレはそろそろ行きますよ。」


「私の花壇から適当に花を摘んでいくといい。手ブラで墓地に行くのもなんだからね。」


古新聞をパスされたオレはお言葉に甘えて花を摘み、ガーデンの外れにある墓地へ向かった。


────────────────


墓参を済ませて部屋に戻ると、三人娘と雪風パイセンがお茶しながらオレを待っていた。


「これはこれは、綺麗どころがお揃いで。」


「少尉の荷造りは済んでるわよ。」


リリスがティースプーンでリビングの隅っこに置かれたトランクケースを指した。


「有能秘書バンザイだな。」


入隊してから終戦まで、雑事は全部、リリスにおんぶに抱っこなオレだった。


「隊長、先ほどパーチ会長からメッセージを受信しました。"一時間後に格納庫に来てください"との事です。」


有能副官から時刻と場所を告げられたが、なんだって格納庫なんだ?


「了解だ。しっかし、格納庫ねえ。」


「当該施設に封印される兵士は私達4人だけですが、撞木鮫と眼旗魚も収容されるのだとか。」


軽巡と戦艦を収容可能……かなり大規模な施設だな。兵士4人にだだっ広い施設にあてがうとは、酸供連も剛毅な事だ。


「雪風、目が覚めたら一緒にマウタウへ遊びに行こうね!」


ナツメに誘われた忍犬は尻尾を振りながら元気にお返事した。


「バウ!(うん!)……バウ。(はい)」


成犬になったパイセンはお淑やかに振る舞おうと努力しているらしい。風格のある太刀風と仲良くなった影響かな? バルミット城で"雪殿"、"太刀様"と呼び合ってる姿が微笑ましかった。


「リリス、ナツメ、シオン、雪風、皆のお陰で戦争は終わった。命懸けの戦いに付き合ってくれてありがとう。」


「どういたしましてなの!」 「私は副官ですから。」 「平和になったのはいいけど、退屈しそうね。」 「バウバウ。(任務完了ですの。)」


リリスが淹れてくれた珈琲を飲みながら、三人娘プラス1とお茶会に興じる。思い出話をしてたらあっと言う間に時間が過ぎていた。


「そろそろ行こうか。」


オレは自分のトランクケースとリリスのトランクケース(3つもある)を肩に担いで部屋を出る。シオンとナツメが各々のトランクケースを持って後に続き、背嚢を装備した雪風が前に出て先頭を歩く。


11番隊の格納庫前には人だかりが出来ていた。部隊長だけではなく、手空きのゴロツキどもまで見送りに来てくれたらしい。


もう言葉はいらない。仲間に向かって万感の思いを込めて敬礼したオレ達は格納庫に入った。


「お待ちしていましたよ、公爵。準備は整っていますから乗船してください。」


撞木鮫の格納扉を開けたパーチ会長から手招きされる。


「会長お一人ですか?」


「ええ。公爵一行の封印施設は秘中の秘ですからね。私の手で送り届けた後、眼旗魚に積み込んだヘリで隠れ家に戻ります。」


「秘密を守る最良の方法は、誰にも話さない事。会長もイスカ理論の信奉者だったんですね。」


パーチ会長は撞木鮫のカーゴスペースに設置された5つのポッドを指差した。


「私の方が年上ですから、パーチ理論と言って頂きたい。あれが酸供連の誇る最新型のコールドスリープポッド、耐用年数500年の優れ物です。」


「御堂CSコーポレーションのエンブレムが入っていますが……」


御堂財閥は数年前からコールドスリープ事業にも手を出してたっけな。


「……バレましたか。先駆者は我々でも、ガワに関しては御堂CSの技術力が上だったのです。ですので凍結液を酸供連が提供し、ポッドは御堂CSが用意しました。最高の兵士には最高の揺り籠が必要ですからね。もちろん天掛公爵だけではなく、部隊長や幹部隊員の皆様には同じポッドを提供致しますよ。」


「それはそれは。ではオネンネしますかね。」


ポッドに向かおうとするオレをパーチ会長が呼び止めた。


「いえ。まず目的地到着までの命令権を私に委譲してください。アルマさんもアンナさんも公爵の命令しか聞かないそうですから。」


「なるほど。そう言えばそういうシステムになってました。」


「眠りにつくのは施設に到着してからです。公爵やお嬢さん方の傷はまだ癒えていない。医療ポッドで治療しながら行軍しましょう。陸上戦艦と軽巡に喧嘩を売る馬鹿はいないでしょうが、もしオツムの弱いロードギャングが出たら対応をお願いします。」


「お言葉ですが、オツムが弱いからヒャッハーなんです。ま、度胸と無謀を履き違えてるモヒカンが出たら始末しますからご安心を。」


ブリッジに上がって命令権を委譲し、三人娘プラス1を連れて医務室に向かう。傷が癒えていないのはオレだけじゃない。三人娘も雪風も、あんな激戦&連戦でダメージが蓄積しない訳がない。特に、リーゼロッテと戦う為に悪魔形態を完全解放したリリスのダメージは、オレ以上かもしれないからな。


傷付いた兵士5人は医療ポッドの治癒液に浸かり、傷を癒しながら浅い眠りについた。


──────────────


「おはようございます、公爵。」


ガーデンを出てからどのぐらいの時間が経ったのだろう。戦術アプリを使えば経過時間はじきわかるが、停泊したり回り道をしたら、時間で距離を割り出す事は出来ない。それにオレを信頼してくれるパーチ会長に疑念を抱かせるような真似はしない方がいいだろう。体は完治してるみたいだから、そこそこ時間が経っているのは間違いなさそうだが。


皆を連れて撞木鮫から降りると、無機質な格納庫の風景が目に入った。


「ここが例の秘密基地ですか。」


「はい。酸供連が隠し持っていた極秘施設の一つです。公爵が傷を癒している間に動力やセンサーの類は最新型に換装しておきました。全て一人で行いましたので、私以外にこの場所を知る者はいません。」


パーチ会長が単分子鞭の名手で、暗記力もズバ抜けているのは知っていたが、メカニックの心得まであったのか。それに撞木鮫と眼旗魚を同時収容出来る大型格納庫が併設された極秘施設とはな。あの口振りだとこんな施設はここだけって事じゃなさそうだし、酸供連ってのもなかなかの狸だった訳だ。


「オレらが眠るのは別の部屋ですか?」


「はい。こちらです。」


パーチ会長に続いて格納庫を出たオレ達は象が通れそうな広い廊下を歩く。元は大型動物を保護する為に作られた施設だったって事かもな。


案内された一室にはガーデンから運んできた5つのコールドスリープポッドが設置されていた。


「私が去った後にセンサーが作動します。監視カメラはありませんが、施設内で音を立てても、床を踏んでも、体温を感知しても、コールドスリープが解除される。勝てる相手なら返り討ち、数が多かったら世界最速の軽巡、撞木鮫で脱出してください。」


「了解しました。アルマ、アンナ、オレの命令があるまでスリープモードだ。」


メカニックがいない状態で炎素エンジンに火を入れっぱなしってのはマズい。動力ごと完全停止しておくべきだろう。廊下に出る前に確認したが、格納庫の扉には十分な厚みがあった。誰かが侵入してコールドスリープから目覚めたら、格納庫に直行してスタンバイモードを解除。少数ならサクッと始末、数が多けりゃすぐさま格納扉を閉じて溶接すればいい。


分厚い扉が破られる前にアルマとアンナが起動する。侵入者には艦砲射撃をお見舞いしてやるぜ。安全も確認出来た事だし、オネンネするとしようか。


「公爵……いえ、異名兵士"剣狼"。貴方の尽力で長きに渡った戦争は終結しました。酸供連会長ではなく、一人の人間、バルトロメオ・パーチとしてもう一つお願いがあります。」


「……"化外の聖域(サンクチュアリ)"を探し出せ、ですね?」


「はい。この星に緑を取り戻す為のヒントはサンクチュアリにある。そして、()の地を発見出来るのは貴方しかいないと思っているのです。どちらも私の勘ですけれどね。」


「オレが見つけ出せるかはわかりませんが、ヒントはサンクチュアリにあるというのは同感です。オレ達の手で、緑豊かな星を取り戻しましょう。」


パーチ会長の差し出した手をしっかり握り、長い握手を交わした。バルトロメオ・パーチはオレと同じ夢を追っている男だ。男と男の握手を交わした後は、女の子との抱擁。


「少尉は不安じゃないの?」


珍しく神妙な顔をしたリリスに笑顔で答える。


「全然。だっておまえらが一緒なんだぜ。」


「ふふっ、そうですね。隊長が一緒なら、何も怖くないわ。」


「矢でも鉄砲でも持って来いなの!」 「バウ!(うん!)」


リリス、ナツメ、シオン、雪風の温もりを肌で感じてから、コールドスリープポッドに入る。


「それでは皆さん、新しい世界でお会いしましょう!」


パーチ会長は敬礼し、起動スイッチをオンにする。意識が微睡み、体が休息を欲しているのがわかる。この世界に来てから約三年、ずっと戦い詰めだったからなぁ。兵士よ眠れ、か。



……目覚めた時には、新しい世界がオレ達を待っている。



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― 新着の感想 ―
一波乱あるのかとヒヤヒヤしています
どうなるか
>……目覚めた時には、新しい世界がオレ達を待っている。 300年後でした、とかいう事がありませんように(拝み
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